助けてやってくれ

どうしてこうなった。

目の前にいるのはサヴァニリーシュ・ジャンヌマラー。スーマの最高戦力であり世界最強の能力者、そしてクレアの母親らしい。


クレアに呼ばれて行ってみたら一言言われたんだよ。


「母さんと手合わせしてみない?」


スシリナーアから戻って一週間、まさかこんなに早く次の作戦に引っ張り出されるとは思わなかったし、その上模擬戦とはいえこんな危険すぎる戦いをさせられるとは。


クレアより強いんでしょ、この人。勝ち負けなんて考えるまでもないし、ちょっと手加減を間違えられたら死ぬんじゃないか。


あらためて目の前の女性を見る。かなりの長身だ。スーマやスシリナーアではヨーロッパ系っぽい見た目の人ばかり見たが、明らかにアジア系、それも南アジア系みたいだな。


「あんまり時間がないからね。さっさとかかっておいで」


そう言われてもね……クレアの時もそうだったけど、隙がなさすぎてどう攻めればいいのか全くわからない。俺が持っているものよりやや長い木剣を片手で無造作に握っているだけなのにどういうことなんだよ。

ということで今回も小賢しいテクニックで隙を作れないか試してみよう。


中段に構えた剣先を下げる。水平になった瞬間、跳ぶ。


2時の方向、相手の左横3メートルに右足で着地。そのままもう一度加速し後ろを取る。体の動きを伴わない能力だけを用いた移動、しかも全身の質量に働きかけて慣性を無視した動きだ。その勢いのまま横薙ぎ。うまくいった!


が、当然世の中そんなに甘くない。俺の剣は空を切り、『戦神』は無傷のままだ。


えーと、何かおかしいぞ。

躱されたことじゃない。流石に世界最強と言われる相手にいきなり一撃入れられると思うほど楽観的でも自惚屋でもない。


違和感の正体を確かめるため、クレアと戦った時に使った高速連撃を仕掛ける。最初の数閃はおかしなところは無かった。そこからどんどん回転を上げ、自分で自分の動きを認識できるギリギリまで速度を上げる。


それでも当たらない。全て避けられる。そこまでは想定通りなのだが……やはり妙だ。動きが遅い。非能力者と変わらないぐらいじゃないか。それでも俺の攻撃が当たらない理由は、俺が剣を振る前に避けているからだ。


そして俺は恐ろしい考察に辿り着いた。


この人、能力を使っていない。


常人が振るうそれとはレベルが違う速度の剣閃だ。非能力者の瞬発力では見てから回避することなど不可能。だから俺の全ての攻撃を、繰り出す前に避け始めている。


なんというか、すごい。語彙がなくなる。俺の動きを読んでいることじゃない。それは、俺が想像もしていなかったような達人たちならば造作もないことなのかもしれないと思えなくもない。そうではなくて、初対面の能力者を相手に能力を使わないで戦う、その腹の据わり方に衝撃を受けた。絶対的な自信なんてものじゃない。一つ間違って一撃でも喰らえば死ぬんだ。万に一つの間違いも起こらないと欠片も疑っちゃいないんだろう。


うん、これは勝てない。今は、ではなくてこの先ずっと勝てるイメージが湧かない。本物の化け物だ。


「もうお終いかい?あの子が頼んでくるなんて珍しいから期待してたんだけどね」


手を止めた俺にかけた言葉には少しの煽り成分が含まれている。わかりやすく挑発されたところで攻めようがないんだけども。まあせっかく機会をもらったんだし、考えていたことを少し試させてもらおうかな。


「あなたをその気にさせられるほどの力は俺にはないよ」


見るからに鼻白んだ『戦神』がため息と共に納刀しようとする。


「待ってよ。勝負にはならなくても、面白いものを見せるからさ」


「おや、そんなことを言うと期待しちまうよ?」


表情を戻した彼女には中段に構えた剣で答えた。


狙うは正中線、顔のど真ん中に切先を向けた。能力者の力をフルに込める。圧縮して高まるエネルギーを木剣に行き渡らせ、目を閉じた。


出力的にはいけるはず。あとはどれだけ正確にイメージできるか、それだけだな。


徐に目を開く。一拍おいて、口に出さずに叫んだ。


発射ファイア


瞬間、体の前面を叩く衝撃。それを知覚すると同時に視界がブレる。


打ち出されたのは木剣……の、切先5センチメートルだけ。


クレアと戦ったときは剣をまるごと飛ばしたのだが、今回は先端だけ発射してやった。必要な出力は大して変わらない。それよりコントロールに気を使った。なにせ、手を触れている部分ではなくてその先に木剣に伝わせて能力を作用させたんだ。できるだろうという確信はあったけど、いざやってみると思ったより緻密な制御が必要であることがわかった。慣れればもう少し楽にできそうだけど。


さて、狙われた方の様子はというと……当然余裕で回避してる。しかも首をほんの少し捻っただけ。想定通りだよね。でもこれで終わりじゃあ申し訳ないのでもう少し付き合ってもらおう。


ここから可能な限り最速で連射だ。1発目と2発目の間は1秒ぐらいかかったが、3発目、4発目とどんどん間隔は短くできた。最後はコンマ3秒ぐらいかな?最終的には10発か11発打てたはず。


激しく巻き上げた砂埃が視界を遮っている。山から吹き下ろす風がそれらを押し流す間、微妙な沈黙があった。


「確かに面白いものを見せてもらった。お前さん、まだ転移してきて1ヶ月も経ってないんだろ?大したもんだよ」


声と同時に見えた姿は当然ながら無傷。しかもその掌には木片が大量に乗っている。全部ではなさそうだが、途中から躱すまでもないと判断してキャッチしたってところか。


所詮は木片なので空気抵抗ですぐに減速するとはいえ、衝撃波が発生していたから初速は音速を超えているはず。いくら射線を読んでいたとしても、流石に能力を使わなければ掴むことはできないだろう……できないよな?


「当たるとは思ってなかったけど、素手で掴み取られるとも思ってなかったよ。まさか、それも能力を使わずにやったの?」


「1個目だけはちょっと使ったさ。掴む瞬間にね。その後は毎回同じ速度だったから必要なかった」


いやー、失礼だけどやっぱり本物の化け物だ。超音速で飛んでくるものをどうやって捉えるんだよ。目で見てどうにかなるものか?でもまあ、1個だけでも十分爪痕を残せたので俺としては満足だ。


そのまま近くにいた兵士に木剣を渡したあと、こちらに近づいてきた。もうこの場はお開きかな。


「一つだけアドバイスをするなら」


そう話しかけてきた表情は先程までより気持ち険しく、先ほどまでのやや軽い雰囲気も消えているように見えた。


「狙うなら頭はやめておけ。躱しやすいだけだ。どうせ実戦では木じゃなくて鉄を飛ばすつもりだろう?それなら胴に当ててもダメージは変わらない」


「ああ、覚えておくよ。ありがとう」


「いいさ。早く強くなってクレアを助けてやってくれ」


険しい表情から一変、浮かんだのは娘を思う親の顔だった。

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