最期
「おい!大丈夫か!?」
騒ぎに気づいたロークンと、後ろから瞳も走ってくる。
「ああ、うん」
これぐらいしか言う気にならない。
それを見たロークンは屈み込み、今しがた俺が殺した男の死体を検分し始めた。
「流石にもう動かねえよな」
当たり前だ。そういうのはSFかホラー映画に任せる。
焦げ茶の髪の男は一通りの確認が終わったらしく、立ち上がって俺の方に向き直った。
「これで戦闘はほぼ終わりだ。油断するわけじゃないが、組織的な抵抗をするには士気が低すぎるだろう」
この場は最前線なのだ。にも関わらず先ほどから敵の攻撃は皆無。激しかった投石や矢の雨も今は嘘のように止んでいる。敵の兵力が戦闘を継続できるほど損害を受けたわけでもないのに。
だからロークンが言ったことは正しいんだろう。俺が殺した男は指揮官としてだけではなく王として信頼と尊敬を集める人物だったことが想像できた。
そのままでも息絶えるのは明らかだったとは言え間違いなくとどめを刺したのは俺だ。元の世界の日常では許されない行為の後でも、想像していたほどの心境の変化はなかった。ただ、そう、覚悟のようなもの。生きるために自分以外の命を奪うこと。自分の血肉とするために毎日他の生き物を殺して食べているのと同じだ。
アーロンの言葉を思い出す。
「どんな状況であろうと、自分を殺そうとする相手を殺さなければならない。できなければ死ぬ」
ここでは、この世界では、それが当たり前なんだ。
はっきり言って考えが甘かった。というよりわかっていたのに見ないふりをしていた。自分と同等以上の力量を持つ人間に、しかも本気で殺しにくる相手に、手加減して生き残ろうなんて甘いを通り越して傲慢だ。
この王様が万全の状態でも、模擬戦なら俺が勝てる。だが実戦では勝てるイメージが今でも湧かない。あの、死の間際にしたボロボロの体ですら一つ間違えば飲み込まれていた。
俺が感じたあれはなんだ?
気迫、闘志、執念。そんな言葉で語られるものと同じなのか。そうだとしても俺を圧倒したあの密度を生む源泉はなんなのか。
「ヒトミ、その子を見ていてくれ。後で一旦城の中に連れて行かないとといけねえからな」
「は、はい」
指揮官代理に言われ見るからに戸惑いながらも頷く瞳。それでも目の前で父の首を刎ねられた子供にどう接するべきか考えているようだった。ロークンも振一郎にさせないあたりは真っ当な精神の持ち主なのである。ニーファ自身も逆らうでもなく瞳の誘導に従った。
スーマの兵たちが城門をくぐっていく。やはり抵抗らしい抵抗は見られない。スシリナーアの民は皆一様に偉大な指導者を失った落胆に呑まれている。
武力としての軍の役目はここまで。あとは政治の時間だ。指揮官であるルルが重傷で動けない中、停戦交渉の役は次席のロークンに回るのが普通であるが、実際には彼が動くことはなかった。そもそも彼を知る者ならば「ロークンがそんな場で仕事をする姿が想像できない」と言いそうである。
スーマはこの時のために専門の文官たちを連れてきている。スシリナーア攻めを企図した者は疑いなく勝てると思っていた、というよりそこまでの算段をつけた上でことを起こしているのは誰の目にも明らかだ。想定を外したことといえばレクリディの能力者としての実力と、執念深さだけである。
この日、永らく大国の狭間を吹き荒れる寒風に身を縮め、春への希望を胸に強かに生き抜いてきたスシリナーアは、その最後の王と共に息絶えた。
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