5人目
「容赦ないな」
ルルとロークンが敵国の王様を倒すのを見ての率直な感想だ。そもそもルルが一騎打ちに応じたのは時間稼ぎのためで、城門が開かれれば無駄な時間を費やす必要もないということだろう。最後まで付き合うと見せかけた上でタイミングを見計らって遠距離からの狙撃。
戦略的目標を達成するための戦術としては理解できる。ロークンも相当の自信があったんだろう。
だがそれとは別に思うのは、これがありなら最初から能力者を潜入させて暗殺する方がよほど被害が少ないのでは、ということ。正々堂々なんて言葉からは同じぐらい距離がある。過去の経緯からタブーになっているというのは聞いたが、人間は必ずしも合理的に動く訳ではないという事例の一つかな。
ちなみにロークンというのはファミリーネームらしい。この世界ではファーストネームで呼び合うことが多いみたいだけど、彼のファーストネーム「ヤジン」はとても良くあるものらしく、キバルーブにも他に2名いるそうだ。それで3人のヤジンはみんなファミリーネームで呼ばれることになったと聞いた。
倒れた王の側で小さな女の子が泣いている。恐らくそこで倒れている王様の娘、王女様なんだろう。歳は小学校に入る前ぐらいか。
自ら城門を開いて出てきたのは降伏して父の命を救うためだったのではないかと思う。どう見ても負け戦なのに王様は戦う気満々だったからな。あれはあれで意図があったのかもしれないが。
戦場で倒した敵の大将とその娘を気遣う聖人のような兵士はそういるものじゃない。俺自身、自分のことを所謂いい人だとは思っていない。居た堪れなくなってというのが正直なところ。それでもこのまま放っておくことはできなかった。
城から逃亡するつもりだったのか、動きやすい服装をしている。とはいえ幼い子供はこの場には不似合い極まりない。まして少女のそばに倒れているのは父親なのだ。
「大丈夫?」
我ながら愚かな言葉を発してしまった。無惨な姿の親を前にして大丈夫なわけはないし、大丈夫じゃないからこそ敵軍の真っ只中で泣いているんだから。
言ってから気づいても遅い。が、次にかけるべき言葉がするするとは出てこない。こんな場面に遭遇したことも、頭の中でシミュレートしたこともない。当たり前だ。
仕方がない。どう頑張ってもこの子の心を救うような一言を吐けるわけでもなさそうだ。そう開き直って再び口を開く。
「お父さん……のことは辛いと思うけど、今、君はここにいない方がいい。城の中に戻ろう?」
返事はない。女の子は変わらず泣いている。
「ほら、門まで一緒に行くからさ」
そう言って女の子に近づいた時、視界がやや暗くなった。
傾きかけた陽が何かに遮られたのだと気づき、その何かに顔を向ける。そこには巨大な血の塊――そうとしか形容できない――があった。
よく見ればそれが人間であり、先程ロークンの投槍に貫かれ倒れた敵国の王であることは明らかだ。しかし脳がその認識を拒否する。
動けるはずが、それよりも生きていられるはずがない。
片腕は失われ、腹には向こう側が見えるほどの穴が開いているが、新たな出血は目立たない。もはや流れ出すべき血液も、それを押し出す拍動も、ほとんど失われているのだ。
「……はな、れ、ろ」
聞き取りにくい言葉と同時に振り下ろされた左腕。
動きは単調でさして速くもないが、本能的に、そう、理屈ではなく本能に従って全力で後ろに跳んだ。
「おいおい」
一瞬前に俺がいた地面に血まみれの太い腕がめり込んでいる。肘まで埋まった腕を引き抜き、こちらに向き直った。
「ごに、ん、め」
先ほどは娘を守ろうと、今度は俺を殺そうという意志が読み取れる。目なんか見えていないだろうに完全に俺の方に体を向けている。
なんで動ける?
普通なら即死するほどの攻撃を受け、手当ても受けずに大量出血しているからじゃない。そんなボロボロの体で、残された時間はもはや数分、もしかしたら数秒かもしれない命で、まだ何かを成そうとしている。
なんだっていうんだよ。
娘を守るため?
それとも国?
自らの誇りのためか?
そうまで自分を突き動かす何かを俺は知らない。
「あ、あ」
もはや開いたままの口から意味のある言葉が漏れることはない。それでも意志を持った血の塊は向かってくる。俺を屠るために。
振り上げられた腕を見ても今度は危険を感じなかった。大振りでタイミングも読みやすく、かわすのも防ぐのも容易に見えた。
しかし――
生と死の狭間にいる王。その体から陽炎のように立ち上る何かが見えた気がした。
全身の皮膚が粟立つ。
ただ俺を討ち取るだけのために迫る腕。感じるのは殺意と言っていいものか。
きっともっと無垢な心象から発せられるもの。それを感じ取った時、意思とは関係なく体が反応する。
2秒ほどの後振り返った俺は、倒れた王とその鍛えられた体から転がり落ちた頭部を確認した。俺は這い寄る死を退けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます