おとうさま

 再び相見えた両軍指揮官の戦いは苛烈を極めた。


 中断前と同様、致命傷以外は問題にならぬとも思える捨て身の攻撃の応酬。呼吸は乱れ、体術も明らかにキレを失っている。既に満身創痍の両者に残された時間は長くないように見える。


「陛下!」


 首を狙い打ち下ろされた大剣を双刀で受け止めたルルが叫んだ。


「本当に降伏はされないのですね?」


「是非もない!」


 その返答に青髪の少女は大剣を力任せに押し返し、距離を取って対峙する。


「では、ここまでにしましょう」


 そう言って右手の剣を逆手に持って体の後ろに隠し、左手は順手のまま中段に構えた。腰はやや落としている。


「ほう?」


 それを眺めるレクリディは、胸当てや肩当て、小手など最低限の防具すらほとんど原形を留めていないにも関わらず王者として余裕を保っているように見える。しかしその実、彼も相対する彼女と同程度には追い詰められているのだ。


「まだまだ隠している手はあるのであろう?それを出さずに乾坤一擲の大勝負か?」


「搦手にはかかって頂けそうもありませんから。これ以上反撃できないよう、正面から叩き潰して差し上げます」


「はっ!大きく出たな!」


 そう言いながら大剣を右肩に担ぐように構え、左足を前に出す。

 無論、長年権謀術数の世界に生きてきた王が敵指揮官の言葉を鵜呑みにするはずはない。間違いなく次の手、その次の手を隠している。

 だからと言って乗ってやらない理由もない。もはや目的はほぼ達し、あとは王として、夫としての矜持を守るのみ。


 高地の乾燥した風が草原を波立たせる。向かい合う二人の間に草が触れ合う音だけが響く。


 合図はなかった。

 両者が同時に地を蹴り、最後の攻防が始まる。


 ルルが左手の剣を投擲。レクリディは躱さず、左上腕に突き刺さる。


 レクリディがさらに加速し、間合いに入ると担いだ大剣を渾身の力で振り下ろす。


 ルルは右手の一刀で軌道を変えるも、威力を殺しきれず砕け散る。


 ルルは体を捻りながらブーツの爪先から刃物を飛び出させ、頭部を狙って回し蹴り。


 首だけを動かして避けたレクリディのこめかみを掠める。


 胴に迫るレクリディの切り上げを、ルルは片足でジャンプして躱す―



 近接戦闘において攻撃を躱すために跳躍するのは悪手だ。レベル2以上の能力者を除けば、空中では姿勢を変えることすら難しい。


 極限の集中と緊張の最中、敵将が判断ミスを冒したと、自らも同じ状態にあるレクリディはそう判断した。

 その時すでに全ては決着していた。




 腹に穿たれた穴から流れ落ちる血の音。



 歩幅を増して近づいてくる死を感じる。

 何が起こった?


 見れば右腕は肘より先が失われている。にも関わらず痛みはない。


 息ができぬ。

 視界が暗い。




 もはやまともな思考もできぬダメージを受けてた今、最後の望みはささやかなものだった。




 もう少しだけ動け。

 振り返るだけでいい。




 体から離れようとする意識。それを残る力を振り絞って引き留め、霞む視界に捉えた守るべき者。



「ニーファ」



 その声が娘に届くことはなく、王は赤い沼に沈んだ。





「悪いが、俺たちがやってるのは戦争なんでな」


 キバルーブ隊員ヤジン・ロークンは自らが致命傷を与えた敵将を見据えて呟いた。黒に近い焦げ茶の頭に手をやり、少し困ったような顔をする。言葉をかけた相手からの返答はない。


 中空へ逃げたルルをレクリディの追撃が襲った瞬間、大剣を、それを持つ腕ごと吹き飛ばしたのはロークンの投槍だった。注意深く死角に潜み、標的がどうやっても回避できないとどめの一撃を放つ瞬間を狙った。キバルーブの精鋭の力が存分に乗った鉄の杭はさらに胴までも貫き目的を完遂した。


 一騎打ちに文字通り横槍を入れることになったが、介入した当人も、助けられたルルも、それを卑怯だ姑息だなどとは微塵も思っていない。


「ルル、下がって手当てをしろよ。遅くなっちまって悪かったな。あとは任せとけ」


 自軍の指揮官も傷ついている。個人の戦闘は決着した。戦術レベルでもほぼ片がついたとみていいだろう。なにせ文字通り一番の障壁である城壁は内側から門が開かれたのだ。


「ええ、ちょっと疲れましたね。後始末はお願いします」


 ちょっと疲れたで済むわけはないのは誰が見ても明らかだが、指揮官としての役割を棄て兵士として戦わざるを得なかった不甲斐なさを取り繕いたかったのだろう。


 周囲を警戒させている一部を除き、城門の前に兵を集める。そのまま城内に入り停戦交渉という名の降伏勧告だ。散発的な抵抗はあるだろうが大勢に影響はないはず。

 あとは王女が大人しくしていてくれれば何も問題はない……のだが。


 その王女が父の元へと歩いてくる。しっかりした足取りで、ゆっくりと。父にとどめを刺した敵の姿は見ただろう。


 ロークンは気づかれぬよう剣と足場を確認し態勢を整える。幼いとはいえ能力者相手に油断はできない。

 しかし身構えた彼に一瞥をくれることもなく、他に何も見えぬかのように父の傍らに立ち止まった。


「おとうさま」


 それだけ口にすると子供のように―実際子供なのだが―声をあげて泣き始める。スーマの兵士が取り囲む中、王女の嗚咽だけが辺りに響いていた。

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