娘2

 全力で襲いくる敵指揮官との一騎打ちは、最初の数合をもって互いの力量が紙一枚どころか髪の毛一本ほどの差もないという事実を認めさせるに至った。


 それは相手も感じとったようだ。明確に戦術を変えてくる。


 切っ先がギリギリ届くかどうかという浅い踏み込み。剣で払おうとする瞬間、急に力をこめて派手に火花を散らす。


 やはり武器の破壊を狙うか。

 単独で敵陣のど真ん中に侵入しているのだ。補給を受けられるわけもなく、武器を失うことは敗北を意味する。

 逆に二刀の敵指揮官は一方が折れても即致命的な状況にはならない上、すぐに代わりの武器を受け取れるだろう。


 こちらもそんなことは承知だ。武器へダメージを与えることに集中すればその分体へのプレッシャーは減る。当然体を狙った攻撃を織り交ぜてくるが、あくまでそれは本命の武器狙いに対して囮でしかない。


 私は体への攻撃を無視して前に出た。


 鎧で守られているとはいえ、能力者の攻撃を身に受けることは命を無防備に危険に晒すことに他ならない。当たりどころが良ければ死なない、そんな程度だ。しかし致命傷にならなければ次の一撃は敵に届くということでもある。


 切っ先が掠めただけで肩当てが吹き飛び皮が裂ける。それでも踏み込んだ左足は地面を掴み、出せる限りの速度で体を前に運ぶ。


 すれ違いざま、水平に薙ぎ払った一撃は、うまくいけば胴の半分くらいは切り裂いたろう。最低でも左腕一本は落としたはず、なのだが。



 手応えが軽い。

 視線より剣を先行させつつ振り返る。と、目の前に細身の剣が迫るのを見た。咄嗟に首を傾げると、前髪の幾本かがさらさらと落ちた。


 見れば敵指揮官の少女は血が流れる左腕で双刀の片割れを叩きつけんとするところだった。


 躱すのも、剣で防ぐのも間に合わぬ。ならばと柄頭の真ん中で受ける。少しでも中心からずれれば手首が落ちるところだが、ここに及んで高まった集中力がなんとか仕事をしてくれた。



 しかし、あそこから踏み込んだとは。腕どころか胴が切り裂かれかねない一閃を前に、さらに前に出ることで致命傷となる剣の軌跡を避けた。


「貴官の覚悟も相当のもののようだ。その覚悟は祖国のためか?」


「ご想像にお任せします」


 なお攻撃の手を緩めずに答えた少女に痛むはずの腕を気にする様子はない。


 その後も互いに致命傷以外のダメージを避けず、敵の攻撃後の隙を狙い続ける。そう長い時間を経ずとも両者の体に傷がない場所を探すのは難しくなっていた。


 これは思ったより早く決着がつく。能力者とて生身の体を持った人間だ。傷つき血を流せば体力は急速に失われる。そこで生まれた隙が一瞬であっても見逃すつもりはない。それはあちらも同じだろう。


 後のことを考える必要はない。今、ここで、目の前の敵を倒すだけでよい。私の役目はそれで果たされるのだ。


 そのことを改めて思い起こし再び斬りかかろうとしたとき、敵の視線が私の後ろに向いていることに気付く。


 味方に背後を狙わせる気か?今更そんなことをしてれる私だと思っているというのか?


 後方の人垣が一斉に息を呑むのがわかる。見ているのは城壁の門の方向だ。多重に配された門が全て破られるにはまだ早いはずだ。


 対峙する敵指揮官の攻撃は止まっている。何があった?


 構えを維持しつつ幾通りかの可能性を考えたところで、一番聞きたくなかった声が戦場に響いた。



「そこまでです!すぐにたたかいをやめてください!」





 母に促されて街の外に避難することになったニーファは、支度を整えるため一旦部屋に戻った。

 鞄に本や日記帳、そしていつも手元にあるウサギのぬいぐるみを入れた。服や身の回りのものは侍従が運んでくれる。そして侍従の一人に手伝ってもらいながら、野外を歩くことを想定した旅装束を身につけた。


 慌しい準備の時間はすぐに終わり部屋を出ると、先程よりさらに人が溢れている。侍従に先導されて通用門へと歩き出すが、すぐに人の流れに飲まれてしまった。


 一瞬姿を見失った侍従がそれに気づき戻ってきてくれた時、手には見覚えのある小さな羊皮紙があった。人の波は嘘のように引いていた。



 いつの間に、そして誰が。そんな疑問より中身が気になる。侍従の目の前で紙片を開いてはいけないことはなんとなくわかった。


 羊皮紙を握りしめて再度侍従の後を歩き出す。階段を降りさらに人の間を縫って進むと、そこには上のフロアよりさらに多くの人でごった返している。服装のせいか、大半は王女であるニーファが歩いていることに気づいていない。


 ニーファはそっと人波に紛れた。侍従は気づくことなく行ってしまった。その間に近くにあった物置部屋のドアをそっと開けて中を覗く。誰もいないことを確認するとドアの隙間から体を滑り込ませた。


 後ろ手にドアを閉めてから一度深呼吸をする。部屋の空気は埃っぽいが、今は気にならなかった。握りしめて皺くちゃになった羊皮紙を丁寧に開くと、それはやはり想像していた通りのものだった。もちろん内容までは予想していなかったが。



 敵国の攻撃が始まっています。

 やはり父君は国と命を落とす覚悟でありましょう。母君もまた同じお考えかも知れません。

 ですが、国とともに父君、母君、そして民が運命を共にする必要はありません。姫様ならスシリナーアの人々を救うことができるのです。

 その方法は……

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