謁見

 態勢を整えたスーマ軍がセオリー通り投石を始めると、スシリナーア軍も城壁上部からの能力者による投石と弓で応戦した。門に取りつこうとするスーマ兵に対し、岩山から運んだ一抱えほどもある石が容赦なく浴びせられる。ここに及んでも兵の士気は高く、休みない攻撃がスーマの進軍を妨げる。


 それでも能力者の数で大きく勝るスーマが城門に取りつくかと思われた時、岩山の麓からボロ布に身を包んだ人影が飛び出した。直後、右翼やや後方に待機していたルソンテ所属の新兵の首がふたつ宙を舞った。周囲の一般兵が状況を理解するより早く、さらに次の標的目がけて一直線に突き進む。3人目を文字通り血祭りに上げたところで青髪の指揮官が動いた。槍を投擲すると同時に自身も跳躍。風を裂き正確に標的に向かった槍は叩き落とされるも、すでに敵の頭上で体勢を整えていた彼女は二刀を構えた両手を振り下ろした。


 ガキン!


 二つの金属音がほぼ同時に鳴り響き、周囲のスーマ兵が一斉に目を向ける。兵たちが見たのは、ボロ布を纏った大男が手に持つ大剣で指揮官の剣を受け止めたところだった。

 大男はそのまま力任せに剣を振り抜き攻撃者を弾き飛ばすが、飛ばされた方は空中で回転してから冷静に着地した。


「まさかお一人で切り込んでくるとは」


 侵入者をしっかり見据え双剣を構え直しながらも、彼女には珍しく想定外の事態に驚きを隠しきれていない。


「もう2,3人片付けてから壁の中に戻るつもりだったんだがな。そうはさせてくれんのだろう?」


 ボロ布を脱ぎ捨てると現れたのは銀灰色の鎧に身を包んだスシリナーア王ターペ・レクリディ。2000人の敵兵に囲まれてなお、王とは思えぬ獰猛な笑みを浮かべる余裕を見せている。


「陛下に御目通りが叶った以上、礼を尽くさなければ私が叱られてしまいますので」


 ルルの方も先程の驚きはどこへやら、他国の王に慇懃無礼な言葉を投げかける。直訳すれば「やってくれたな、ブッ○す!」である。


 こうしてこの戦争で最も激しい剣戟が始まった。




 3本の剣が休みなく弧を描き火花を散らす。

 大男はその体に見合う大剣を旋風の如く振り回し、少女が短躯を躍動させ跳び回る度双剣が煌めく。

 目に見える剣技だけではなく、能力による高度な身体操作の応酬にはスーマ兵たちが戦闘を忘れて見惚れてしまう。そしてその激闘には誰も介入できず、遠巻きにするだけだった。


「指揮官殿は剣を持ってもなかなか手強いな!」


「お褒めに預かり光栄です」


 軽口を叩くレクリディも、慇懃を装うルルも、言葉ほどの余裕はない。早々に決着がつくとは考えにくいが、どちらかが気を抜けばその場で首が飛ぶ程度には両者の実力は拮抗している。


 レクリディは敵指揮官が時間を稼いでいることには気づいていた。しかしその理由が釈然としない。スーマの立場なら戦略的にはできるだけ早くこの戦争を終わらせるべきだ。にも関わらず何かを待っているということは、戦略的にも意味があるほどの戦術的成功が約束されているはず。それが何かわからない。


 内通者に門を開けさせる可能性は考えたが、それならレクリディを排除した後でも構わないだろう。むしろその方がスシリナーア軍の戦意を削げ、スムーズに攻略できる。

 答えは出そうにないと判断した王は自分の仕事に徹することにした。


 流れるような連続攻撃を捌きながら、好機を窺うように敵の周囲を時計回りに移動し始める。剣を打ち合わせる一手がさらに何手か後の伏線となっている。レクリディは彼が狙う隙との距離を確実に縮めつつあった。


 高地の乾いた風が二人の頬を撫でる。


 城門への攻撃は続いている。しかし後詰めの能力者たちは指揮官同士の戦いを見守らざるを得ない。介入しようにもレベルが高すぎて手を出せず、かといって指揮官を放っておくわけにもいかない。ルル自身にも的確な指示を出すほど余裕はない。攻城戦も指揮官同士の一騎打ちも膠着しつつあるかに見えた。


 連撃を防ぐ際に体勢を崩したレクリディが距離をとるべく後ろに跳んだ。それを目で追ったルルがついに王の狙いに気づく。


「そこ!下がって!」


「遅い」


 距離をとるには強すぎる跳躍をしながら背後に剣を突き出す。指揮官の身を案じてその場に控えていた能力者の胸を、剣は無慈悲に貫いた。


「ぬうん!」


 引き抜かれた剣と共に鮮血を吹き出しながら倒れ込む犠牲者を尻目に、背後へ向き直りながらもう一閃。その切っ先が向かったのはパウロだった。ルルの声を聞いて身構えていたため、襲いくる斬撃に対応する余裕はある。正確に首を狙う大剣に自分の剣を向け防御の姿勢をとった。


 直後、パウロの体に響く鈍い衝撃。

 攻撃は防いだ、はずなのに。


 肩口から胸にかけてできた鎧の裂け目からは血が流れている。王者の剣技はパウロの剣を砕き、さらに鎧までも切り裂いていた。剣で受けたことでやや軌道が逸れ首を落とされることはなかったが、それでも軽くない傷を負ったのは間違いない。


「う、わ……」


 言葉にならない声を出して地面に突っ伏すとそのまま気を失った。


「浅かったか」


 少々不満そうに嘯いたレクリディに突き刺さる視線。


「陛下」


 その主は言うまでもなく甚大な損害を被ったスーマ軍遠征部隊の責任者である。


「私のおもてなしではご満足頂けませんでしたか」


 二刀を持つ両腕をだらりと下げ棒立ちになりながら、俯いて前髪が少しかかった目だけが戦いが続いていることを忘れていない。気迫、闘気、はたまた単なる怒り……そんな風に呼ばれる見えるはずのないものが見えるかのようだ。変わらず礼節を保った口調は逆にその怒気の激しさを物語っている。


 だが、この場にいるほとんど全ての人間は思い違いをしている。


 仲間を殺されたことも、指揮官として失わなくていい損害を受けたことも、胸に漣すら立たなかったとは言わない。だが、ルルにとっては迸る怒りを撒き散らすほどのことではない。

 想定していなかった損害が許容値を超えたため、戦術を変えることにしただけ。至って冷静な判断だ。


 これまでは指揮官として戦況を見つつ味方に指示を与えることが最適な行動だった。兵力もスーマが上回っていたいたし、作戦はよく練られたものだ。その時が来るまで時間を稼げば確実な勝利がもたらされるはずだった。

 しかし強力な能力者であるレクリディ王が状況をひっくり返してしまった。命知らずの単身突撃。その無謀な作戦は功を奏し、能力者4名を屠り1名を戦闘不能に追い込んだ。


 被害のさらなる拡大を防ぐため指揮官であることをやめよ、と指揮官である自分が兵士である自分に命令した。全軍の指揮を取りながら自分と同等の能力者を相手に近接戦闘を行うのは初めての経験だ。結果、どちらも半端なパフォーマンスしか出せず、城攻めは停滞、一騎打ちの最中に自分以外の者を討ち取られるという失態。


 状況の認識を訂正しよう。敵は強い。戦士として全力を傾けることが全軍の被害を最小に留める唯一の手段だ。


「ここからは全身全霊を持ってお相手させていただきます。後顧の憂いを残さぬよう、陛下も存分にお力を振るって下さいませ」


 刃の血を払ってから王は満足げな顔を返す。


「ふはは!素晴らしい!我が最後の舞台の敵役として申し分ない。このターペ・レクリディ、貴官を倒すため持てる技と力の全てを尽くすと誓おう!」

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