戦争のメカニズム
平原の戦いを終えたスーマ軍は隊列を立て直した後、休憩もそこそこにスシリナーアの都ネトに向かって行軍を始めた。今回の作戦は時間との勝負。勝てるとわかっている戦に早くケリをつけるのが指揮官たるルルの役目だ。
「二人とも無事でよかった」
「本当だよ!何度も死ぬかと思った!」
「うん」
敵の都に向かう道すがら、話しかけたパウロと瞳の反応は対照的だった。パウロは命の危険を感じた場面を捲し立てながらも今まで通りの楽天的な振る舞いを崩していない。一方で瞳は言葉少なで聞いたことにしか答えない。まあ理由は明白だからあえて突っ込まないけど。明日は我が身だし。
さて、自分が生き残るために人を殺すことをどう正当化するか。他人や社会ではなく自分に対して。
「人を殺してはいけない」という規範は社会的要請に基づくものだと思っている。人が集団を作り生活していく中で、互いに殺されるかもしれないと警戒しながらでは生産性が上がらない。だからルールとして禁じられてきたのだ。殺していいのは集団の外にいる人間、もしくは集団の一員と見做されなくなったということになる。それが戦争や死刑という形で社会のルールとなっている。
生物として同族殺しを嫌悪するように遺伝子にプログラミングされているというのはちょっと眉唾だと思っている。同じ種で殺し合う生き物っていくらでもいるでしょ。遺伝的には人間にかなり近いチンパンジーですらやるわけで、ホモサピエンスだけが特別というのはちょっとファンタジーすぎる、かな。逆に言うと社会の中で一般的に殺人が許されないことだとされているのは、人間が他の生き物――社会性を持つものも含めて――よりある面で高度であるという言い方もできるかも。
話を戻すと、社会を効率的に動かすための規範を守ることで命を失うなんてのはナンセンスだ。人間が幸せに生きるために作った社会という仕組みに殺されるということだから。
まあこんな話を今の瞳にしたところでなんの救いにもならないので何も言わない。その程度の機微はわかっているつもりだ。確立された価値観が維持できない状況で、人は選択しなければならない。価値観を変えず自分の世界に引きこもるか、新たな価値を受け入れるか。そして瞳は後者を選んだということだ。ちなみに前者はほぼ間違いなく死ぬから妥当な判断だと思う。タフな選択だ。
さらに半日ほどの行軍を経て、目的地であるスシリナーアの都ネトが見えてきた。そびえる城壁はシムーサほどの高さではないが、小国の王都とは思えない威容だ。壁は街の周囲全てを囲んでいるわけではなく、両端は険しい岩山に繋がっている。城壁がなくても三方が山に囲まれた守りやすい地形になっているようだ。というかそういう場所を選んで都にしたんだろうけど。
この壁の中に3〜5万人(だいぶ幅があるのは情報が少ないためらしい)が暮らしているそうだ。人口密度が相当に高いが、この世界の技術水準で成り立つものだろうか。生活環境は現代の地球の感覚からしたら酷そうだ。
陽が傾くまでにスーマ軍は城壁から300メートルほど離れた場所に陣を張った。
ルルはネトを速やかに落とす策があると言っていた。城壁を破壊できるような特殊な兵器は無さそうなところを見ると、やはり内通者か工作員が門を開ける算段なのだろう。平原の戦いで敵能力者はほぼ全て討ち取るか敗走に追い込んだのだから、戦前の予想通りならネトには3人前後の能力者しかいないはず。壁の中にスーマ軍がなだれ込めば勝敗は決する。
「一般兵部隊の準備は?」
「城壁上部の弓兵は配置済みです。直接戦闘部隊はあと30分頂ければなんとか」
王の問いに側近は現状をありのまま報告する。平原の戦いで予想外の早さで惨敗を喫したスシリナーアは時間的な余裕を失い、王都防衛の体勢は未だ万全とは言い難かった。
こと戦争においてスシリナーア王ターペ・レクリディの本質は勇猛な戦士である。しかし王である以上、この戦いの結末は見据えた上で策を講じようとしている。
これは負け戦だ。そもそも普通に考えたら両国の軍事力が違いすぎて戦争の体をなさないだろう。では早々に降伏するべきか?というとそうではない。戦争というのは外交の一手段であって、その結果が国の、そしてそこに暮らす民の行く末の最終決定とはならない。要はどのような条件で終戦するかが重要なのだ。
スーマが近いうちにクジーフィと一戦交えるつもりでいることをレクリディは把握している。そしてそれにはスーマのほぼ全軍を投入せざるを得ず、スシリナーア侵攻に充てる兵力は必要最低限であろうことも。
であれば、堅固な城壁と岩山に囲まれたネトに籠城して時間を稼ぐことには意味があるし、不可能でもない。スーマは一刻も早く兵力をクジーフィ方面に回したいはず。戦いを長引かせれば有利な条件を結べる可能性はある。
「城壁付近の住民の避難を優先しろ。敵に待つ気はないぞ。能力者たちも急ぎ配置につけ」
攻城戦の基本戦術は火器が発達する前の地球と概ね変わらない。城壁やその内側に投石を行うとともに破城槌で城門を攻撃する。違うのは投石も破城槌も、能力者の力によって地球のそれとは比較にならない威力を発揮することだ。カタパルトで発射するようなサイズの石を絶え間なく投げ放つ。先を尖らせた丸太を門に向けてこちらも次々に叩き込む。高く堅牢な石積みの城壁によって投石に対する防御はある程度なされているが、木製にせざるを得ない門はそうはいかない。多重構造にしても一つ一つの扉の強度には限界がある。城を落とすには門を集中して攻めるのが定石だ。
現状の両軍の能力者の数は差が大きく、スーマ軍の城門への攻撃を防ぎ切ることは難しい。何とかして敵戦力を削らなくてはならない。
平原の戦いで多くの兵を失ったことは痛かった。本来ならもっと時間をかけて少しずつ戦線を後退させ、大きく消耗する前にネトに逃げ込むはずだった。今は撤退した一部の兵たちが早急に帰還してくれることを願うばかりだが、それに賭けるのは楽観的に過ぎるだろう。
ではどうするか。
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