予定以上

 隣で戦っていた瞳が敵兵を両断した。倒せるタイミングは何度もあったと思うが、最後の一撃を繰り出すことに躊躇しているのは明らかだった。

 それは俺も同じ。未だ覚悟を決められずにいる。幸い最初に戦った敵能力者は俺でも余裕を持ってあしらえる程度の強さでしかなく、チャンバラに付き合って意識を剣に集中させた後、膝を蹴り砕いた。あれならもう戦えないだろ。


 間髪入れず次の相手がやって来る。先程俺に倒された味方に目をやり、さらに戦意を奮い立たせたらしい。最初から恐らく彼の全力をもって切り掛かってきた。

 だが、一昨日クレアと手合わせしたばかりの俺にはスローモーションに見える。比べる相手が悪いんだろうけど。

 振り下ろされた剣を躱しつつそのまま真横まで回り込む。今度の相手はさっきよりさらにレベルが低そうだ。そのまま剣の腹を肩から二の腕あたりに叩きつけると、短い呻きをあげて吹っ飛んでいった。


 二人目を片付けたところで敵の戦い方に変化があった。能力者が明らかに距離を取ろうとしている。アーロンが言っていた通りだ。

 教わった通りに小刻みにステップを踏む。小刻みといっても一歩が2メートルぐらいなので飛び回るといった方が近い。同じところを往復するのではなく、ジグザグに動いたり多角形を描くように回ってみたり。

 すると恐らく50メートルは離れた敵弓兵が放った矢が、風切り音とともに右肩辺りを掠めていった。

 おいおい、今のは結構危なかったぞ。ランダムな動きに徹してるのに当たりそうになるってことはもしかして、打つ方がヘタクソなのか?


 そんなことを考えているうちに地面には10本近くの矢が刺さっていた。これは…こちらが複雑な動きをしたとしても、動くであろう範囲に弾幕を張る作戦だな。大人しく下がった方がいいかも。


 自陣側に下がるとすぐ、味方の弓兵たちが援護射撃を始めてくれた。ありがとう、そしてごめん。いつのまにか突出し過ぎてたみたいだ。

 先程まで押され気味だった前線はスーマが少し有利になりつつある。負傷者が出た左翼は持ち直しているし、右翼は俺と瞳で敵能力者3人を戦闘不能にした。中央はルルが一人で頑張っているようだ。ちなみにパウロも右翼で戦っていて今のところ負傷はしていない。よかった。次の合図までみんな無事でいてくれよ。



 接近戦が激しくなるにつれて両軍の距離は縮まり、それぞれの隊列も間隔が詰まっていく。

 能力者たちが戦う場所が最前線となり、それを挟んで両軍がぶつかる。能力者に対する有効な武器が弓しかないため、完全に包囲することはできない。狙うのは味方への誤射の危険が低い半包囲だ。逆に能力者は敵陣深く侵入し一般兵を薙ぎ倒すのが基本戦術となる。敵能力者を妨害する弓兵と敵弓兵を排除しようとする接近戦部隊が能力者たちを囲む。


 にわかに太鼓の連打が響いた。中央から始まった響きは右翼と左翼、さらに陣の後方にも広がる。合図だ。


 敵左翼の最前列の兵に次々に投槍が撃ち込まれる。胴を真っ二つに引き裂き、頭を吹き飛ばし、胸を貫通する。盾や鎧は紙のように破られ、草が刈られるように命が消えていく。先程までの淡々とした様相とは打って変わり、一秒ごとに死が量産される。


 鉄製の投槍は高価だ。この世界では精錬・冶金技術は未熟だし、加工だって人の手で行うしかない。いくら能力者が使うためとはいえ、一回の戦闘で一人が投げるのはせいぜい数本だ。


 その高価な武器を、スーマ軍は1000本近く用意した。支援攻撃隊の能力者1名あたり200本。7,8kgある槍を運ぶために二頭立ての馬車を10輌以上使う。20本をひとまとめにして箱にセットされ、戦場では能力者がランドセルのように背負って運ぶ。箱は後ろ手に槍を一本ずつ取り出せるよう工夫されており、投げては移動を繰り返すことができる。投槍が尽きれば馬車に戻って新しいランドセルと交換し、また戦列に戻る。単なる武器ではなく、運搬する馬車、ランドセルまで含めて兵器と言える。戦場で攻撃力を発揮する武器と運用のための道具を含めた兵装システムという思想はこの世界には先進的過ぎる。当然のことながらこれをもたらしたのはのは元米国軍人アーロン・ウォーカーである。


 両軍が接近して隊列が詰まっているとはいえ、いわゆる密集陣形ほどの密度はないため当たる確率はそれほど高くはない。だからこそこれまで投槍がこのような使われ方をすることはなかったのであるが、なにせ今回は数が文字通り桁違いに多い。多くの味方が無惨な死に方をしていく様を見てスシリナーア兵は動きが鈍くなり、徐々に中央側に押し込まれていく。それによって兵同士の間隔が狭まり命中率が上がっていく悪循環。量的な変化が質的な変化をもたらす例である。


 考案したアーロン、この戦争に投入することを指示したクレアの二人ですらここまでの効果を想像してはいなかった。そしてそれが今後のこの世界の戦術にもう一段の進化をもたらすことも。


 本来の作戦では投槍部隊の攻撃により敵左翼の動きを止め、その隙に首都を攻撃する部隊が前線を突破するはずだった。それが今は、押し込まれた左翼とともに中央の隊が半包囲される形となり、一般兵だけでなく能力者も降りそそぐ槍に討ち取られていく。


 スシリナーア軍は崩壊した。負傷兵を庇いつつ、なんとか統率を保ちながら撤退する様はさすが精強で知られるスシリナーア軍と讃えたいところではあるが、もはや国を守る力は永遠に失われた。都であるネトから遠ざかる方向に撤退せざるを得ず、スーマの進軍を阻むものは何もない。



「予定以上に勝っちまったな」


 ロークンは撤退するスシリナーア軍の殿を見つめている。軍人としてこの戦況には思うところがあるのだろう。


「我が軍としては良いことです。損失も少なく済みました」


 話しかけられたルルは至って冷静である。


「そりゃそうなんだが、何というか、最後のアレはちょっとな……」


「予定より早く、兵たちも消耗せずに敵を排除できました。それでいいんです」


 つまるところ局地戦というのは味方一人が死ぬ間に敵を何人殺せるかを競うゲームである。その意味でスーマにとっては喜ばしいことではあるが、しかし予定より勝ちすぎることに戦略的価値を認めることは難しい。今回の戦争で言えば、敵王都への侵攻部隊が平原を突破できた時点で勝利がほぼ確定するのだ。それ以上の人死には意味がない。


 後世では第二次スーマ・クジーフィ戦争の初戦に位置付けられることもあるスシリナーア平原の戦いはスーマの圧倒的な勝利で終わった。

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