作戦会議
兵舎に戻ると事務担当の一般兵に会議室のようなスペースに連れて行かれた。そこで待っていたのはキバルーブ隊所属、青い髪のルルーシャ・マスレーエンと焦茶の髪のヤジン・ロークン。二人ともこっちに転移してきた日に会って以来だ。他に知らない顔が7,8名。作戦指揮官のルルによるブリーフィングが始まった。通訳の一般兵がスーマ語の説明をリアルタイムで英語にしてくれた。
ちなみにアーロンは参加していない。彼はこの1,2年は直接戦闘に参加することはなく、訓練や編成、戦略・戦術面の教育や助言のため首都シサムにいることがほとんどだという。アーロン個人の戦闘能力よりそれ以外の能力の方が価値があるということなのだろう。まあ俺でも勝てる程度だし。
「今回の作戦では敵前線の一点に兵力を集中して突破。敵の混乱に乗じてそのまま急行しスシリナーアの都、ネトを落とします」
スシリナーアは小さい国で都市と呼べるものは都しかない。他には小さな村が点在しているだけで軍事的な拠点もほとんどない。地理的には山岳地帯で首都周辺以外に広い平地はなく、それなりの軍勢同士の会戦となれば場所は限られる。
今回の作戦では国境を越えてからできるだけゆっくり、そして騒ぎながら進軍し、近隣の村に侵攻をアピールする。領内で勝手をされれば敵は放っておくわけにもいかないだろう。それによって普段都に配備されている敵主力を引き摺り出し会戦に持ち込む。こちらの主力との決戦と見せかけて敵の防衛線を突破し、そのまま都に雪崩れ込む。
「敵の戦力は?」
ロークンが質問する。こんな基本的なことを聞くということは作戦内容はクレアとルルで決めたものなんだろう。
「会戦においては能力者10から12名、一般兵2000程度。都の守備に残るのは能力者3名程度と一般兵1000と予想しています」
「先に野戦で叩き潰してから都に攻め入った方が確実じゃないか?」
それはたぶんそう。会戦の場ではこちらの兵力が上回るんだから時間をかければ高い確率で勝てる。
「ご存じの通りスシリナーア侵攻に費やせる時間は限られています。戦略上は、ある程度損害を与え軍事行動を止められれば攻め落とせなくても問題ありません。確実性より迅速な行動が優先されます」
なるほど、辻褄はあっている。だがそうだとするとひとつ疑問が……
「時間がないなら能力者が敵の城に忍び込んで、王様を殺しちゃえばいいんじゃないか?」
俺の疑問をそのまま聞いてくれたのはパウロだった。そう、それが一番早いしコストもかからないはずなんだよ。その手を使わないということは恐らく戦術面以外の理由がある。
「そうですね。数十年前まではそのような戦術が頻繁に使われていました。能力者は戦場だけでなく潜入・暗殺でも強力な駒になりますから。ただ……」
ルルは壁に貼られたこの世界の地図に視線を移しながら、この世界の戦争の歴史を語る。
曰く、暗殺の成功率あまりにも高く、各国の王が暗殺される事態が多発した。その結果、安定した国が存続できず数百年も戦乱が続いていた。70年ほど前、当時の有力な軍事勢力の頭目が集まり、暗殺を禁じる協定を結んだ。その時の勢力は今はほぼ残っていないが、現在の各国としても暗殺という手段を使わないことが暗黙の了解となっている。武力を行使するのは正規の軍のみということだ。
「それはわかったけど、敵の軍勢を突破した後、都を素早く陥落させる策はあるの?この街のような城壁があるなら一日や二日ではどうにもならないと思うんだけど」
ストレートに聞いてみる。疑問は確実に解消しておかないとね。
「確かに、シサムほどではないもののネトにも堅固な城壁があります。ですがすでに工作員を潜り込ませてありますのでご心配なく」
なんらかの方法で城壁を破壊するか、内通者に門を開けさせるか。詳しい説明がないところをみると、まだ目処が立っていないのかもしれない。
「では作戦の詳細についてお話ししましょう」
主に会戦での用兵についての説明があった。
能力者5名——ルソンテからの参加者だ——を支援攻撃隊とし、投槍で集中攻撃を行う。一般兵と連携しつつ間断なく投射し、敵戦列が崩れたところを残りの能力者と一般兵が突破する。要は歩兵に対する火力支援に相当する攻撃を行うということらしい。一般兵の1割ほどは槍を運ぶための輸送隊だそうだ。
俺たち転移者にとって重要なことは前線を突破する部隊に入るということだ。間違いなく敵兵と直接戦闘することになる。頭ではわかっているが、その時にやるべきことをやれるだろうか?生きて帰るため、敵兵を殺せるだろうか。
メンタルは強い方だと思っている。しかしなにぶん命のやりとりをしたことはないのでその状況に対応できるかは自信がない。今からでもスーマを脱走して潜った方がいいか?
いやダメだ。潜伏するなら力を使って目立つわけにはいかない。そして力を使わず人を避けて生きていける可能性は低い。腹を括るか。
ブリーフィングが終わると瞳が声をかけてきた。
「二人とも本当に戦争に行く気なの?死んじゃうかもしれないんだよ?」
俺とパウロは自室に向かいかけていた足を止め振り返る。
「うーん、兵隊になること自体にはそんなに抵抗はないなあ。軍に入った友達も結構いるし。この国のために命を賭けたいかというと微妙だけど、この国の後ろ盾がなくなったらたぶん生きていけないしね」
パウロは積極的にではないがこの状況を受け入れているらしい。さっきの暗殺の提案といい、意外に合理的というかドライな思考の持ち主なのかもしれない。
「なんでそんなに冷静なの?振一郎は?」
「パウロと同じ。できれば戦争なんてしたくはないけど、生きるために必要だと判断した」
瞳は納得しない。
「生きるためにって、そのために殺されたり殺したりしに行くの?今からでも逃げようととは考えないの?」
「パウロが言っただろ、逃げても死ぬって。だったら生き残るために戦場でも上手くやるってだけだよ」
これは瞳に向けての言葉じゃない。俺だって納得しているわけではないんだ。でももう俺たちはこの状況に飲み込まれてしまった。俺たちの思いなんて関係なく進んでいく大きな流れに。ならば沈まないように流れに乗り、泳ぎ続けるだけだ。
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