壁1

 にわかに舞い上がった土煙はひとしきり視界を阻むも、その原因を作った人影を徐々にあらわにした。


 立っていたのは銀髪の少女。『戦神の娘』、ルドサンクレア・クーデンタローグだ。訓練場のそばにある2階建ての兵舎の向こうから――正確にはシサムの軍駐留地の入り口から――文字通り空を飛び、正確に着地する時に纏っていた風が土煙を舞い上げたのだった。


「クーディンタローグ隊長。もう少し穏やかにいらして頂けると助かります」


 突然の来訪に驚くでもなく、やんわりと抗議をするアーロン。クレアのこの行動を見るのは初めてではないのだ。


「この前より優しい着地だったでしょ。私だってちょっとは気を使うんだから」


 前回の訪問時は訓練場の隅に馬車がすっぽり入るクレーターを作った。その時のクレアの弁は「起伏がある方が実戦的な訓練ができるでしょ」である。


「で、今日はどうされました?」


 アーロンも慣れたもの、あっさり無視して要件を尋ねた。いちいち付き合っていても精神を消耗するだけだと理解している。クレアもそれを咎めるでもない。


「3人の仕上がりを確認に。スシリナーアに連れて行きたいの。あのタヌキ、この期に及んで妙な動きをしてる」


 スシリナーア。スーマの北部国境に接する小国。さらに北にはクジーフィがあり、リトメオッジとともにニ大国の緩衝領域となっている。山がちの国土で農業生産力には恵まれず人口も30万人程度と少ない。国力は低いながらも、大国の狭間でどちらにも与せず、かといって敵対もしない巧みな外交、そして精強な軍によって生きながらえてきた。タヌキと呼ばれたのはそのスシリナーアの王、ターペ・レクリディである。


「ことを構える時に邪魔が入らないよう、圧力をかけるということですか」


「ううん」


 クレアは首を振ると面倒臭そうな顔を見せながら答える。


「もう潰しちゃってもいいかなと思ってる。もうすぐ緩衝地帯としての価値もなくなるし、そしたらどうせ武装解除させて属国にするだけなんだから」


「王はなんと?」


「いつも通りだよ。全部任せるってさ」


「なるほど。しかし……」


 俺と、駆け寄ってきた瞳とパウロの3人の顔を見回す。


「彼らは一通りの訓練は終えています。それでも初の実戦となる以上、主力としての働きを期待するのは些か荷が重いと考えます。部隊の指揮官は?」


「ルルをあてる。ロークンもつけるよ。あの二人なら手堅くやってくれるはず。あとはルソンテとルトクベから若いのを5人ずつと一般兵を2000人」


 ルソンテ、ルトクベはともに能力者部隊である。キバルーブや近衛隊には二つの部隊から選抜された能力者が入隊することになっている。


「能力者が15名ですか。そんな余裕があったのですか?」


「ルルとロークン以外は新兵だから、既存の戦力からこっちに割くのは2人だよ。それより時間がないの。それ、貸してくれる?」


「新兵?それでは……」


 クレアは抗議に反応せず瞳とパウロに歩み寄り、両手を伸ばして二人が持っていた木剣を受け取る。そのまま振一郎の方に向き直ると、左手を差し出す。


「さあ、君の力を見せて」




「模擬戦ってことでいいんだよね?」


 促されて訓練場の真ん中でクレアと対峙した俺は念のため意図を確認する。


「模擬戦?」


 小首を傾げて疑問を口にするも、すぐに思い直して返答する。


「ああ、うん、いいよそれで」


 どうも何かズレているような気がする。だがこちらとしてもスーマNo.2の力を見せてもらういい機会だ。渡された木剣を構えるとクレアもそれに倣った。


「いつでもきていいよ」


 と、言われても全く隙がないんですけど。どうやっても当たる気がしない。まあ向こうの方が強いのはわかっていることだ、細かいことは考えずにやってみようか。力を見せろと言われているんだし。


「はっ!」


 声を出して全力で斬り込む。今の俺が出せる最速の上段打ち。踏み込んだ足元では突き固めた土でできた訓練場の地面が大きく凹み、5メートル近くある間合いを瞬きのいとまもなく詰める。その勢いのまま、振りかぶった木剣を頭上に振り下ろす。


 クレアは反応しない。躱すそぶりもなく、持っている木剣を動かすでもない。まさか当たる?と勘違いしそうになった瞬間、腕に衝撃が走る。手から離れそうになる柄を慌てて握りしめ、弾かれた勢いを殺すべく右足で着地。すぐさま袈裟斬りを仕掛けながらクレアの姿を確認する。


 ……全く動いてなかった。


 二手目も当たる直前に弾かれる。木剣で打ち返しているはずだが全く見えない。ただ今度は予想していたので体勢を崩されることはなく、後ろに一歩跳んで間合いを広げる。


 これは思った以上に力の差がある。このまま仕掛け続けても当たりはしないだろう。それになんの策もない攻撃をクレアが期待しているとも思えない。


「考えろ、ってことか」


 ふふ、と悪戯っぽく笑みを見せる少女。


 さっきの言葉の意味が分かったよ。模擬戦なんて全く成立しないレベルの差だ。正面から打ち合っても話にならない。スピード、パワー、テクニック、全てにおいて相手が上。ならば虚をつくしかないか。しかしちょっとぐらい小細工を弄したところで状況を打開できるとも思えない。


 そういえばクレアはどうやって俺の攻撃を逸らした?

 剣に能力者の力で力を加えたところであの速さ―見えなかったが―は出ないはず。剣を振るうためには腕も同じ速さで動かす必要があるからだ。



 ……あ、そういうこと。



 俺に考えさせたかったことはわかった。わかったが、ヒントを出されてそれに答えるだけじゃ癪に触る。


 あれ、やってみるか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る