転移者たち

「よく来たな新入り。歓迎するぜ!」



 ホールに足を踏み入れた俺に真っ先に声をかけてきたのはウェーブがかかったくすんだ金髪の男。見る者によっては美形と言えなくもないだろう。30代だろうか?英語を話しているがネイティブではない。


 身につけているのは濃い青のジャケットのような上着に、サイドに黒いラインが入った白いズボンだ。ジャケットの下には白いシャツのようなものを着ている。おそらく軍の制服なのだろう。もう一人の男もほぼ同じ服装だ。地球の服とかなり似通っているのは、身体の形が同じであれば似たような進化を辿るということかもしれない。


「パウロ・フィリオ・ダ・シウバだ。パウロって呼んでくれ。こっちに来る前はブラジルで車のディーラーをやっていた」


 当然のように右手を差し出す。こちらも手を出すと痛いほどの力で握られた。


「よろしくな。今日来たばかりなんだろ?わからないことはなんでも聞いてくれ」


 ようやく解放された右手をさすりつつ答える。


「こちらこそよろしく。シンイチロウ・ヒヤマだ。日本出身で科学者のようなことをしていた」


「あなた日本人!?」


 隣にいた女性が大きな声を上げる。日本語だ。

 背中までかかるライトブラウンの髪を束ねている。はっきりした二重にやや目尻が上がった大きな目、すっきりした鼻筋が上品な印象を与える。ほとんど化粧をしていないようだが、それでも誰が見ても美人だと言うだろう。20代前半か、もしかしたら10代かもしれない。こちらはパウロと同じ上着に下はスカートだ。


「出身は日本だけど、アメリカ暮らしが長かったから日本のことはあまり知らないよ」


 こちらも日本語で答えると彼女は泣き出しそうな声で言う。


「それでもいい。日本語、久しぶりに聞いた……」


 それだけ言うと目を伏せて本当に涙を流し始めてしまった。

 もう一人、スキンヘッドのアフリカ系と思しき男が口を開く。


「彼女はホームシックというか、少し精神的にまいってしまっていてね」


 振一郎より頭一つ高い身長と服の上からでもわかる全身の筋肉が与える威圧感とは対照的に、物腰の柔らかい繊細な語り口の男だ。


「私はアーロン・ウォーカー。こちらに来る前はアメリカ陸軍にいた。スーマの転移者のまとめ役のようなことをやっている。君はアメリカのどのあたりにいたんだ?」


 明瞭なアメリカ英語だ。泣き出した女性の気持ちが少しだけわかる気がする。


「マサチューセッツ」


「私はノースカロライナだ。今日転移してきたばかりだと聞いたが落ち着いているな」


 よく見てるな、こいつ。


「こっちに来た時は流石に驚いたよ。でもその後は想定の範囲から大きくははみ出たことは起こっていないから」


 元軍人は軽い笑みを浮かべたように見えた。興味深いと感じたのか、去勢を張っていると捉えたのか、表情からは判別がつかない。

 するとようやく泣き止んだ髪の長い女性が小さな声で話し始めた。


「あの、私は八千草瞳。日本人の大学生です。こちらにはまだ来たばかりで生活にも慣れていなくて」


 目を赤くして頬に涙の跡が残る彼女を見れば、庇護欲をかき立てられない男は少ないだろう。俺はその少ない側の人間のようだが、顔には出さず無難に挨拶をする。


「皆さん、食事の用意ができているようです。そろそろ行きましょう」


 自己紹介が一通り終わったのを見てルルがテーブルのある部屋へ案内してくれる。


 会食の場はホールと同じく装飾の少ない部屋で、中央に長方形の大きなテーブルと椅子が4脚並んでいる。その他には調度品のようなものはほとんどなく、部屋の隅に給仕役の男女が1名ずつ控えている。広さは20畳ぐらいだろうか。テーブルが大きいのでそれほど余裕がある空間ではない。そのテーブルにはすでに多くの料理が一人分ずつ並んでいる。一品ずつサーブするわけではないようだ。


 転移者4名が席に着くとルルは仕事が残っているので、と言い残して部屋を出て行った。明日以降のことはアーロンに聞けばいいらしい。この時間からまだ仕事とは。


 地球と同じようにナイフやフォークとともに供された料理は恐らくかなり高級な部類に入るものだろう。鶏肉のソテーや多くの種類の野菜を使った煮込み料理など、食材も調理法もバラエティに富んでいた。しかしこの鶏肉の味付けは……


「これ、醤油味だよね?日本人が他にもいるの?それとも中国人かな?」


 アーロンが丁寧な口調で答えてくれる。


「日本人は君たち二人しかいない。私がこちらに来るよりずっと前に転移してきた日本人が作り方を伝えたらしい」


 言い終わると同じ料理を食べてみせた。


「君が聞きたいことはわかっている。順を追って説明しよう」


 こいつ、やっぱり人の表情をよく見てる。話が早くていい。



 アーロンから聞いた転移者に関する説明はルルが話した内容と整合が取れていたし、概ね予想していた通りのものだった。


 ルルから聞いていなかった情報は、


 転移者は30年ほど前から現れ始めたこと。


 地球の世界各地から来ていること。


 こちらの言葉の辞書が英語、スペイン語、フランス語に対しては作られていること。


 こちらの世界の人間は俺たちと遺伝的にもほとんど同じらしく、子供も作れること。


 転移者の多くは能力者でもあり、兵力として厚遇されること。そしてここにいる3人も能力者。ちなみに非能力者であっても地球の知識が重宝されるので扱いは悪くないらしい。


 といったところだ。

 3番目は非常に助かる。できるだけ短期間で言葉をマスターする必要があるだけに。

 そして最後のだけが予想外だった。嬉しい誤算だ。最悪、奴隷身分の可能性も考えていたからな。


 ちなみに能力者の力は「天から与えられた力ルーノ・ターエ」と呼ばれているらしい。長いから単に『力』でいいや。



「君も能力者なんだろう?明日以降、戦闘訓練を受けてもらうことになる」


 アーロンの言葉に瞳の肩が一瞬震えるのが見えた。俺は無言で頷く。


「その前にいくつか聞いておきたいことがある」


 手のひらを上に向けて差し出し承認の意を示すアーロン。


「まず、ここは地球でいうとどの辺りなの?たぶん地中海北岸、イタリア北部かクロアチアのあたりだと思うんだけど」

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