覚悟ができれば

 手を掲げた姿勢のまま、たっぷり5秒は固まってからスキンヘッドの男はようやく口を開く。


「なぜそう思う?」


 漠然とした質問だ。話を端折りすぎたか。一つずつ説明することにしよう。


「ここが地球じゃないことはすぐにわかった。俺が知っている物理法則を無視した能力者たちを見たからね」


 見ればパウロも瞳も食事の手が止まっている。そんなに大した話をするつもりじゃないよ。


「この建物に入る前に空を見上げたら、地球と同じ星座が見えた。つまり宇宙の星々と俺たちがいる場所の位置関係が全く同じってことだ。偶然と考えるのは無理がある」


 ようやくひとつめの結論だ。


「それで地球がある宇宙とほぼ同じだけど別の宇宙に来たんだと思った」


「それで?なんで地中海だって?」


 今度はパウロが先を促す。


「北極星の高さから緯度は約45度だとわかった。この緯度でこの暑さという時点で地中海沿岸か北米西岸に絞ったんだ」


 ふたつめの結論。


「あとは夏の夜、この時間に見られる星座から推測してイタリアあたりかなと」


 アーロンはテーブルの上で手を組み俺の顔を見据えている。先に口を開いたのは瞳だった。


「当たってる。すごいよ。なんでそんなに簡単に……」


 いやだから説明しただろ。手に入る情報から推測できることを指摘しただけ。


「なるほど」


 ようやく口を開いたアーロンの表情は険しい。組んでいた手を離し、陶製のコップの水を一口含んでから次の言葉を発する。


「先に質問に答えておくと、君の推測は正解だ。ここは地球とよく似た別の世界。我々が今いるシサムは地球で言えば北イタリア、ヴェネツィアの少し北のあたりだ」


 やっぱりね。でもこれが当たってるとするとまた別の推測の信憑性が出てくるんだよな。面倒なことになりそうだ。そんな俺の頭の中を知ることなくアーロンは続ける。


「君はもしかしてギフテッドか?」


「そう言われたことはある」


「その若さで科学者と聞いた時の疑問がいま解けたよ」


 スキンヘッドの男は俯き、ふっと軽く息を吐いた。そしてまた俺の顔を見て話し始める。


「この世界の地理や国に関しては後で詳しく説明しよう。他にも聞きたいことがあるんだろう?」


 そう、あるよ。いろいろね。次は……


「能力者の力についてはどこまでわかってる?単なる力持ちじゃないよね?」


 少し意外そうな顔をしたアーロンは一瞬考えるそぶりを見せた。


「能力者とは常人をはるかに超えるパワーの持ち主である、というのが一般的な認識だ」


 え?と声に出しそうになる。能力者がこの世界の歴史のいつごろ現れたのかはわからないが、力の性質については当然研究されていると考えていた。


「最初は俺もそう思った。でも大きな岩を持ち上げてみたとき、足が地面に全くめり込まなかったんだ。岩を持ったままジャンプしても」


 昼間の戦場での考察を思い出す。一旦視線を落とし、3人の顔を見回しながら問う。


「おかしくない?岩の重さは足で支えているはずなのに」


 答える者はいない。


「筋力が強くなったというより、触れたものを思った通りの場所に動かしたり固定できるようになったんじゃないかと思うんだ」


 あの岩を持ち上げるような筋力を発揮したら骨や他の組織の方が持つわけがない。岩の重さは俺の体にはかかっていなかったんだ。


「証拠を見せようか」


 怪訝な顔をしている瞳とパウロにテーブルの上から手を退けるように言った後、右手の人差し指をテーブルの縁に引っ掛けた。


 指先に力を込めると、音もなくテーブルの四隅にある足全てが床から離れた。支えるのはテーブルの縁に触れた指一本だけ。


「ほら、筋力だけでこんなことできないでしょ?」


 重心の位置や力の釣り合いを無視し水平を保つテーブルに食卓を囲んでいた3人が言葉を失う。ついでに給仕役の二人も目を見開いている。


 これでわかってもらえたよね?

 俺は慎重にテーブルを床に下ろす。スープが少しこぼれたがそこは勘弁してもらおう。


「なに今の!?」


「浮いてるみたいだったよ!触れてるだけなのに!」


 瞳とパウロが大きな声を出す。逆に俺の方が驚いてるよ。


「その様子だと今まで誰も気付いてなかったの?」


「少なくともほとんどの者は気づいていない」


 落ち着きを取り戻して話し始めるアーロン。


「そもそも、足が地面にめり込むような重さの岩を持ち上げられる者が滅多にいない。100ポンドや200ポンドどころではないだろう?そして」


 人差し指でこめかみを突きながら続ける。


「君のような洞察力を持つ者はさらに限られる」


 そういうものか。というかその前にさらっと重要なことを言ったぞ。


「ちょっと待って、人によって力の強さはそんなに違うの?」


「その通り。能力者が出せる力は個々の才能によって異なるし、その後の鍛錬によっても大きく変化する。君のトレーニングが楽しみになったよ」


 なるほど。これは訓練へのモチベーションが湧いてくるな。いろいろなことができるようになりそうだし、力のメカニズムも解明したい。


「この件についてはキバルーブに報告しておこう」


「何かわかったら教えてほしいな」


「もちろんだ」


 さて、最後に一番聞きたかったことを聞かせてもらおうかな。


「じゃあ最後の質問だ」


「予想はできているが君のことだ、念のため聞かせてもらおう」


 たぶん予想は当たってるよ。


「地球に戻る方法はあるの?」



 アーロンはすぐには答えなかった。瞳とパウロも何も言わずただ視線を落とした。

 うん、わかりやすいねそこの二人。


「端的に言うと、元の世界に帰る方法は確認されていない。少なくともスーマでは」


 アーロンが簡潔に、だが言葉を選びながら質問に答えてくれる。


「他の国も同じだと思うよ。帰る方法があるならそれをエサに能力者を引き抜こうとしてくるでしょ。他の国に渡った能力者、いる?」


「聞いたことがないな」


 まあそうだろうな。能力者の力の研究もあまりされていないのに帰る方法がわかっているとは考えにくいと思うよ。


「やっぱり自分で調べるしかないか」


 しかしどこから手をつけたらいいか。できれは転移の瞬間を捉えたいところだが、いつどこに転移者が現れるかはわからない。それにその場面に出くわしても計測器の類がなければ大した情報は得られないだろう。かなり厳しいな。


「帰る方法を見つけられるの?」


 瞳がすがるような目でこちらを見ている。それがわかったら苦労しない。


「正直なところまだなんとも言えないよ。可能性はあると思っているけど」


「お願い。どうしても地球に戻りたいの」


 その言葉に頷く。俺だって戻りたい気持ちはあるさ。まだ地球でやりたいことが色々あるしね。ということで早速調査開始だ。


「アーロン、過去の転移者が転移してきた時の状況がわかる資料はないかな。できれば本人が書いた手記のようなもの」


「探してみよう」



 どれくらい時間がかかるかはわからない。少なくとも当面、数ヶ月なのか数年なのかはわからないが、この世界で生きていく。もしかしたら一生かもしれない。


 その覚悟ができてしまえば、あとは心の赴くままに、だ。


 まずはこの世界を知ろう。

 ついでに能力者の力も解明しよう。

 そして地球に戻る方法を見つけ……られるといいんだけど。

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