シサムの都
「こちらからお話しすることは以上です」
青いショートヘアの小柄な少女は両手に持った書類に落としていた視線を上げながら言った。
「詳細は都に着いてから説明を受けてもらいますが、今の時点で聞いておきたいことはありますか?」
都に向かう馬車の中で目の前の少女――ルルーシャ・マスレーエンと名乗った――は俺が置かれている状況について流暢な英語で教えてくれた。
ここはスーマという国で、先ほどの戦闘は隣国リトメオッジとのよくある小競り合いだということ。
俺のような力を持つものは能力者と呼ばれ、数千から数万人に一人しかいない珍しい存在であること。
俺のような転移者は近隣諸国含めて年に数人はいること。
英語など地球の言葉を話せるのはごく少数の人間だけであること、などだ。
20歳前後の若さながら有能な軍人であろう彼女の言葉に嘘がなければ、自分があまり好ましくない状況にあることは推測できる。
軍の装備や野営地の設備を見る限り、この国の、もしかしたらこの世界全体でも、科学技術のレベルは産業革命以前のようだ。つまり熱機関で動く車両や航空機はない。また火器の類もなさそうだ。兵士が持つ射撃武器は長い弓しか確認できなかった。
つまり、能力者の力は軍事的な利用価値が高い。戦場では一般の歩兵が対処できる相手ではなく、地球の戦車や航空機に当たる役割を担っているだろう。しかもそれが数万人に一人という希少な存在であるなら、確保した能力者の数が軍事力に直結する。当然俺も兵器としての働きを期待されるだろう。しかも、別の世界から来た転生者の人権がまともに考慮されるなんてことはあまり期待できない。転移者かつ能力者である俺の扱いはおそらく良くて軍属、悪ければ奴隷以下だ。
「そんだな、まずは」
この先必要な情報は早めに仕入れておかなくては。俺はこの国の政治と軍事システムについて青髪の少女を質問攻めにしようとしたはずだった。
「さっきの銀色の髪の女の子は何者なんだ?」
口をついて出たのは自分でも予想しない言葉だった。
馬車は南西に進み続け、都についたのはその日の夜遅くだった。腕時計が正常に動いているなら、休憩時間を除けば約9時間。馬車の速度からすると100km前後というところか。乗り心地は思ったより良かったが、それでも尻と腰の痛みは我慢の限界に近かった。
そうそう、休憩の時に渡されたパンは堅く製粉技術は高くないようだ。しかし明らかに小麦でてきていた。小麦にそっくりな何かである可能性は否定できないが……
スーマの都シサムは石積みの巨大な壁に囲まれた城塞都市だった。高さ30メートルはありそうな城壁は能力者からの防衛が目的であることは明らかだ。そして作る側も能力者を使ったのだろう。あの高さに石を持ち上げる技術力がこの国にあるとは思えない。城壁の上部には篝火と思われる灯りが等間隔に並んでいる。城壁の巨大さに比して門は小さい。大軍を一度に門から進出させる必要性が低いからだろう。これも主戦力が能力者であることの証左だ。
俺が乗っていた馬車の一団は他に馬車が3台と20騎ほど。スムーズに門をくぐることができた。門からしばらく進んだところで馬車が止まり、扉が開かれた。
「ようこそシサムへ。お疲れでしょうが少し歩いてもらいます」
そこに立っていたのは青い髪のルルーシャ・マスレーエン。彼女は最初の休憩地点の手前で馬車から降り、自分の足で都に向かった。そして当然のように馬車より先に到着している。
「予想はしていたけど、能力者ってのはなんでもありなんだね」
ふふ、と笑みを漏らした彼女が言う。
「あなたも同類ですよ」
馬車が止まったのは軍が駐留するエリアの駅のような場所だった。他にも数十台の馬車が並んで停まっており、少し向こうには厩と思われる平家の建物がある。
夜の風が心地よい。あっちの世界では夏の終わりだったのでTシャツ一枚だが、寒くはない。
「マスレーエンさん、これからどこへ?」
すでに歩き始めた彼女に声をかけると、足を止めて振り返った。
「まずスーマ在住の転移者達に会ってもらいます。その後は宿舎にご案内します」
おもむろに体の後ろで手を組んで続ける。
「それから私のことはルルと呼んでください。クレア様からあなたの世話を言付かっていますので、何かあればいつでもお声がけ下さい」
クレアもだったが、それほど親しくない相手にも名前で、しかも愛称で呼ばせようとしている。この国(というかこの世界?)ではそれが当たり前なのかもしれない。
「ルル、じゃあ聞くけど、この国にいる転移者は何人ぐらいなの?」
ルルは淀みなく答える。
「総数は言えませんが、現在シサムにいるのは4名です」
思ったより少ないのは俺の推測が外れているからだろうか?
「あともう一つ、そろそろ食べ物をもらえると嬉しいんだけど」
重要な要望を控えめに言ってみる。
「これから他の転移者たちと会食です。もう少し我慢してください」
夕食の習慣はあるらしい。助かった。
再び歩き出した俺たちは建物が立ち並ぶ区画に入った。軍の施設だろうか、3階建の直方体の建物が整然と並んでいる。いくつかの窓には灯りが見え、人が動く気配もした。軒先にもランプと思しき灯りが設置してあり、薄暗いながらも歩くのに支障はない。
見上げれば雲のない空には都会育ちの振一郎には見慣れないほどの星が輝く。建物の向こうからは多くの人の声が微かに聞こえる。都というぐらいだから夜でも街は賑わっているのかもしれない。
会食とやらが催される建物は他と同じ直方体の石造りで、案内なしでは立ち並ぶ建物から探し出すことはできなかっただろう。
両開きの木製のドアが開かれ俺は1階のホールに足を踏み入れた。装飾のない殺風景なフロアには臙脂色の絨毯が敷かれている。足の裏に伝わる感触からすると床は板張りだ。
ホールの中央に俺と同じ境遇と思われる3名が待ち構えていた。
「よく来たな新入り。歓迎するぜ!」
お約束なセリフが俺を迎えてくれた。
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