脅しじゃなくてアドバイス

 スーマ軍とリトメオッジ軍との小競り合いは双方に大きな被害を出すことなく終息した。


 元はといえば国境 付近に戦力を展開し始めたリトメオッジに対し、無視するわけにもいかないスーマが嫌々軍を派遣したことから始まった。


 リトメオッジとしては国を継いだばかりの新王が国内に権勢を示すための軍事行動でしかない。スーマ側もそれを理解しているので、1,2週間の睨み合いが終わればそのまま矛を納める腹づもりだった。そもそも大国であるスーマと一地方国家であるリトメオッジの国力差からして本気で攻め入るはずがないのである。


 予定外の戦闘はリトメオッジ軍の一部の部隊が暴発し、スーマ軍に攻撃をしかけたことから始まった。スーマ軍の被害はほとんどなかった。だからといって反撃しないわけにもいかない。これは戦略面からというより外交面からくる要請である。世の中舐められたら終わりなのだ。


 スーマは能力者部隊『ムーキス』を前線に押し出した。その任務は、できるだけ派手な戦闘を展開しその上で双方に被害を出さないこと。


 リトメオッジ軍に大きな被害が出れば、彼らは自国内へのアピールのために次の軍事行動を起こすだろう。今、それに付き合う暇はスーマ軍にはない。それゆえのこの作戦だ。


 ムーキスの隊長はルドサンクレア・クーディンタローグ。通称クレア。スーマでは珍しい銀髪が目を引く17歳の少女である。髪の色と対照的なヴァイオレットの瞳と長い睫毛が漂わせるミステリアスな雰囲気と時折見せる弾けるような笑顔で男女問わずファンは多い。そしてスーマ軍最強の能力者『闘神』の娘にしてナンバー2の実力者でもある。


 ムーキスの正式隊員はクレアのみで、作戦ごとにスーマ軍の能力者を選抜して充てる運用となっている。今回のメンバーはスーマ軍精鋭部隊キバルーブから副長のリアン・タルカン以下、ヤジン・ロークンとルルーシャ・マスレーエンの計3名。部隊の規模は小さいが、リトメオッジの兵力を大きく上回るわけにはいかなかったし何よりスーマにこれ以上能力者を割く余裕はなかった。現時点で派遣できる能力者はこれで全員なのである。




「お嬢、敵さんが撤退を始めました」



 小柄だが引き締まった体と黒に近い焦茶の髪。キバルーブの制式装備である白銀の鎧に身を包んだロークンが告げるも、クレアの返答はそっけなかった。


「では我々も撤退を。ただし索敵は怠らないで」


 こちらも撤退すれば、被害を出しながらも大国を相手に撤退に追い込んだ、とリトメオッジ国内に向けた面目は立つだろう。

 そこに隊長補佐のタルカンが口を挟んだ。


「あの転移者をどうします?見たところすでに能力者として覚醒しているようですが」


「一度私が話をしてみるよ。力ずくで連れて行くのは趣味じゃないしね」


 この世界に転移してきた者の処遇は一つしかない。当然それを知っているタルカンは軽く会釈をして一歩下がった。ロークンとマスレーエンもそれに倣い、それぞれ撤退の準備を始める。


「聞き分けがいい子だと楽なんだけどな」


 クレアは戦場の外れにいるはずの転移者の元に向かった。



 振一郎はこの世界のことわりに違和感を覚えていた。いま彼が両手で持ち上げた岩は身の丈をはるかに超える大きさ。おそらく数トンはあろう。地球の常識ではこんなものを人間が支えることなどできるはずもない。しかし違和感の原因はそこではなかった。


 彼は岩を持ったまま地面を蹴り、1メートルほどの高さに跳躍した。そのまま着地すると岩を両手で放り投げる。岩は砂地を2回ほど転がって止まった。

 違和感ははっきりした疑念に変わった。



「お見事」


 賞賛の声に振り返ると、髪と同じ色の鎧を纏う少女がこちらへ歩いてくるところだった。


「この短時間でそこまで力を使いこなせる人は見たことないよ」



 今日は驚くことばかりだな。これまでの人生で驚いた回数を今日一日で超えたと思う。


 いま少女が発したのは英語だ。


 英語で話しかけられても目に見える反応がない俺を見て、少女はフランス語、スペイン語でも会話を試みた。


「あ、いや、英語で大丈夫。驚いていただけだ」


 少しだけ困惑の色が見えかけていた少女は安堵して言葉を続ける。


「良かった。髪が真っ黒だからもしかしたら中国語しか通じないのかと思った。あんまり得意じゃないんだよね、中国語」


 中国語もか。これは思ったより規模が大きいのかもしれない。


「君は何カ国語話せるんだ?」


「母語以外で、という意味なら自信があるのはさっきの3つだけど」


 彼女は笑みを浮かべて、しかし俺の目をしっかり見ながら言う。


「『お前は誰だ?』とか『ここはどこだ?』とは聞かないんだね」


「前者については、俺のこと助けてくれただろ?それで十分だよ」


 もう少し優しく助けてくれると嬉しかったけど、とは言わずこちらも軽く笑みを見せて続ける。


「あと後者については、ここは俺が知っている世界ではないようだから聞いてもわからないだろうし」


 彼女は俺の顔を興味ありげに見ながら次の言葉を待っている。


「英語で話しかけられた時点で俺みたいな人間が他にもいることは分かったから、どれくらいの人数がこちらへ来ているのか探りたかった」


 彼女が先ほどよりさらに目を細めて笑う。


「察しがよさそうで助かるよ。私はルドサンクレア・クーディンタローグ。スーマという国の軍人だよ」


 聞きなれない響きの名前だ。


「そしてここはスーマの辺境、あっちにある隣国のリトメオッジとの国境の近く」


 彼女が指差すと金属製の鎧がカチャリと音を立てた。よく見れば銀色の鎧の各所に金色の装飾がされており、素人目にも技術と手間がかけられたものだとわかった。


 さて、名乗られたらこちらも名乗るというのはこちらの世界でも通じる礼儀だと信じよう。


「俺は氷山振一郎。氷山が家族名、振一郎が個人名。職業は……科学者が一番近いかな」


「よろしく、シンイチロウ。あ、私はルドサンクレアが個人名ね。長いからみんなクレアって呼んでる」


 そしてにわかにクレアの顔から柔らかさが消える。


「さてシンイチロウ。今からあなたはスーマの保護下に置かれます。取り急ぎ、都まで来てもらおうかな」


 あまりにも予想通りの言葉に苦笑する。


「念のために聞くけど、断るという選択肢はないんだよね?」


「なくはないと思うけど、この国に私みたいな力を持つ軍人がどれくらいいると思う?」


「脅しか」


 クレアは今度は優しい笑みを浮かべて言った。


「脅しじゃなくてアドバイス。君を保護するのは私の意志とは無関係だから」

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