第17話

 かち、という音が鳴った。

 俺はショットガンを近くに捨てて、戸惑う咲良に近付く。


「葵を殺した犯人は、お前じゃないだろ」


「っ!」


 噓吐き。

 咲良は乾いた笑いを漏らした。


「なんだ、本当に全部分かってたんだ」


 そして、観念したようにそう言った。


「あの日、葵を殺した犯人はお前じゃない。でも、アイツの肌や爪を剥いだり、目を抉ったり、右腕を持って言った犯人はお前だろ。あと、あの録音テープもな」


 恐らく、猟奇的な殺人だと周りに思わせるためにやったのだろう。もしくは、誰かが俺に復讐しに来たのだと、勘違いさせるための――


「うん、そうだよ。幻滅した?」


「……少しだけ」


 なんでそんなことをしたのか、理由は分かっている。分かっているのだけれど。


「愛する妹の死体を好き勝手やられたら、幻滅するのも当然でしょ。嫌いになってもおかしくないのに、キミはなんでまだそんな目をするの」


 そんな目ってなんだ。まぁいいや。


「俺がおかしいと思った点は、たった一つ」


「?」


 一幡葵が、絶対にしないであろうこと。


「あの録音テープだ」


「……あれがどうかしたの?」


 『……助けて、おにいちゃん……』という声の入った録音テープ。でも、あんなのはただの偽造だ。だって……。


「葵は、俺の妹は――」


 そこまで言って、俺は勿体ぶるように一息ついた。もしくは、心の準備か。

 認めたくないから。認めたくなかったから、俺は今までその違和感を考えないようにしてきた。ある意味、俺の記憶を消すのに役立った。

 俺は少しして、覚悟を決めて口を開いた。


「俺の妹は、兄である俺の事をそんなに好きじゃないんだ。だから、葵が最初に助けを求めるのは俺じゃない」


 俺がエマの好意を拒んだ理由。

 それは、妹役のエマが兄役の俺に好意を向けることが、だったからだ。

 両親の影響なんかじゃない。恋愛関係が嫌いだったのは、母が俺と葵、そして父を捨てたからではないのだ。


「……まさか。ブラコンじゃない妹がこの世に存在するなんて」


「現実なんてそんなもんだろ」


 シスコンの俺と有栖が異常なだけだ。咲良はブラコンなんだろうけど。

 実際、兄のことが大好きな妹なんて、フィクションの世界には存在しない、虚構のようなものなのだ。


「だから、葵が殺されたのは俺に対する復讐なんかじゃなかったんだよ」


 俺のせいじゃなかった。それが、何よりも嬉しかった。俺は有栖とは違う。

 罪悪感なんて背負いたくなかった。復讐なんてしたくなかった。

 葵なんて、覚えていたくなかった。


「……でも、私が犯人じゃないなら、どうして私はここに呼ばれたの?」


 それは最もな疑問。だが、咲良には答えが分かっている筈だ。


「いや、お前は犯人だろ。、立派な犯人だ」


「……ふふ」


 俺がそう言い切ると、咲良は笑った。


「あはははは! やっぱり分かっちゃうよね」


 何の理由があって、咲良が俺の父を殺したのかはどうでもいい。

 そこには西行家の何かがあった筈なんだけれど、そんなことを知りたいわけじゃない。


「だから、答え合わせをしたかったんだ」


「へぇ、答え合わせね」


 実に興味深い、とまるでアニメの声真似をしているような声で言う咲良を見て、一拍置いてから、俺は訊いた。


「葵を殺した犯人は、俺の父親だよな?」

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