第14話
俺は何かを忘れている。
思えば、俺の記憶は咲良と出会った時から妹を失うまでの間だけ途切れている。
なんなら、俺は最近まで昔の事を忘れていたのだ。
妹の存在も、父の存在も、母の存在も、俺がやったことも、咲良と会ったことも、何もかもを忘れていた。
それらを思い出させるものが、俺の近くには無かったからだ。
有栖とは両親が離婚する前から関わりがあるし、エマに関しては、有栖よりも前に関わりがある。だから、俺はエマや有栖を見ても昔の、両親が離婚した以降の事を思い出さなかった。
それなのに突然思い出した。エマから向けられる好意が嫌になった。自分がもっと嫌になった。
トリガーはなんだ?
■■■
「わぁ、すごく美味しそう。本当にこれが四百円なの?」
テーブルに並べられた料理を目の前に、西行は目を輝かせた。
どうやら、西行は一度もサイゼリヤに行ったことがないらしく、服を買い終えてからやっと昼飯のことを思い出した時に、西行が行ってみたいと言い出したのだ。
ちなみに。
「透夜ちゃんは可愛いなぁ。とても美味しそうだよね」
「……」
「ちょっと! 無言で通報しようとしないで!」
やっぱり何故か咲良もいる。
どうやら、西行のことをかなり気に入ったみたいで、咲良は事あるごとに興奮していた。気持ちが悪いし、さっさとサツに突き出したいのだが、残念なことに咲良はまだ犯罪を犯していない。
咲良といると気が緩む――そう一瞬でも考えた俺がバカだった。いつ咲良が西行を襲うか分からないので、徹底的に見張らなければならない。
……いや、でも西行だって男だし、もしかしたらそういうのを望んでいるんじゃ。
まぁその場合は静かに場を去るとしよう。ついでに二人との縁も切りたい気持ちに襲われるだろうけれど。
ちなみに当の本人は頭にハテナを浮かべている。どうか、彼が咲良という変態の毒牙にかからないことを祈ろう。
「いただきます!」
そう言って西行は目の前のハンバーグにかじりつく。勿論箸を使ってだ。
俺と咲良は特に何も頼んでいないので、時々ジュースの入ったコップを呷りながら西行が食べている所を眺めていた。
ハンバーグやミラノ風ドリアを幸せそうな表情で口に入れていく西行を尻目に、俺は咲良のことについて考えていた。
いや、正確に言えば昔の事だ。
昔の事はあまり覚えていない筈だった。
でも、何故か今は鮮明に思い出せる。勿論、途切れている記憶は別として、だが。
突然だが、直観像記憶というものを知っているだろうか。写真記憶、映像記憶とも言うらしい。目で見たものを映像として記憶するというものだ。ヒトは幼少期までこの能力を保持しているらしい。普通は思春期前に消えてしまう能力だが、実は例外がいる。
思春期を迎えても、そして成人を迎えても、それでも直観像記憶を保持している人がわずかに存在するのだ。
その中の一人は俺だ。とはいえ、俺はその直観像記憶が人より優れているというだけで、幼少期の頃のように物を完全に映像として記憶しているわけではない。なので当然幼少期健忘はあるし、見たものを隅々まで完全に記憶出来るということではない。人より記憶力が良い――というような認識で大丈夫だ。
ここで不自然なことが起きる。じゃあ何故俺は昔の事を全然覚えていなかったんだ? なんで記憶が一部途切れてるんだ?
理由は何個かあるが、その中で最も可能性が高いもの――トラウマ。
俺の脳が、昔を思い出すことを拒否しているのだ。
だったら何故時々昔の事を思い出してしまうかについてだが、それについては既に検討が付いてある。
それは、昔と関わりのあるものに触れたからだろう。
じゃあ、それはなんだ?
「ごちそうさまでした! すごく美味しかった。また来たいな」
「いつでも行こうよ。いつでも連絡してね」
「うん! ありがとね」
最近関わった中で、昔と関わりの深い人物は一人しかいない。
「咲良」
「ん? どうしたの、コウくん」
そうだ、思い出した。
「付き合ってくれないか?」
「……へ?」
「え?」
――西行咲良。
あの西行家の長女であり、世界最悪のテロ事件を起こした真の黒幕。
「連絡してくれ。ちょっと用事を思い出した」
「は、はぁ? ちょっとまっ……!」
俺は一万円札をテーブルの上に叩きつけ、席を立つ。
そのまま店を出て、スマホの連絡先を確認する。
「……出てくれ、有栖……!」
今の時間、有栖は彼氏といちゃついている可能性が非常に高い。
早く伝えなければ。
俺の妹を殺した犯人が――見つかったって。
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