第13話
君はもう少し自分を信じた方がいいよ――と、そう言われたのは、中学三年生の、後半のさらに後半。中学の卒業式の最中だった。
咲良という、中学校から付き合いで、俺の数少ない友達がそう言った。
俺が初めて彼女を認識したのは、学校の中ではなく、俺が売春斡旋で稼いでいたとき、客として金を積んでやってきたのがきっかけだった。
咲良は金の受け取りをしていた俺を見て、「一幡くん」と呼んだ。そのせいで近くの仲間には俺の苗字がばれてしまったし、もしかしたらそこから家までばれてしまったのかもしれないけれど、それを責めるようなことはない。彼女に責任はない。
だが、そのせいか、俺は友達である筈の咲良を、どうしても好きになれなかった。
■■■
「ボク、女の子と出かけたことないから、ちょっと緊張するな」
「え、意外。全然モテると思うよ。少なくとも私にはモテてるし」
「……」
「お世辞でしょ。ふふ、ありがとね」
「おせじじゃないよ~! ……ところで、おせじって何?」
「えぇ!?」
「……」
「えーと……だめだ。上手く説明できる自信がないよ。一幡くん、お願いできる?」
「それはいいんだが……」
俺は数分前から言いたかったことを全て吐き出さんとばかりに言った。
「なんで咲良がここに居るんだよ!?」
「なんでって……さっき偶然会ったんだもん」
偶然会うこと自体はそこまで珍しくもない、珍しいとしてもありえる。
でも、なんで咲良が西行のことを知ってるんだ? 言っておくが、俺と咲良は別の高校に通っているし、最近起こったことを共有するような仲でもないし、家が近所なわけでもないのだ。カレカノの関係では絶対にないし、あくまでも浅い友達。
それなのに、どうして咲良は西行の存在を知ってるんだ? 何故偶然会っただけでそれが西行だと分かった?
「まぁそれは企業秘密ってことで……それじゃ、早速行こうか」
訊いてもはぐらかされるので、仕方なく俺は咲良に乗せられる。
「どこに行くんだよ」
「服屋!」
ばっと振り返って手を広げ、満面の笑みでそう答える咲良に、俺はすっかり毒気を抜かれてしまった。
まぁ、たまにはいいか、と……そう思ってしまった。
「透夜ちゃんは男物も似合いそうだけれど……好きじゃないの?」
「いや、ボクには似合わないよ」
「そんなことないって! はやく行こ。ファッションの高みへ!」
相変わらずテンションが意味不明な咲良だが、メタい事を言うと、読者はもっと意味が分からないんじゃないか。
いきなり訳の分からぬ新キャラが出てきて、訳の分からぬキャラをした女がいつの間にか西行と仲良くしていて、しかも俺やエマとも親交がありそうなのだ。頭が混乱するに違いない。読者がいると仮定したならば、だが。
だから、そうだな。
すこし、昔話をした方が良さそうだ。こういうのは柄じゃないのだけれど、でも、やはり、咲良が居ると気が狂って、キャラまで狂ってしまうようだ。
■■■
「一幡くん」
「……誰だ?」
急に名前を呼ばれ、俺は臨戦態勢になる。
臨戦態勢と言うと少し物騒な感じになってしまうが、実際はただ近くに置いていた拳銃をこっそりと後ろ手で拾っただけのことだ。
「私だよ、私。ほら、クラスが一緒の」
「……わからない。誰だ」
面倒な事態になってしまった。まさかクラスメイトが客としてやってくるとは。
「咲良、だよ。苗字は覚えなくてもいいけど、代わりに名前はちゃんと覚えてね」
覚えなくて良いと言われると、余計覚えたくなってしまうのが俺だ。
しかし、覚えてねと言われても、既に聞いてしまったものは忘れようがないだろう。
「俺のことは知ってるんだよな。なら自己紹介は不要だろう。ていうか、あまり大きな声で自分の名前を呼ぶなよ。俺の名前も」
「ここは危ないしね」
咲良はまるでここがどんな場所なのかを理解しているかのような口ぶりで話している。敵かもしれないと思い、俺は警戒を強める。
「JC、一発五万円、ねぇ……。もう少し高くても良いんじゃないの」
「金を稼ぎたいとは思っているが、金を稼ぐことが目的なわけじゃない」
確かにきっかけは金だが、この時の俺はもう既にこの行いが正しい事だと信じて疑っていなかった。楽しくて仕方がなかったのだ。
「ふうん」
「で、何の用だ」
客として通ってきたのなら、コイツもどうせ若い、若すぎるような女を求めてやってきたんだろう。同い年ぐらいなのだから、ロリコンとは言わないけれど、どうせただの変態だろう。そう思っていた。
「売りに来たんだよ」
「は?」
何を――そう言おうとしたところで、気付いた。
「私の身体を売りに来たの」
自分から、自発的に、体を売りに来た。
高校生ぐらいの年齢ならまだ分かるが、中学生の時点でそうなのは将来が心配になるなと呑気に考えていた。正直、どうでもよかった。
「本気か? 一応、チェックもあるが」
チェックというのは、商品の性能を調べる……面接のようなものだ。どんなに下手でも値段を下げて売っているし、正直意味がないシステムだが、前にアドバイスをくれた先輩がやれとせがむから仕方なく導入した。
ちなみにその先輩はもう既に死んでいるので、チェックの係は基本俺となっている。やめるつもりでいたが、やらないとクレームが多くてだるい。嘘じゃないからな。本当だからな。
「本気だよ。冗談でそんなこと言わない」
確かに、冗談だったとしても、この会話を録音されて「身体を売りに来た」というところだけ切り取って脅すことは可能だ。脅しの種にしては弱くたって、噂の種になるのだから結局同じことだ。
「そうか、断る。他を当たれ」
俺がそう言うと、咲良は少し驚いたようで、目を見開いて一瞬固まった。
「なんで」
「ウチには必要ないからだ」
商品は既に足りているし、これは慈善事業でもなんでもないので、俺が咲良の願いを叶えてやる義理は一切ない。そもそも、俺には咲良を商品にする理由がないのだ。俺が意味を見い出せないことはしないというのは、俺のポリシーでもある。
「帰れ。お前には荷が重い」
「荷って……どういうこと?」
どういうことも何も。
俺は持っていたスマホに監視カメラの映像を映し、画面を咲良に向ける。
「こうなりたいのか?」
内容は、おぞましくてとてもじゃないが言えない。
汚い顔をした不衛生なデブと痛い痛いとわめいて泣きじゃくる女の特殊なアレコレなんて想像もしたくない。
「……」
咲良の顔がどんどん歪んでいく。笑っているわけではない。顔色がどんどん悪くなっていき、えずいて、それでも画面に注視している。
何かがある、と直感的に思った。
「確かに最悪だ」
俺がスマホをしまうと、咲良が一言目そう言った。
「……気が変わっちゃった」
咲良は最初からはだけさせていた服を整え、額に手を当てる。
何か考えているのだろうか。どうせもう関わることもないだろうし、どうでもいいと思っていた。しかし、咲良は俺の予想をことごとく上回った。
「あのね、売られている商品、私に買わせてくれないかな」
「……は?」
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