第15話
コウくんから電話がかかってきた。先程から着信音がうるさい。
居留守を使っても、何度も何度もかけなおしてくるので、恐らく緊急事態なのだろう。出るつもりはないが。
だって今、私は彼氏の兵吾と一緒にいるのだ。二人きりの時間を邪魔されるのは不快でしかない。着信拒否の選択肢も頭によぎったが、それは流石に恩知らずというものだ。電話に出てない時点で恩知らずと言ったらそれまでだが。
「……出た方が良いんじゃないか」
兵吾は心配そうな顔でこちらを見る。もちろん出た方が良いのは分かっている。だが、流石に彼氏の前で他の男と通話するっていうのは、なんというか、駄目じゃないかと。
「別に俺は気にしない。一幡コウとは何も無いんだろ」
「まぁ、そうだけどさ……」
上記の理由は全て嘘で、本当は二人きりの時間を邪魔されていることについてのイライラが原因なのだけれど。
「……はぁ」
私は少し迷ってからスマホを持って応答ボタンをクリックした。兵吾に聞かれて困るものなんて一つもないので、私はスピーカーにしてから耳にスマホを近付ける。
「もしもし」
出た方が良いというのは分かっているけれど、仕方のないことだというのは分かっているけれど、それでも私の第一声が少々不機嫌だったことについては、あまり触れないでほしい。
『もしもし。有栖、今大丈夫か?』
「なるべく手短にお願いします。今は忙しいので」
コウくんの問いに私は冷たい返事をした。しかしコウくんは特に何も気にしなかったようで、私に伝えたいことがあるだとかなんとか言ってきた。私は訊いた。
「伝えたいこととは?」
『……一幡葵を殺した犯人が分かった』
スマホを落としそうになった。
過去の事は忘れていたんじゃなかったのか。思い出したのだろうか。まぁ、正直それはどうでもいい。問題は別にある。
何故コウくんは、思い出した上で平気でいられるのか、だ。恐らく、まだ断片的にしか過去の記憶を思い出せていないのだろう。しかし、もし全て思い出してしまったら?
……いや、それも今はどうでもいい。犯人っていうのは。
「誰ですか?」
『それは――』
……推理、か。
コウくんはあの事を覚えていなかった。思い出せていなかった。しかし、覚えてもいないことを、彼は推理して導き出したのだ。
「……後日連絡を」
そう言って一方的に電話を切る。
西行家のテロリスト、西行咲良はエマと親交がある。私は今回、コウくんの役には立てなさそうだ。役に立つ気もないのだけれど。
「続き、しよっか」
「大丈夫だったのか? 俺には正直よく分からなかったが」
「うーん……」
私は回答に渋った。
大丈夫かどうかと言われれば、全然大丈夫ではない。
でも、心配する必要はない。
「大丈夫」
エマを人質に取られたら、私達は透夜を殺す。
徹底的に苦しめて、あのテロリストに送り付けてやればいい。
そうすればきっと、彼女は自滅する。
だって、あの時だってそうだった。
あとは、咲良さんの良心に賭けよう。
■■■
有栖に伝えたいことを伝え終えたので、俺は咲良に電話をかける。
数回のコール音の後、スマホから『もしもし』という声が聞こえた。
「もしもし。さっき言った通りなんだが、その……」
『え、えっと。本当に申し訳ないんだけれど、私ちょっとキミのことをそういう目では……』
「何の話だ」
『え?』
「え?」
何か、壊滅的なすれ違いが発生しているような気がする。
思い当たる節はある。だが、流石にないだろう。流石に、咲良が俺の「付き合ってくれ」を告白だと勘違いすることなんてないだろう……ないよな?
「……とりあえず今から一緒に来て欲しい所があるんだが」
『どこ?』
「えっと……この前俺が消した半グレの拠点。お前なら多分把握してるだろ」
『まぁ、してるけど』
「今すぐ来てくれないか?」
『……ちょっと、心の準備が』
流石は咲良。今から俺がしようとしていることを、既に見抜いているらしい。
咲良があのテロ事件の黒幕であるという話は人伝に聞いたものだが、実は今まで少し疑っていたのだ。あのバカっぽい雰囲気でそんなこと、するわけないと思っていた。しかし、今ので分かった。
西行咲良は本物のテロリストだ。俺が保証する。具体的には何もしないけれど。
「とりあえず俺はそこに向かうから。西……透夜は?」
『もう帰らせたよ』
「さんきゅ、手間が省けた」
『……私も今から行くね。少し遅くなるかもだけど』
「あぁ、全然大丈夫だ。急ぎで来る必要はない」
今は大体二時ぐらいだから、恐らく三時には来るだろう。
「じゃあな」
俺は電話を切ると、元居た店へと引き返した。集合場所は、サイゼリヤとさほど遠くない。
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