第10話

 俺の推測は間違っていた。

 いくら好きな相手だといえど、告白をした相手だといえど、それでもストレートに「好き」だとか「愛してる」だとかそんなこと、付き合ってもいないのに言わないだろう。

 エマが俺に好意を向けてこないというのは大きな間違いで、俺が気付いていないだけ。エマの気持ちが分からないだなんて、俺が知ろうともしなかっただけだった。

 結局、エマのソレは、一時の気の迷いでもなんでもない、ただの純粋な恋だった。

 エマは目を瞑った。そして、力を抜いた。

 それだけで十分だった。

 全て分かってしまった。


「……冗談だ」


「え?」


 俺は呆けた声を出すエマを尻目にベルトを締め直す。少し気まずくなったので目は逸らした。

 危うく、舌打ちをしそうになるがなんとか堪える。

 エマはもう完全に他人。

 なら、もうそれでいい。


「……」


 エマは何とも言えない表情でこちらを見る。俺はその視線を無視して、スマホを確認する。通知には、有栖からのメッセージが届いていた。


『夜ご飯、冷蔵庫にあるので食べてくださいね』


 どうやら、有栖がご飯を作ってくれたみたいだ。


「有栖が今日の飯を用意してくれたらしい」


「……そう」


 返事を返してくれたので、もう大丈夫だと判断して俺は部屋を出る。

 エマの表情は分からなかった。


 ■■■


 父と母が離婚した。母が外で恋人を作っていたらしい。

 元々父のことは金づるとしか見ていなかったようで、金を吸えるだけ吸って家を出ていった。

 俺はそれを知って、裏切られた気持ちになった。当然だろう。今まで愛していた母は、俺の事を愛していなかった。

 家はかなり貧乏になった。元々母を愛して、そして信じていた父が出来る限り母に金を援助していたのだ。気付いた時には、貯金はたったの一万。

 家賃と、二人分の食費や、その他諸々の生活費でマイナスだ。


「なんで……なんでだ、富美子ふみこ……!」


 父はすぐに壊れた。

 母だった富美子の名前を呼び続けるだけの廃人となった。

 中学一年生の時だった。


「……お兄ちゃん、わたし達、どうしよう」


「どうしよう」


 俺には妹が居た。

 何故富美子が俺と妹を産んだのかは未だに分からない。

 それを父の重荷にしたかったからか、国からの支援金が欲しかったからなのかは謎だ。

 ちなみに――妹に、父の血は入っていなかった。


「わ、わたしが体を売ればなんとか……」


「それじゃ稼げねぇよ」


 妹は小学生で、確かにその身体には希少性があるのかもしれない。一部の人間にとって、価値があるのかもしれない。

 しかし、妹が体を売るには、俺の協力が必要になる。俺じゃなくとも、信用できる第三者の協力が必要になるのだ。

 妹一人だと、暴力や脅しに対応できない。

 信用できる第三者なんて俺達にはいない。

 そして、俺は妹が体を売ることに協力するつもりはない。

 だからこそ妹の提案は却下された。


「……俺が何とかするさ」


 いつの間にか、俺はぐれていた。ぐれたとは言っても、昭和のヤンキーのような感じではないし、積極的に喧嘩をするようなこともない。

 ただの非行少年的なノリで、友達と一緒に遊んでいただけ。

 そういう世界に入れば、当然先輩との関わりも増える。

 の人間とも関わりが出来るのだ。


「お願い、許して! 私が悪かったから。私が、かじくんを騙して、沢山イジメたのは反省するから。どうか許して!」


「……五万かな」


 俺は先輩のアドバイスを受け、ビジネスを始めた。

 その内容は――悪いことをした若い女の体を悪いジジイに売りつける――いわば、管理売春のようなものだった。

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