第9話
「女の匂いがするわ」
帰宅して早々、エマにそんなことを言われた。
「
一応、心当たりがあったので素直に告白する。しかし、エマはあまり納得していないようだ。
「咲良さんじゃないわ……匂いが違うもの」
もしかして、エマは俺と関わりのある女子の匂いを全て覚えていたりするのだろうか。いや、それは流石にないと思いたいが……。
それ以外に心当たりはなかったので、俺はわめくエマを無視して部屋へと向かう。
着替えを用意してから洗面所に行くと、有栖がスマホを見ながら歯を磨いていた。
風呂上がりだったのか、裸にバスタオルを巻いただけの姿だった。
俺は一瞬呆然としたが、すぐに目を逸らした。
「……コウくん?」
微妙に圧を感じたので俺は洗面所のドアをそっ閉じし、自分の部屋へと引き返した。
「コウちゃん。お姉ちゃんの裸見たでしょ。この変態」
「なんで教えてくれなかったの!?」
知ってたなら教えて欲しかった。今更ながら有栖の彼氏に罪悪感を感じてしまうが、別に俺が悪いわけではないので募った罪悪感はいつの間にか消えていった。
しばらくしてから有栖が部屋を訪ねてきた。どうか、怒っていませんように。
「コウくん。私は全然怒っていませんから、早く開けてください。ね?」
絶対に怒ってる。
俺はエマをチラ見して、心の中で「すまん」と言いながら扉の鍵を閉めた。
「ちょっと! 開けてください! エマに変な事したら殺しますからね!」
どんどんと扉を叩く音とともに有栖の声が聞こえるが、俺は心を無にして無視を決め込んだ。
やがて扉を叩く音もなくなり、有栖の声も聞こえなくなったので、俺は忍び足で扉に近付き、ゆっくりと鍵を開ける。かちゃりという音はしなかった。
「わたしに手を出すチャンスだったのに。もったいないことしたわね」
「お前に手を出すなんてことは未来永劫あり得ない」
ぶっちゃけありえない。
俺はベッドの上に座るエマの隣に腰を下ろし、エマに訊いた。
「なぁ、エマは本当に俺のことを望んでいるのか?」
お互いの肩が密着するくらいの距離感。
エマにも俺にも動揺はない。俺に関しては当たり前だが、エマの場合は話が違ってくる。
「えぇ、そうよ」
エマが、俺に好きだと言ってくれたあの日――あれ以来、エマは俺に好意を向けてこない。既成事実やら、付き合うやら手を出すやら性行為やらと、小学生らしからぬ言葉を日々並べてはいるが、しかし、エマは「好き」や「愛してる」だなんて言わなかった。
俺にはエマの気持ちが全くと言っていいほど分からない。
なんで俺のことが好きなのかも、趣味も、家族構成だって、俺はよく知らないのだ。
妹みたいなものだけれど、エマは他人だ。
血は繋がっていないし、よく知らないし。一緒の家、一緒の部屋に住んでいても、一緒に遊ぶことは少なくなった。
今はもう、同居している他人同士のような関係として落ち着いている。
有栖だって、友達ですらない、他人。
最近強面の怖い彼氏が出来たらしいけれど、その彼氏だって他人。
俺に家族はいない。だから、妹みたいな、家族みたいなエマのことは好きだった。
でも、エマは、エマは俺と家族になりたいわけじゃなくて、俺と
「なぁ、エマ」
俺は一度立ち上がり、エマを正面から押し倒した。
「――っ」
エマは目を大きく見開いて、声にならない声を発した。
その表情には驚きと、そしてほんの少しの恐怖が表れていた。それでもまだ理解が追い付いていないらしく、エマは俺の言葉、行動を待っている。
「エマ、もう一度訊くが」
――お前は本当にコレを望んでいるのか?
そう言って、俺はベルトを外した。
――もし、その感情が一時の、気の迷いのようなものであれば。
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