第11話
俺は正しかった。間違っていなかった。
馬鹿の体を売って、悪い大人からお金を貰う。それが本気で正しい事だと思い込んでいた。だからこそ、それだけじゃ足りなかった。
続けていく内に、いつしか買う側すらも裁くようになった。
妻子持ちの客には行為中の動画を家に送りつけたり、子の学校にその動画を広めたりした。
そうじゃない客だって。職場や取引先に動画を送り付けたり、客に無許可で画像や動画をネットで販売したり、広めたりした。
それは確かに正義だったのかもしれない。例え報復的であっても、倫理的じゃなくても、それが俺の正義であることに間違いはなかった。
でも、正義だからといって、正しいからといって、それが悪くないわけではない。
自分が悪い方になってしまったことに、俺は気付かなかった。
「……二百万、か」
ひと月で二百万を稼いだ。
正義と稼ぎを両立していた俺は、既にもうどこか満足していた。
客を動画で脅せば更に金が入る。
女をどこかに売れば更に金が入る。
だからもう、これ以上やる必要はないんじゃないか。
これ以上自分が手を汚す必要はないんじゃないか、と。心のどこかでそう思っていた。
――しかし、俺は気付けなかった。
■■■
家に帰ると、いつも聞こえてくる父の独り言が今日は聞こえてこなかった。
もう寝たのかと思い静かに自分の部屋へ向かうと、徐々に声が聞こえてきた。
「……けて………いちゃ……」
妹の声だった。
その瞬間、俺はドアを蹴り開けた。かちゃんという謎の音とともにドアが開いた。
「……助けて、おにいちゃん……」
その声は、妹の口から発せられたものではなかった。
声はテーブルの上に置かれた録音テープから聞こえた。
そして、妹もそこに居た。
「……葵?」
俺が呼びかけるも、返答はない。妹は俺のベッドに横たわって目を閉じていた。
「寝てるのか」
そう呟いて、そう思い込もうとして。それでも嫌な想像をしてしまい、俺の体は震える。
「葵、起きてくれ」
知らない。
ベッドが赤く染まっていることなんて知らないし、ドアの近くに捨てられていた包丁なんて知らないし、寝息が一切聞こえないことなんて知らない。
明らかに心臓が動いていないことも知らないしその身体が柔らかくないことも知らないし録音テープに微かに血がついていることも知らないし妹の背中の肌が全て剥がれていることも知らないし首を絞められたあとがあることもしらないしそのからだにみぎうでがついていないこともしらないしあしのつめがはがれていることもめがえぐれていることもげんかんのどあのかぎがあいていたこともへんなにおいがすることもきゅうきゅうしゃのおとがすることもぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶしらない。
「……知らない。こんなの知らない」
だれかがいえのなかにはいってきた。おれはつうほうしていないから、おそらくやったのははんにんだろう。
きゅうきゅうしゃとかはどうでもいい。いもうとも、ちちおやもどうでもいい。
そうだ、ころさなきゃ。
せいぎはぜったいにまけないし、あくにほうふくするようなしかくはないんだから、おれはまちがっていないし、おれはまちがっていない。
「すぐに担架を!」
「酷い傷だ」
「もう死んでるぞ」
……おれは。
「あなたは? 通報者ですか?」
「……おれは」
まちがっていない。
「俺は」
間違ってない――
「兄、です」
本当に?
■■■
正気になってしまった。冷静になってしまった。
狂ったままではいられなかった。もしあのままでいられたら、俺は今頃、犯人を殺せた。復讐出来た筈なのに。
俺は何も出来なかった。冷静になって、自分の行いを振り返って、吐いた。あの光景を思い出して、吐いた。
母が去ってから、一番狂っていたのは俺だった。
全員狂っていたけれど、一番狂っていたのは俺だった。駄目になったのは俺だった。
どうして復讐される可能性に気付けなかった?
なんで有栖以外の所に女を売った?
なんでネットに情報を流した?
なんで女を殺さなかった?
なんで客を殺さなかった?
冷静じゃなかった。正気じゃなかった。
紛れもなく正しい筈だったのに、なのに絶対に悪かった。
悪は俺の方だった。
もうこんな思いはしたくなかった。
金は沢山あったから。生きる分には問題ない。
家族のことなんて忘れて、葵のことなんて忘れて、何もせず、生きればいいのだ。
しかし、そこでふと思い出した。
小学生の頃、よく遊んでいたあの子。
有栖の妹で、五歳下の幼馴染。
妹と同い年の幼馴染。
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