第6話
帰りにふらっと寄ったコンビニを出ると、見知った顔を見つけた。
「有栖」
「えっ、あっ、コウくん。こんにちは……」
有栖が居たのは外の灰皿が置いてある場所――喫煙所。正確には喫煙所ではないのだが。そして、有栖がくわえていたのはタバコ。
所謂、未成年喫煙というヤツである。
「タバコはやめろよ。まだ治ってないんだろ、その傷」
俺は有栖の口からタバコを奪い取り、文句を言う。
実を言うと、有栖がタバコをやめるように説得してほしいとエマにも頼まれていたのだ。
吸っていたタバコを取られた有栖は、一瞬呆けた顔をしてこちらに目を合わせてきた。しかしすぐに元通りの顔になり、その後、少し頬を膨らませて、「あなたは私の親ですか」とぼやいた。
「タバコを吸うと傷の治りが遅くなるんだってさ。その指、まだ折れてるんだろ」
有栖は現在右手の指の骨を骨折している。それは例の事件とは何の関係もない、家の階段で転んだ時に出来た間抜けの傷である。
有栖は俺を睨みながらも、あまり強く言えないようで、口をパクパクさせて体を震わせている。
「……ごめんなさい」
そして、数十秒経って有栖の口から出た言葉は、謝罪だった。
「巻き込んでしまって、本当に申し訳ございません」
「別に、謝られる筋合いはない」
あれに関しては俺が勝手にやったことだし、有栖が関係しているわけではない。ただの気紛れ――それが一番ピンとくる表現だ。
しかし、有栖は納得いかないようで、暗い顔で俯く。
「乱暴されたのは、私の友達でした。小学生のころからの、長い付き合いで。私が少し道を外れたときも、一緒に着いてきてくれた子でした」
有栖の顔がはっきりと見えない。俺はタバコの先端を灰皿に押し当て、火を消してから中に捨てる。
本当ならその友達は、有栖が道を外れたとき、正してやるべきだったのだろう――と突っ込むのは流石に空気が読めていない。
「酷い有様でしたよ。しかも、涙すら流していませんでした。彼女がああなった原因は、私や、仲間とは何の関係もない、ただの不運でした。それは救いでもなんでもありませんけれど、でも、せめて、私が原因であれば、私は……」
――逃げることが出来たのに。
有栖の声は、次第に、か細くなっていった。
「罪悪感すら残らないなんて、あんまりじゃないですか」
「その言い方だと……」
その、被害を受けた人は、既に――。
「自殺――ありふれた死因で、最も残酷な死です。彼女は、それを選んだ。
それがどれだけ辛いことなのか、俺には想像もつかない。
想像すらしたくない。
有栖にとって大事な人というのは、強いて言えば彼氏ぐらいだろう。しかし、大切な人は沢山いる筈だ。
その内の一人が、有紗という名前の人間だったのだろう。だからこそ、有栖はあんな無謀なことをして、怪我を負った。
そして今、大切な人の死を受け入れられずに、こうやって涙を流している。
「……っ、なん、で……っ!」
有栖は途端に膝から崩れ落ちた。自分を抑えるように、手で顔を隠しながら。
ぽつぽつと雨が降り始めて、それは次第に強くなった。
泣き声は、降りしきる雨の音にかき消されて、いずれ無くなった。
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