第7話
高校生活が始まってまだ四ヵ月。夏休みに入ってからは様々なことがあった。エマが告白してきたり、エマが家に住みだしたり、エマの姉が入院したり、エマに友達が居なかったり――この通り、俺の夏休みのエピソードは、全てエマが関係している。俺の夏休みの思い出には、必ずと言って良いほどエマが居るのだ――というのは流石に冗談だ。
エマが告白してきて、家に住みだして、ここまでで四日。有栖が俺に協力を頼んで、断って、一人で凸ってボコられたので二日。俺がお見舞いに行ってプラス一日。エマに友達が居ない可能性が浮上して、コンビニの前で有栖を泣かせて、それで二日。
ここまで言えば分かるだろうが、俺の夏休みはたったの九日間だ――なんてことはあり得ない。勿論、それ以外にもエマとの思い出はあるし、エマとは全く関係のない思い出だってある。
ただ、語られていないだけだ。
しかし、語るとするなら――まず俺は、彼について語らなければならないだろう。
この先、俺の学校生活を、そして人生をも大きく変えることになるであろう人物――彼の名は
西行家の長男にして、純然たる男の娘である。
■■■
夏休み初日。俺は近所にある図書館の扇風機の近くで涼みながら、この場所、ここの出身であるラノベ作家の作品を二冊同時に読んでみたチャレンジをしていた。勿論、一人でだ。
二冊同時なら一冊読む速度で二冊の本を読めるのではという浅はかな発想で始まったこの挑戦だが、結局二時間以上かかってしまい、しかも頭には何も残らなかった。我ながらバカなことをしたなぁと思い本を戻したら帰ろうと思ったその時、視界の端に小さな何かが見えることに気付いた俺は、好奇心からそれに近付いてみた。
すると。
「あっ」
「……西行さん?」
そこに居たのは、高校のクラスメイトの一人であり、右斜め前の席にいる女の子――ではない、男の娘。西行透夜が居たのだ。
「一幡くん、えっと、こんにちは」
華奢な身体に、すらりと整えられた長い髪。色白な肌と露出度の高いキャミワンピに透け感が特徴的な上着を羽織り、トートバッグを腕にかけている。
俺の脳は、西行のその目もその口もその鼻もその眉も、仕草も動きも立ち振る舞いも、スタイルも着こなしもファッションも声も、その全てが西行を女性であると認識している。
しかし、西行は本当に男だ。綺麗な顔をしていて、ミスコン優勝だって夢じゃないどころか当たり前だと感じるレベルだが、その顔は男の顔なのだ。骨格すら女なのに、俺と同じものが同じところに付いているのだ。最初知った時は驚きを隠せなかった。いや、見たわけじゃないけれど。
今も、ちょっとはにかんで、にこっと笑ってるその笑顔は、遠くから見ても近くから見てもどの距離で見ても女だし、少し顔を赤らめて、あまり関わりのないクラスメイトと話すのに緊張しているような態度だって全てが女性的だ。
近頃は『男らしい、女らしいなんて言葉は差別だ!』とか言う人間もいるらしいが、実際男と女の間にはどう考えても差があるし、平等を目指すよりも、きちんと差別した上で尊重するのがベストだと思うのだが、そんな理想が叶う世界じゃもう少し平和な世界だったのだろう。
「何か探しに来たのか?」
俺が訊くと、西行はコクリと頷いた。
「エクリチュール……なんだっけ。そんな感じの英語から始まるタイトルのやつ」
「あー」
その本に心当たりがあった。確か、文庫本コーナーの作家名順ま行にあった筈だ。
文庫本コーナーは偶然近くにあったため、俺はま行がありそうな場所に指を指した。
「まから始まる作家だろ? 確か、フランス語の……多分あそこらへんにあるよ」
「へぇ、これって名前順なんだ。ありがと、一幡くん」
西行は俺の方を向き、嬉しそうに笑った。
そんな西行を見て、俺は「可愛い」と思った。
……いや、ないからね。
異性としては見ないからね。
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