第4話
如月有栖が意識不明の重体となったニュースを聞いて、俺は思わず笑ってしまった。
パジャマからすぐに着替え、俺はエマの両親から伝えられた病院に向かった。
「有栖、大丈夫か?」
既に色々な処置は終えたらしく、端っこの病室のベッドで安らかに眠る有栖を見て、少しだけほっとした。エマがこれ以上悲しむのは嫌だったからだ。
「……お前は、誰だ?」
声が聞こえたベッド横の方を向くと、そこには有栖の彼氏と思わしき人物が立っていた。
「えーと、如月有栖の妹の、如月エマと今一緒に住んでる者です。そちらは」
「……
ガタイが良く、強面で、かなり強そうなオーラを纏うその男は俺にそう言った。
特に興味が無かったので覚える気はしなかった。
俺は男に向かって訊いた。
「有栖の容態は……?」
「……体中がボロボロで、切り傷が多数。頭を鈍器のようなもので叩かれた形跡が残っている。脳挫傷が原因で意識不明。乱暴された形跡はない。まぁ、命に別状はない」
「そうですか」
俺は無感動にそう言った。有栖と男に背を向けて、そのまま病室を出る。男は何も言わなかった。
男は後遺症が残る可能性について何も言っていなかった。
「……はぁ」
俺は少し寄り道をしてから家に帰った。そして自分の部屋に入ると――
「わっ!」
「うわぁっ!?」
お尻からぶっ倒れた。一体なんだ。
顔を上げると、エマが悪戯っぽく笑っていた。
「エマ……?」
「ただいま、コウちゃん」
俺がエマの名前を呼ぶと、エマはにこっと笑った。そして、そのまま俺に抱き着いてきた。
「ぎゅー」
「……おう」
――ついに壊れたか?
そう思ったのも束の間、エマは俺の体を抱きしめながら口を開いた。
「お姉ちゃんは無事?」
エマの行動が意味不明な理由が不明で意味が分からないが、正気ではあるらしい。エマは平坦な声で俺に訊いた。
「命に別条はないらしい」
「そう。良かった」
エマは何故そのことを知らなかったのか。まぁ、恐らく両親の話を聞いてなかったんだろう。いや、聞ける状況じゃなかったのかもしれない。エマの中では。
「随分と冷静なんだな」
「取り乱しても仕方ないし」
大人だなぁと思いながら部屋を見渡すと、そこはかなり荒れ果てていた。
ベッドがひっくり返り、丸テーブルは壁に投げつけられ、クローゼットと本棚は倒されている。一体、誰の仕業なのだろうか。俺はエマを見つめながらそう考えてみる。
「……えへへ」
エマは俺の視線に気づくと、はにかむように笑った。
くそ、可愛いなコイツ。異性として見るには若干――いや大分幼いが。
「コウちゃんはどうするつもりなの?」
「俺?」
俺がどうすると言われても、俺はもう何もしない。
既に手遅れだ。
「どうも。とりあえず様子見だな」
「そっか」
エマは俺の答えを聞いて満足したようで、俺の元から離れる。
俺はやっと立ち上がり、部屋に入ってドアを閉める。そして散らかされた部屋を片付ける作業を開始した。俺がひっくり返ったベッドを元通りにすると、エマも倒した本棚をぐっと持ち上げて、完全に元の位置に戻した。
しばらくしてやっと部屋が元通りになった。少々壁や床に傷が残っているが、まぁ許容範囲内だ。別に、許容範囲外だとしてもエマを𠮟りつけるような真似は出来ないのだが。
叱れないし怒れない。然り、有栖もエマに対して何かをすることは出来ないだろう。大事ではないにせよ、大切な妹なのだ。彼女にとっては。
……多分。
「コウちゃん?」
近くにあった文庫本を開きながら行動を完全に停止させていた俺は、エマからの呼びかけにびくりと反応する。
「ぼーっとしてた。何か」
「いや、何もないけれど……コウちゃん、痛くない?」
急にそんなことを訊かれて、俺はぽかんとした気持ちになる。どこが痛いと言うのだろうか。
「いや、その手」
その言葉を聞いて視線を自身の手に向ける。手の甲にはたんこぶや擦り傷が出来ており、俺は内心ため息をついた。
傷を確認した瞬間、ひりひりとした痛みが俺を襲う。ちっ。気付かなきゃよかった。
「絆創膏代は有栖に請求するか」
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