第3話
不良少年少女――現代ではヤンキーとも呼ばれている。
不良は、俺のような一般人にとってとても恐ろしい存在だ。何故なら、彼らは基本的に反社会的な行動を取るため、他人を害する危険性があるからだ。漫画ではかっこよく描かれていても、現実ではただの社会不適合者である――というのは多少言い過ぎにも思える――が、しかし。
実は、俺の知り合いに一人、不良がいるのだ。
名前は、
■■■
今、俺の部屋には二人の女の子が居る。
その内の一人は、現在俺の家に居候している小学五年生の幼……少女、如月エマ。
そしてもう一人が、エマの姉であり、俺が最も苦手としている人物。そう――
「お久しぶりです、コウくん」
「……久しぶりだな、有栖」
おしとやかな不良少女、如月有栖である。
地毛である銀髪と妙に白い肌。そして、最大の特徴である赤い瞳。左耳にはピアスが二つしていて、露出度の高い服装にタトゥーがよく似合う……そんな、外国人のような外見をしている。
一応言っておくが、彼女は純日本人である。親がハーフというわけでもない。
だからこそ、彼女は特異なのだ。
「遅くなりましたけれど、高校入学おめでとうございます。私もコウくんと同じ高校を受けるので、来年はよろしくお願いします」
有栖は礼儀正しく正座をし、丁寧な口調で自信満々な発言をする。
もう受かった気でいるのかよ……と突っ込みたくもなるが、流石に怖いのでやめておく。
「あぁ、楽しみにしてる。ところで、有栖はちゃんとそのタトゥー隠せてるか?」
実は、有栖は親に自身が不良であることを隠している。ピアスに関してはもうどうにもならないが、タトゥーならまだ隠し通せる……と言っていた。ピアスも隠そうと思えば隠せるだろと突っ込みたくもなるが。
突っ込みどころ満載だな。
「えぇ、バレる気配はありませんけれど……親に隠し事をするというのは、あまり気分が良いものではないですね」
ならもういっそのこと全部バラしちゃえと思うかもしれないが、有栖はピアスの件でかなり厳しく怒られたらしい。なのでタトゥーの件に関しては絶対にバレたくないと考えているようだ。
「お姉ちゃん、いっつも長袖だから、あつそう」
「かなり暑いです。エマは私みたいにならないでくださいね」
「うん」
有栖は妹のエマに対しても敬語を使っている。
誰に対しても同じ態度であるというのは悪い事ではないのだが……周りからは冷たい人間と思われても仕方ないだろう。
だからこそ、有栖は孤立した。
それがきっかけで彼女は悪い道に進み始めたのだから、もしかしたら悪い事なのかもしれない。
ちなみに、唯一彼氏に対しては敬語を外しているらしいのだが、その彼氏がコロコロと変わるので案外有栖のため語ラインは低いのかもしれない。
「んで、用件はなんだ?」
有栖は用件もなしにわざわざ俺の家まで出向いてくるような人間ではない。それに、大した用件じゃなければ基本電話で済ませるタイプだ。
だからこそ、今回の用件はかなり大事である可能性がある。
「察しが良いですね。今回私がここを訪れたのには理由があります」
「その理由は?」
「コウくんにお願い事があるんです」
「お願い事?」
さっきから俺の発言に疑問符が付いているのだけれど、有栖のことだからわざとやってそうだ。
「簡単に言えば……私のお友達が酷い目にあってしまったので、報復をします。それをコウくんにも協力してもらいたいんです」
「はぁ?」
お願い事をするのに要約する必要なんてないだろ……と言いたいところだけれど、有栖がそうしたってことは何か意味があるはずだ。
例えば、小学五年生のエマには聞かせられない内容のことだとか。
まぁ、それはそれとして。
「断る。デメリットしかない」
当たり前だ。
俺は一般人なので、不良の世界に関わるなんてことはしたくない。それは明らかに報復じゃないか。馬鹿げている。
「報酬は渡しますけれど」
「十万から考えてやる」
有栖は中学三年生。十万円なんて払えるわけが無いだろう。
しかし……。
「私の体を差し上げます。大体百万円相当の価値があるでしょう」
「馬鹿か!?」
差し上げますじゃねぇよ。どれだけ自分のことを軽く見てるんだ……?
「いらねぇよ」
「確かにコウくんには不必要かもしれません。しかし、私の体を欲する人間はかなり多いはずです」
なるほど。もっと犯罪じゃねぇか。
「そんなことをする暇はないし、エマの前だぞ」
「性的なことをエマに教えたのは私です。なんの問題もありません」
「問題しかねぇよ!犯人お前だったのか!?」
俺はエマの方に目を向ける。エマは死んだ目をしながら自身の姉をじっと見つめていた。かわいそうに……。
有栖は真剣な顔で俺を見つめている。
いや、そんなこと言われても、答えは一つしかない。
「断る。俺は犯罪に関わるつもりはない」
「そうですか。残念です」
有栖は俺の答えを聞いて立ち上がる。
「用件はそれだけです」
「そうか。気を付けろよ」
俺はそう言って有栖から視線を外した。有栖は特に気落ちした様子もなく、そのまま部屋を出ていった。
「コウちゃん、協力してあげないの?」
「するわけないだろう」
そもそも出来ない。俺なんかの力を借りたところで、事態がどうにかなるわけでもない。既に一度失敗しているのだから――
「お姉ちゃん、このままだとまずいことになっちゃうかもしれない」
「……知らないよ、そんなの」
家族でもないのに。
エマですら他人なのだ。その姉がどうなったって、知ったこっちゃない。
「殺されちゃったら……」
「俺と有栖にそこまで深い関係があるわけじゃないだろ」
俺と有栖の関係は、完全なる利害関係で成り立っている。
有栖が俺に助けを求めた場合、俺にメリットがあれば助けるし、俺が有栖に助けを求める場合には有栖にメリットを提示しなければならない。
デメリットを考えることは基本的にないけれど、今回の件に関しては、考えざるを得ない。
だって、明らかな犯罪行為を行おうとしているのだ。
有栖の友人がどうなろうとも、俺の知る限りではない。
「……コウちゃん」
エマは不安そうな目でこちらを見る。動機としては不十分だ。
エマとは幼馴染で、利害関係も何もない。だからこそ、双益関係だって無いのだ。
俺がエマの願いを聞いてやる筋合いはない。
「アイツなら、いつも通り上手くやるだろ」
俺は有栖に対して一切の情を持ち合わせていない。理由は、彼女だって多くの人間を遊びで不幸にしているのだ。
有栖は間接的に何人を殺した?
何人を死に追い込んだ?
友人が酷い目に遭わされたと言うが、それ自体が相手側の報復である可能性も否定出来ないのだ。
エマが狙われていた可能性だってある。それでも有栖は何も思わないだろう。
妹を、母親を、父親を、何とも思っていないような――
「だから」
――如月有栖が嫌いだ。
「大丈夫だ」
俺はエマに向けてそう言った。
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