第4話使えない人間は必要ない!
カスケード侯爵邸に帰り、私が真っ先にしたことは使用人のリストラだ。
この世界では日本とは違い、雇い主の一声で使用人を解雇できる。
(使えない人間は必要ない! 経費削減よ!)
私は帰宅するなり使用人を入り口ホールに集めた。
総勢57人。
多すぎる程に無駄な人材たち。
(お喋りばかりして手を動かさない人間ばかり⋯⋯いらないわ)
9人の肩を叩き、私は宣言した。
「今、肩を叩いた人間以外は本日をもって解雇よ」
私の言葉は余程彼らを驚かせたらしい。
メイドたちが詰め寄ってくる。
1番ベテランのメイドのライカが私を非難して来た。
「この邸宅は私がいなくなれば大変なことになりますよ。仕事が回りません」
必死の形相、大変なことになるのは邸宅ではなく彼女だ。
「主人を尊重しないメイドは必要ありません。確かに貴方は大変な事になるかもしれませんね。次の就職先の推薦書には、あなたが邸宅の女主人を尊重せず自分が邸宅の主人のように振る舞う問題のある方だったと書いておきますね」
私の言葉に怒りで震え上がりつつも何も言い返せないライカを見て、私はため息をついた。
どうして私はメイドに見下されるような環境に馴染んでいたのかを反省した。
立場的に私は彼らをいつでも解雇できた。
それでも、自分で判断が出来なくなる程、自己肯定感が低くミゲルから軽んじられた私は何もできずにいた。
「その他、この邸宅を去る事が決まった皆様。異論があるなら論破して差し上げます。ただ、それは私の貴重な時間を奪う行為。当然、私が無駄な時間と感じたら減点しますよ。再就職の為にもこれ以上推薦状を汚さないように黙って去りなさい」
私の言葉に肩を落としながら去っていく使用人たちを見て私は計算をしていた。
私はカスケード侯爵邸の財産を結婚当時より3倍に増やしている。
余剰資金で不動産投資したり、節税もしてきた。
しかし、財産の名義はすべて夫のミゲル・カスケードになっている。
私が増やした財産でも、夫のミゲルの財産だ。
これは、私がミゲルと別れる未来を想像しなかった私のミスだ。
前世を思い出すまでは、私自身、不倫を繰り返されてもカスケード侯爵夫人でいることが最適だと思っていた。
私は手っ取り早く自分の自由になるお金を作り、離婚しようと思った。
カスケード侯爵邸では使用人の給与は手渡しだ。
私は侯爵邸の人件費を削減して、持ち出しできる現金を作ろうとしていた。
ミゲルは家のことは私に預けっぱなしだった。
お通夜のような雰囲気になっている中、この屋敷の主人が愛人エミリアを連れて帰ってきた。
「な、何事だ?」
「カスケード侯爵閣下、酷いんです。奥様が私たちに出て行けと」
若いメイドがミゲルの足元にしがみついていて、安っぽい同情を求める演技をし出した。
女には優しいと言われるミゲルが助けてくれるとでも勘違いしている。
彼が優しいのは自分にだけだ。
彼はエミリアも飽きれば捨てるつもりだし、使用人その1でしかない女を尊重するはずもない。
ミゲルがそっと私の目を覗き込んだ。
「カスケード侯爵閣下、使えない人間を排除しました。お恥ずかしい事に経済事情がありまして⋯⋯」
私の言葉にカッと顔を赤くしたミゲルは本当に家計を把握していないのだろう。
本当は、経済状況は極めて潤っている。
「えっ? 貧乏ってこと?」
胸を押し付けるようにミゲルにしがみついているエミリアが声を上げる。
「さあ、どうでしょう。どれほど貧しくても愛する方の願いは聞いてくれるはずですよ。エミリア様、そのような不安な顔をしないで、どうぞ今晩も侯爵閣下をお慰めください」
私がチラリとミゲルを見ると、彼は私を見つめ返してきた。
1度は愛した男だが、今はその視線さえも穢らわしい。
私は1度相手を嫌いだと認識すると気持ちを取り戻せない。
だから、私は結婚には向いていないのだろう。
前世で3度失敗し、今世のこの結婚も失敗している。
「それから、モリアート子爵領のエメラルド鉱山ですが名義を私に戻して頂けますか? 石を加工して宝飾品としてブランド化したいのです」
「急に、何を⋯⋯」
ミゲルは私の急な申し出に狼狽えている。
私の遺産を自分のものにした事を使用人の前で暴露しているのだから当然だ。
「カスケード侯爵閣下が両親を亡くし傷心の私の代わりに、ここまで鉱山を管理をしてくださっていた事には感謝しています。ただ、今のままではなく原石に付加価値を付け商品化した方が良いかと思うのです。お忙しい閣下の手は煩わせませんわ」
「えぅ? 良いじゃない。もっと、儲けさせてくれるって話でしょ」
エミリアがミゲルの腕に絡みつきながら彼に強請るような目つきをしている。
「エミリア様、エメラルドを加工したジュエリーを是非送らせてください。モリアート子爵領で採れるエメラルドは純度も高く一級品です」
「エミリアに似合うのはルビーだろう」
「ルビーのような赤い瞳はエミリア様の魅力の1つですが、エメラルドが似合わないだなんて事はございませんわ。新しい彼女の魅力を見たくはないのですか?」
「ねぇ、良いでしょ。ミゲルー」
「分かった⋯⋯」
鉱山の名義の話を宝石を愛人にプレゼントする話にすり替えといた。
ミゲルは見栄っ張りなので、こうなると了承するしかない。
瞳の色に合わせた宝飾品を合わせるのが、リオダール帝国ではオシャレの基本とされている。
エメラルドの緑は赤の対照色で身につける人によっては魅力を引き出すだろう。目の前の品位のない女にそのような真似ができるかは別の話だ。
ダイニングルームに私がエミリア様を招くと、ミゲルは驚いたような顔をした。私は彼女に彼を押し付けたいのだから当然の行動だ。
「どうぞ、カスケード侯爵閣下のお隣にお座りになって」
「マレンマいい加減に⋯⋯」
私の発言を咎めるようなミゲルの発言に私は微笑みで返した。
私が彼の愛人を優遇して何が悪いのだろう。
「カスケード侯爵家の跡継ぎを産める方こそ、この場所にふさわしいと思いますわ」
エミリア様は私の言葉に目を白黒させているが、嫌味で言ったわけではない。
子が産めないだけで、評価されない場所など私に相応しくない。
席に着くと、ワイングラスに葡萄酒が注がれた。
「失礼、クリスタルのグラスに変えて頂ける?」
「本当に今日はどうしたんだ? そのようなこだわりのある女ではなかったはずだ」
私の言葉を遮るようなミゲルにため息をついた。
私の事を彼は扱いやすく金がかからず、場の空気を読むだけが得意な大人しい女だと思っていたのだろう。
しかし、前世の記憶を取り戻した私はこだわりも強いし、男の為に空気を読むことはしない。
「こだわりではなく、ワインに対する礼儀を重んじただけです。このワイン⋯⋯今日、お会いしたアラン皇太子殿下の瞳のような色をしているわ。香りも爽やかでしつこくない⋯⋯」
私はクリスタルのグラスに入れられたワインを見ながら、今日私をときめかせてくれた男を思い出していた。
男など刹那のときめきをくれれば十分だ。
恋は一瞬、愛には必ず終わりが来る。
「妬けるな。そのような目で他の男を語るなど⋯⋯」
ミゲルはワイングラスに入った葡萄酒を一気飲みすると、私を挑戦的な目で見てきた。
私は思わずため息が漏れてしまった。
ミゲルとは恋も愛の時間も終わっている。
これ以上、一緒にいるのはストレスが溜まるだけで時間の無駄でしかない。
「つまらない、ご冗談を。それよりも食事を楽しみましょ」
「すみません、カスケード侯爵夫人。私、もしかしたら妊娠をしているかもしれないのでアルコールは控えているのです」
「それは良い知らせですね。エミリア様なら立派にカスケード侯爵夫人が務まりそうですわ」
エミリアの言葉にミゲルが顔を青くするのが分かった。
彼女が本当に孕っているかは分からない。
それでも、彼女が侯爵家の跡取りを産んでくれたら私はあっさりミゲルと離縁できそうだ。
「マレンマ、今晩は君の部屋に行こうと思うよ」
散々、私との夫婦生活をせず浮気三昧だったミゲルがここに来て焦りを見せてきた。
彼が気にしているのは私と別れる事による世間体だ。
私を愛している訳ではないし、私も彼への愛は尽きている。
「カスケード侯爵閣下、血迷った事をおっしゃらないでくださいな? 未来の侯爵夫人が貴方の大切な跡取りを孕っているかもしれないのですよ。当然、彼女の側にいるべきですわ」
私は早々食事を済ますと部屋に戻った。
ダイニングルームでミゲルたちが食事をしている間に、化粧直しをする。今まで貴族である立場から入浴から身だしなみまでメイドに任せていた。
はっきり言って、前世の記憶を取り戻した今では自分でやってしまった方が早いしストレスもない。
メイドは噂話が好きで、はっきり言って話していて気を遣って疲れる。
彼女たちが私の行動を逐一監視し、ミゲルに報告しているのは分かっていた。
炊事洗濯とお掃除ロボのように黙々と掃除をしてもらえる人材さえいれば十分だ。
部屋の窓を開けると、すでに空は真っ暗だった。
夜風が心地よくて、ここからが私の時間だと感じる。
私は自分のストレスフリーな新生活の為に、邸宅を抜け出し夜の街に繰り出すことにした。
気の置けない飲み仲間でも見つかったら、楽しみも増えそうだ。
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