第6話

 その後、私や雄介は民宿に一旦、戻った。


 お財布にスマホ、ハンカチなど必要な物をショルダーバッグに入れたり、メイクを直したりしてから。ご主人に言われたように、近くにある居酒屋に向かった。確か、店名は『しまんちゅ』だったか。雄介と二人で夜道を歩きながら、空を見上げる。


「本州では見られないくらいにはお月様が綺麗ね」


「ああ、星もな」


「けど、何故かな。御嶽の辺りにいた時は嫌な感じが凄くしたわ」


「……そうか、俺もビシバシと嫌な視線を感じたな。たぶん、夕凪を狙っている気がする」


「成程、余計に伶や祐也さんを近づけさせない方が良いわね」


 私が歩きながらも考え込んでいたら。雄介は不意に、指を指し示す。


「ここがしまんちゅだな、入ろう」


「あ、うん!」


 慌てて、返事をした。確かにお店らしき建物が目の前にある。灯りがついており、入口のドアの前には『OPEN』と書いてあるお札が掛かった台があった。雄介が先にドアを開けて中に入る。


「……いらっしゃいませ!」


 中から、店主さんらしき男性の声が掛けられた。私も続けて入る。すぐに、カウンターから若い女性が応対しに出てきた。


「いらっしゃいませ、お二人様ですか?」


「はい、俺と彼女の二名です」


「そうですか、でしたら。カウンター席にどうぞ!」


「分かりました」


 女性に雄介が答えると、右手で示してくれた。女性はこの居酒屋の店員さんのようだ。見た目からすると、まだ二十代半ばくらいだろうか。私はそう思いながら、雄介と隣り合ってカウンター席でも端っこに座る。


「……ご注文は決まりましたか?」


「えっと、こちらのおすすめって何ですか?」


 店員さんに雄介が訊いた。すると、店員さんは二冊のメニュー表を持って来てくれた。


「こちらをご覧ください、当店のおすすめはお刺身です。新鮮な魚介類が穫れますから」


「そうですか、じゃあ。アカミーバイかな?そのお刺身を二つ、お願いします」


「分かりました、アカミーバイのお刺身を二つですね。後でお決まりになったら、呼んでください!」


「はい!」


 雄介が頷くと、店員さんはカウンターに戻って行った。私は石垣島で有名な食べ物が分からない。仕方ないので、メニュー表にあるおすすめの品で八重山そばを選んだ。雄介に言ったら、店主さんに頼んでくれる。


「あの、確か。店長さんですよね?」


「はい、確かに僕ですが」


「こっちの子が八重山そばをお願いしたいそうで、すみません。彼女、ちょっと人見知りで」


「ああ、八重山そばですね。分かりました、今から作るので。しばし、お待ちください」


「……すみません」


 私も何とか、声を絞り出す。そうしたら、店主さんや店員さんは驚いた表情になる。


「あ、謝る事はないですよ。僕ら、気にしてないんで!」


「はい」


 頷くと、店員さんや店主さんはニカッと笑った。かなり、陽気で大らかな人達だな。そう思いながら、私は雄介に礼を言う。


「代わりに色々とありがとう、ちょっとずつでも慣れていかないとね」


「ああ、夕凪。まあ、石垣島では美味い食い物が結構あるからさ、明日になったら。買い食いをしような」


「分かった」


 頷くと、店員さんがトレイに二人分のお刺身が盛り付けられたお皿やお箸などを載せてやって来た。


「はい、ご注文のアカミーバイのお刺身です!」


「あ、ありがとうございます」


 店員さんはお皿を私達の前に置く。お箸なども同じようにする。目の前には、新鮮な白に朱色が所々に入った切り身が八枚くらいが盛り付けられていた。ツマや大葉も添えられている。わさびもだが。私はまず、アカミーバイの切り身を一つお箸で取る。小皿にある刺身醤油につけ、口に運んだ。


「……美味しい」


「……だな」


 雄介も食べていたらしく、隣から感嘆する声が聞こえた。確かに、甘くてとろけそうな身ではある。気がついたら、二切れ、三切れとお箸が進んでいた。


「店長、このお刺身は美味しいですね!」


「でしょ、この島の海で穫れた新鮮なアカミーバイですから。あ、八重山そばはもうちょっとですよ」


「はい」


 雄介が頷くと、店主さんは笑いながらも作業を続けた。私は黙々とお刺身を食べ続けた。


 アカミーバイのお刺身を完食したら。次は八重山そばを食べた。こちらはスープが絶品だ。そばもツルツルと啜れるくらいには、コシがある。本州のおそばより、中華そばに近い。


「あの、八重山そばは初めて食べました。意外とあっさりしていますね」


「初めてだったんですか、なら。余計にそう思うでしょうねえ」


「はい、また食べたくなる味ですね」


 正直に言ったら、店主さんは目を見開いて固まる。


「……そうかあ、そうさね。八重山そばはしつこくないようにうちでは、試行錯誤したんよ」


「そうなんですか」


「はい、にぃふあいゆさね!」


 私は意味が分からず、首を傾げた。すると、店員さんが慌てて言った。


「あの、にぃふあいゆは本州で言うと。『ありがとう』って、意味ですよ」


「あ、成程。お礼を言っておられたんですね」


「はい、すみません。初めてのお客さんなのに」


 店員さんはそう言って、店主さんに目線を向けた。二人は気まずそうに、何でかなっていたのだった。

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