第5話

 私は昼間に出歩くのは得策じゃないと雄介に言った。


 向こうもそう思っていたらしく、同意する。


「民宿のご主人も言っていたな」


「うん、だからさ。四時前になったら、調査を始めよう」


「分かった、涼しくなってきたら。行動開始だな」


 二人で決めた。ふと、私は喉が渇いたので立ち上がる。お茶を淹れるためだ。探してみると、泊まる部屋の片隅に棚がある。そこに魔法瓶とコップが置いてあった。魔法瓶を手に取り、揺らしてみる。ガランガランと氷が入っている音がした。奥様が気を利かせて、冷たいお茶を準備してくれているようだ。有り難く、魔法瓶を傾けてコップにお茶を注ぐ。


「……あれ、これって。麦茶とかじゃない?」


 独り言を呟いていた。二つのコップには薄茶色のよく冷えたお茶が並々と入ったが。一つを取り、匂いを嗅いだら。ハーブ特有の甘くて上品な香りが鼻腔に入る。


「ジャスミン茶かな?」


 また、呟いてしまう。とりあえず、雄介の元までコップを持って行く。


「お、気が利くな。お茶を淹れてくれたのか」


「うん、けど。これ、麦茶とかじゃないみたい」


「……ああ、確か。台湾とかだと普通にジャスミン茶を飲む習慣があるらしいぞ。日本でも、沖縄や石垣島では飲むとか聞いたな」


 雄介が私からコップを受け取りながらも豆知識を教えてくれた。成程とやっと、理解ができる。


「へえ、南の島ではそれが習慣なのかあ」


「いや、俺もどっかで聞きかじっただけだし。本当かどうかは怪しいな」


「そう、あ。八重子姉ちゃんが同じような事を言っていたかも」


「何て?」


「確かね、沖縄や石垣島などの人達は普段から、さんぴん茶をよく飲むって。本州で言ったら、緑茶にジャスミンの香り付けをした茶葉だとか聞いたかな」


 私が頭を捻りながら言ったら、雄介はへえと歓心したように声を出す。


「……さんぴん茶か、八重子さんは詳しいんだな」


「うん、姉ちゃんはハーブティーとかが好きでね。友達からもらったさんぴん茶をよく飲んでたっけ」


「成程な、だからか」


 雄介は納得したように頷きながら、またお茶を飲む。私も同じようにした。鼻腔から喉に薫り高い上品な甘さのある香りが抜けていく。ちょっと、感傷的になりながらもお茶を飲んだ。


 夕方近くになり、私は雄介と二人で民宿を出た。聞き込みがてらに、御嶽うたきの近辺を探る予定だ。けど、なかなか人に会わない。テクテクと歩くも収穫はなさげだ。


「……ご主人が言ってくれたように、夕方近くに出てみたけど」


「ああ、人っ子一人もいないな。せめて、おっちゃんでもいてくれよ」


「うん、やっぱり。朝方か昼間にした方が良かったね」


 二人で話をしながら、御嶽に行く。仕方ないので聞き込みは諦めた。代わりに、スマホの地図アプリを頼りに御嶽を目指す。ミノサ御嶽は民宿から、歩いて十分程の場所にあった。


「……あ、親父のいとこさんに明日は挨拶をしとかないと」


「そうだったね、民宿から近いの?」


「うん、確か。宮野さんって言ったはずだ」


 私達はしばらく、ミノサ御嶽の周辺を見て回る。が、変な所は見受けられない。引き上げようとしたが、雄介は不意に立ち止まる。


「どうしたの?」


「……なあ、夕凪。石垣島の歴史を知ってるか?」


「え?」


「石垣島って沖縄本島とは、別形態の文化や風習があるらしい。ちなみに、石垣島を含めた複数の島々を八重山諸島と言うんだが」


「……雄介さん?」


 いきなり、喋り出した彼に私は驚いて返答が上手くできない。雄介は気にもせずに話を続ける。


「要は石垣島は沖縄県の中にありはするが、また違う風土だって事だ。あれを見ろよ」


「……!?」


 私は雄介が片手で示した方を見た。目を凝らすと、紅に色鮮やかな紋様が入った着物に簪で纏めた髪型の美しい女性が佇んでいる。彼女はザザンと波が打ち寄せる浜辺の近くにいたが。足が地に着いてはいない。ぷかぷかと空中に浮かんでいた。


「……あれが御嶽に出る幽霊みたいだな」


「そうみたいね」


 雄介の言葉に私は頷いた。けど、夜に幽霊に近づくのは危険だ。そう思ったら、頭上から声がする。


『……やっと、追い付いたぞ。雄介』


『疲れましたね、兄上』


 目線をそちらにやる。何と、そこには黄金の鱗と琥珀の瞳の龍と一回り小さいながらに、銀の鱗と翡翠色の瞳が美しい龍が空中に浮かんでいた。私や雄介の守護者でもある二柱の神だ。


「な、嵐月に月華ちゃん?!」


『ああ、飛行機には我々は乗れぬ故。仕方ないから、龍型で追いかけて来た』


「そうかよ、すまん。後で埋め合わせはするよ」


 雄介が言ったら、嵐月様はニヤリと笑った。


『雄介、父君から預かり物だ』 


「はい?」


 嵐月様はそう言って、首に付けていた布包みらしき物を指差した。月華様が器用に両手で外す。


『こちらになります』


「ありがとう、月華ちゃん」


 月華様が手渡したのは風呂敷だった。雄介が受け取るとそれは細長くて、両手に抱えるくらいには大きい。風呂敷を開いたら、中には彼がよく退治に使っていた刀が現れた。


『……忘れ物とも言えるな、雄介』


「あのさ、飛行機にはこう言う刃物類は持ち込みエヌジーなんだよ。だから、泣く泣く置いて来たんだけどな!」


『……そうだったか、要らぬ事をしたな』


「いや、嵐月が持って来てくれたのは嬉しいぜ。けど、俺達が太刀打ちできない場合は。宮野のおっちゃんに頼む手筈になっている」


『成程、なら。宮野さんとやらに明日は会いに行く必要があるな』


 嵐月様が言ったら、雄介は頷いた。私は月華様に目線を合わせる。月華様はすぐ近くまで来た。


『夕凪さん、明日は私も一緒に行きます。よろしくお願いしますね』


「はい」


 二人でしっかりと頷き合う。とりあえず、雄介とで民宿に戻った。

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