第19話 ガールズトーク その1
駅前から大通りへと向かう歩道には、同じ制服を着た大勢の生徒達。
生徒達は皆、駅から徒歩十分弱の距離にある私立明河高等学校を目指していた。
五月の澄み切った空の下、明河高校の生徒達は思い思いに高校へと向かう。
ある者は一人で黙々と、ある者はカップルでイチャつきしながら、またある者は連れだってガヤガヤと――三者三様、百人百様で歩いている。
そんな中、高校までの中間地点を歩いている、こちらの女子二人組は先程からギクシャクとしていた。
「チョット待ってって……もー咲ちゃん、歩くのは・や・いー……」
「…………」
ショートヘアの少女が前を歩く黒髪の少女に声を掛けるのだが、聞こえているはずなのに反応なし。仕方なく小走りで横に並ぶ。
「ねー私の話、ちゃんと聞いてる。夏の間だけでもウチのパパに学校まで送ってもらおう?」
「だから結構です」
「えーな・ん・でー。これからもっと暑くなってくるし、そうしたら学校着くまでに、あれだよ、汗だくだよ。朝から汗臭い女子高生ってどうよ!」
「大丈夫です。私は夏でもほとんど汗を掻きませんから……そんなに舞ちゃんが汗っかきなら、あなただけ、おじ様に送って貰えばいいじゃないですか。私は一人で歩いて行きますから」
「ひっどっ! そんなこと言う! 私がせっかく親友の事を思って言っているのに」
「親友? ……今、舞ちゃん、『親友』って言ったんですか?」
黒髪を揺らしながら三善咲は初めて隣を歩く自称、親友の顔を見る。
「そうだよ! 私たち幼稚園からずっとイイ友達じゃん」
「……そうですか、分かりました。舞ちゃんがそういう風に仰るのでしたら、今まで黙っていましたけど、あなた四月から相当! お小遣いアップしたらしいじゃないですか!」
「えっ!? なに急に……」
自称親友の顔が少し強ばった。そしてそれを見逃さなかった三善は敏腕検事の様に被疑者を追及し始める。
「いいから答えて下さい。舞ちゃんのお小遣いは四月から上がったんですか? それとも上がってないんですか?」
「上がったか、上がってないかで言えば……上がったけど」
「では、どうして上がったのですか!」
「えっ……それは……あれだよ、高校生になったからだよ……」
「それ、違いますよねーそうじゃないですよね。あなた言ったらしいじゃないですか『駅から一人で咲ちゃんを通学させるのは危ないから、私が一緒に通学してあげる』って――」
「えっ!? そっ……そうだよ。私、めっちゃっイイ事言ってるしーイイ友達じゃん」
「そうですね。ここまでなら本当に良い友達ですね。でも……この後、まだ続きがありますよねーあなた、言ったらしいじゃないですか『――ねっ! だ・か・らー咲ちゃんと毎日通学するかわりに、お小遣い一万円アップしてよね!』って……」
「えっ!! なぜ急にモノマネ……それに何で知ってんの? ……だれ、誰から聞いたの? パパ? ママ? 弟? 妹……は、さすがにないか」
「誰だってかまいませんよ! そんな事より、私と一緒に通学するのは月一万円ですか……すごい親友がいたものですね!」
「いや……それは……あれだよ。そう! 危険手当だよ。咲ちゃんみたいな、カワイイ子が一人で通学していたら変な男にナンパされたりとか、最悪、痴漢に遭うかもしれないじゃない……。だ・か・ら、そんな事にならない様に、私が咲ちゃんを守る――そのための危険手当だよ。咲ちゃん、安心して、私がバスケで鍛えたワンツーマンディフェンスで咲ちゃんを守るから――」
「守って頂かなくて結構です! それになんですか? ワンツーマンディフェンスって――」
咲が呆れ顔を向けたところで――
「咲ちゃん……おはよう……」
不意に、後ろから小さい声が聞こえ、二人は振り返る。
「あっ! おはよう、ミッちゃん」
三善が笑顔を向ける相手、それは三善と同じクラスの小島。小島はゆっくりと三善の横に並ぶ。
「――チョットなに! 深月、私には挨拶なし!」
「あー……いたの……カネ
「はっ! 誰が、カネ暮れよ! 私はこ・ぐ・れ あんた、さっきの話、後ろで聞いていたでしょう」
「いえ……聞いていませんよ……マネ子ちゃん……」
「舞子よ!! 誰が、マネ子だぁ! 完全にさっきの話、聞いてるじゃん!!」
小暮が真ん中を歩く三善越しに鋭いツッコミを入れるのだが、小島は視線を合わせることなく、さらにボソボソと続ける。
「あーそう言えば……舞ちゃんが汗臭いって言うのは……聞こえて来た……」
「はーぁ!! 全然、汗臭くないわ! 適当な事言わないで――っていうか、あんた、どんだけ前から後ろにいたのよ!」
小暮が次々とツッコミを入れるのだが、小島は暖簾に腕押し状態ですべてを聞き流す。
次第に小暮は呆れ……ヤレヤレという顔になる。
「ほんと、この子は……昔から口が悪いんだから。もーいいわー」
「良くはないですよ、舞ちゃん。私との話はまだ終わっていませんから!」
敏腕検事の追及はまだ続いていた……。
「えっ、ナニ、さっきの話は危険手当と言う事で終わったんじゃないの?」
「全然、終わっていませんよ!」
呆れ顔をする三善なのだが……
「……まぁーでも……私を守ってあげようという気持ちはある様なので……そうですね、私とミッちゃんに何かご馳走してくれるのでしたら、先程の件は不問にしても構いませんよ」
「もーわ・か・り・ま・し・た。奢ればいいんでしょう。奢れば――」
「ミッちゃん、何がいい?」
三善の問い掛けに小島は、おもむろにポケットから携帯を取り出す。
「うん、なるほど! ケーキは良いですね」
「別に、ケーキ位だったら全然いいわよ」
そう言って小暮も携帯の画面を覗き込む。
「……はーあ! ちょちょっと待って、ケーキ……バイキングってなによ。しかも一人、三千四百八十円って……三人で行ったら諭吉一人じゃん!!」
顔を引き攣らせる小暮に、小島はぼそりと言う。
「……舞ちゃん……ご馳走になる御礼に……一つアドバイス……」
「はっ! 何よ!」
「咲ちゃん、守るなら……ワンツーマンディフェンスより……ゾーンディフェンスの方が良い……」
「もぉーどっちだってイイわ!!」
小暮は少しふて腐れて、三善はクスクス笑いながら、小島は無表情で校門をくぐった。
そんな仏頂面の小暮であったが――急に表情が変わる。
「えっ……何? あの人…………」
その声に釣られ隣を歩いていた二人も小暮が見詰める大樹がある庭園の方に視線が向く。
そこにはリュックを背負った男子生徒が一人。
「あの人……一人でめっちゃ喋ってない?」
小暮が不審げに見詰める男子は、生け垣の向こうで何やら独りでブツブツと喋っている様子。遠目に見ても、関わり合いになるのは絶対に避けた方が良さそうな奴なのだが――
「あれってー……?」
そう呟いたのは指で眼鏡のつるを触っている小島。
「深月、知り合いなの?」
「多分……同じクラスの人……」
「えっ! そうなの」
「確か……伊達君? ……」
小島は同意を求めるように三善の方を見たが三善は冷静に、その男子を見詰めていた。
「おい! おいって!! 本当に、いい加減にしろよ!」
イライラした表情で想真は声を荒げる。
「いつまで、そうしているつもりだよ!!」
と言ったが、彼の周りには誰も居ない。
「もー分かった。あと五秒待ってやる。これで最後だからな。いいか、五……四……三……二……一……零って――おい!!」
と怒鳴ったものの、急に想真は、ハッとした表情に――
「……えっ!? いや……まさか……」
慌てて、想真は芝の上の黒いバックに両手を突っ込んだ。
「――痛った!!」
激しい痛みに想真は右手を押さえ、よろけながら後ずさりする。
すると今まで微動だにしなかった黒いバックが揺れ出し、バッタと横に倒れた。
そして、何かが〝ファック・オフ〟と書かれたバックの中から這い出す。
それは、白と黒の物体――ブサイク犬のチッチ。
ゆっくりカバンから出てきたブサイク犬は、まず芝生に前足を突出し大きく伸びをする。そして続けて大きな欠伸。
その態度はまさに傍若無人、泰然自若、躰は小さいながら荒くれ者の風格を漂わせていた。
だが……荒くれ者は……また直ぐに寝てしまう。
「おい、無視か!! ガッツリ噛んどいて、それはないだろう!」
想真は、まだ痛みが残る右手を擦りながら自分の手をチラリと見る。
「うーわぁ、最悪だ。チョット血滲んでるし……」
それでもブサイク犬は、芝生の上で我関せずと目を閉じガン無視を決め込む。
「もぉーコイツは! 全く賢くないじゃん。全然、話と違うだろう!!」
想真は愚痴をこぼしながら天を仰ぎ、昨日の会話を思い出した……
「それは……無理じゃないかなぁー」
「えっ、大丈夫だよ」
想真はカーペットの上で正座、あおいは布団から出てベッドの上に座っていた。
「あおいちゃんが此処にしばらく居るのは、構わないよ……でも、犬を学校に連れて行けって言うは……さすがに無理じゃないかなぁ」
「大丈夫。チッチ、とっても賢いから」
「イヤ……そういう問題じゃ……」
「でも、さっき想ちゃん、確か言ったよねー僕が出来る事は何でもしますって!」
あおいは不満げな顔で想真を詰問する。
「それは……言ったけど……」
「もーイイです。もーお分かりました。さっきの、もう一回チャンスの話は無だから」
そう言うと、また布団に潜り込もうとする、あおい。
「ちょ、チョット待って……」
「じゃーどうするの? 連れて行くの? それとも連れて行かないの?」
「分かったよー連れて行きます……でも、せめて連れて行く理由だけは聞かせてくれないかなぁ。それにコイツ、今日、学校の昇降口で見たんだけど?」
「えっ! そうなの…………でも……それは言えないかな。それ言うと私が誰なのかのヒントになるから」
「えー…………」
(コイツを連れて行く理由は言えないって言っていたけど……これどう考えても、ただの罰ゲームだろう!)
芝生の上で腹這いになりながら寝るブサイク犬を見て、大きな溜め息が想真から漏れた。
「後でまた見に来るから、ここに居ろよー。絶対! 芝生の外には出るな! いいな!」
最後に強く念押しすると想真は傍らのベンチに掛けたブレザーを手に取り、ブツクサ言いながら昇降口へと歩いて行った。
邪魔者が校舎へと消え、しばらくすると、芝生の上で寝ていたブサイク犬の耳がピクピクと小刻みに動く。そしてむくりと起き上がり、ハァハァと興奮気味に舌を出した。
すると白く美しい手が、犬の頭を優しく撫でた――
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