第20話 小さなイルカのキーホルダー
朝から無駄な体力を使い、お疲れの顔で教室の前までやって来た想真。
今日は昨日の様な喧騒は無く、一安心、とばかりに教室の中に入ったのだが……不意を突かれる。
「ねーマー君、このワンピの色、どっちがいい。シロ? それともブルー?」
「そんなの両方に決まっているだろう。
「もーマー君たらぁ♡ すぐに未来がニヤニヤする様な事ばかり言うんだからー。もーマー君、最高かよ!」
今日も朝から『酸っぱいだけの学園恋愛ドラマ』が絶賛上映中。
田中は大柄な木村未来を膝の上に載せながら、窮屈そうな態勢で雑誌を読んでいた。
そんな二人を死んだ魚の目で眺めながら、想真は横を通り過ぎる。そして逃げる様に席に向かおうとしたのだが、或る人物に気付くと其方に足が向いた。
「最近、よく肩揉んでいるけど、そんなに高校の練習って厳しいの?」
椅子に座って、頻りに肩を回しているイケメンに声を掛けた。
「あー想ちゃん。いや、そんな事も無いけど、どうも肩だけ凝るんだよねー」
「そーなの?」
「それより想ちゃんこそ、昨日あれから身体どうもなかった?」
「ああー身体の方はどうもないよ。それと昨日、メール返すの遅れてゴメンなぁ」
想真は神山に謝りながら、机の横に掛かった白色のサッカーバックをチラリと見る。
そこには小さなイルカのキーホルダーが一つ。
「あのさー……ガッ君……」
「おいーっす」
「うぃーっす」
突然、パックジュースをストローでチューチューと吸いながら登場した二人組に想真の言葉は遮られる。
神山は挨拶を返し、想真はヤレヤレという顔をする。
「お前、どうしたの? ビミョーに疲れた顔して――」
杉本がコーヒー牛乳を飲みながら、想真の顔をマジマジと見詰める。
(ビミョーなのは、お前らの挨拶の違いだろうが!)
心の中でそうツッコミを入れたのだが、同時に『細い目をしているくせに、コイツはなんで目の下のクマを目敏く見つけやがんだ』とムカつきながらも感心する。
「想ちゃん、寝てないの?」
「いやーまぁーチョット……」
「まー俺も男として、そういう気持ちは分からなくもないよ。でもやっぱりやり過ぎは良くないぞ。ほどほどにしとけー」
「そうだネー。根を詰めてやり過ぎるのは、身体に悪いって言うもんネー」
イチゴ牛乳を飲む今井も頷く。
「はーあ! 人を猿みたいに言うなよなぁー。昨日は一回もやってないわ!」
「「…………」」
顔を見合わせる杉本と今井――
「お前……何の話してんの? 俺達は数学の勉強の話をしてんだよ」
「そうだヨ。想真君、昨日の数学時間あんなに溜め息吐いていたもんネー」
「…………」
黙り込む想真を、三人が見詰める。
微妙な空気の中――杉本が不意に想真の肩に、ぽんっと手を置く。
そして真顔で言う――
「お前、相当、溜まっているだろう」
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