4-6

「大丈夫、殺しはしないよ」


私の思っている事が分かったのか、来夢くんはぱっと手を離す。


「ゲホゲホ、ゲホ、ヒューッ、てめぇ、ら………」

「おっと、逃げんなよ?これくらいじゃ俺も宝も気が済まないんだよ」


日野森センパイの逃げ場を無くすかのように、来夢くんが立ちはだかる。

プライドの高い日野森センパイには屈辱的だろう。


「どうする?俺はこのままお前の首切り落としてもいいんだけど」


ちら、と来夢くんがこちらを見る。


「宝がそれはだめって言うからさ。こうしよう、お前もうここ(北海道)からいなくなってくれない?あっち(本州)でバケモンにビクビクしながら一生生きていけよ」

「なっ……!」


こちらに住んでいればわかる。

本州がいかに危険な場所なのか、こことは比べ物にならないくらい、あちらには異形がわんさかいる。


「ふ、ふざけ…」

「あーそうか、あんたみたいなのにも家族がいるもんな。で、どうする?ここで死ぬ?」

「ぐあああああ!」


来夢くんが、日野森センパイの指を落とした方の手を踏みつける。


「ほら、とっとと答え出して。じゃないとこれ、続けるよ?」

「わ、わかった!わかった!出ていく!!出ていくから…!!」

「いつ?いつ出ていく?」


ぐりぐりぐりっ

手を踏む足は止まない。


「あ、明日!明日出ます!!」

「そ」


ぱっ、と足が離れる。

しかしその瞬間、日野森センパイのもう片方の手が来夢くんを殴る。


「――ってぇな。宝がやりすぎんなって言ってるから、我慢してやってんのにさぁ。お前殺すわ」

「来夢くん!!」

「………宝、何してるか分かってんの?」


私は日野森センパイの前に立つ。


「だめ、だめです、殺しては…!」

「宝、どいて。殺さなきゃ気が済まない」

「来夢くんの手を汚して欲しくないんです!汚すのは、私の手でいい」

「そのセリフそのまま宝に返すよ」

「来夢くん」

「……わかったよ」


私の催促に来夢くんは折れてくれた。

私は日野森センパイの方を振り向く。


「日野森センパイ。本州に行かれるなら、ここにお住いになって下さい。ご家族にはもうお話してありますので、後はあなただけです」

「な………」

「これくらい根回ししておかないと、絶対に居座ると思ったので。ご家族には今回の事はお話してませんから、そこは安心なさってください」

「お前……」

「宝いつの間に…」

「という訳です。指は、ご自身で何とかしてもらうしかありませんが……」


一つ息を吐いて、続ける。


「私―――俺は多分あなたの事が好きだった」

「「!?」」

「だけど、それは多分あなたに依存していたんだと思う。それくらいあなたの存在が大きかった。あの時の俺には、あなたが全てだった。でも彼と…来夢くんと出会って変わったんです。来夢くんは好きというのがどんなものなのかを、愛を教えてくれた。だからあなたの事を言いたくなくて、たくさんの間違いを犯した」

「でも、それでも来夢くんは私を好きだと、愛していると言ってくれた。だから、あなたの事と俺の過去とは、ここで決別をします。日野森センパイ、今までありがとうございました」


日野森センパイに向かってお辞儀をする。

わざわざ『俺』と言ったのは、過去の自分と決別するためだ。

日野森センパイを好きだった、いや依存していた高校生の頃の『俺』に別れを告げる為。

もちろん過去は過去として残る訳だが、自分の中で気持ちをリセットしたかった。

でないとこれから先、私の過去を知っている人間に日野森センパイと同じ事をされたら、今回の二の舞になってしまう、そう思ったからだ。

だから。


「日野森センパイ、どうかお元気で」

「………そうだな」


日野森センパイは立ち上がり、一言そう呟いた。


「とりあえずこの指何とかしてから出ていくわ、それまではお前の前には現れないし、出ていっても二度と近づかない、約束する」

「血術”縫い針”」


そう来夢くんが呟くと、日野森センパイの指が引っ付いた。


「これですぐ出ていけるでしょ」

「ああ、サンキューな」

「……わかったらとっとと出ていって」

「ああ。館山、元気でな」

「……日野森センパイこそ、お元気で」


日野森センパイは、公園から出ていった。


(これで、終わった)


気を張っていたからか、日野森センパイがいなくなった途端、腰が抜けた。


「宝、お疲れ様」

「はい、疲れました」

「よく頑張ったね、偉い偉い」


子供のように頭を撫でられる。


「ふふ、ありがとうございます。来夢くん、私疲れたので家に帰りたいです」

「はいよ、お姫様」


お姫様だっこをされたかと思うと、ものの数秒で家の前に瞬間移動した。


「本当に凄いですね、来夢くんは」

「別に凄くないよ。異種族なら大抵出来るんじゃないかな」

「ふふ、でも来夢くんが一番ですよ」


軽く頬にキスをする。


「ちょっ……!ほら、もう家ん中入るよ!!」

「はーい」


私と来夢くんに、当たり前の日常が戻ってきた。



***



翌日、日野森センパイは本当に北海道から出ていったと来夢くんから聞き、私は安堵した。

しかし安堵したのもつかの間、私は草間先生から借りを返せと言われ、草間先生の下で補佐として仕事に就かないかと提案を受けた。

来夢くんは反対したが。


『日野森とかいう男達の件も私が何とかしたんですよ?これくらい当たり前では?』


この一言に私達は何も言えず、大人しく従う事にした。

それから一ヶ月。


「さ、来夢くん。寝ましょう」

「あのさ、宝。俺からプレゼントがあるんだ。目、瞑って?」

「?はい」


私の指を触り、何かが嵌められる。

まさか、そんな……。


「目、開けていいよ」

「うそ………」


私は無意識にポロポロと涙を流していた。

私の左手の薬指には、指輪が嵌められていた。


「俺と結婚してくれますか?」

「~~ッ!」

答えは勿論、決まっている。

「お願い、します……!」

「こちらこそ、よろしくね」


これから、これからもずっとずっと大好きなあなたと、生きていく。

一生、生きていく、共に。


END

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