4-5

『来夢、あやつの言う事は恐らく真実じゃ』

『……だろうね』


あいつは弁護士として、この人間界で生きている。

証拠集めなんてお手の物だろう。

兄さん達の時も、そういうのはしっかりしていたし。


『わしもあの場に行ったが、血の匂いが複数あったのでな、怪しいと思ったんで、あやつに調べさせた』

『兄さんが…?』


人に物を頼むことなんて、絶対しないと思っていたのに。


『兄さん、変わったね』

『そうか?』

『うん。変わったよ、みのるのお陰かな』

『それならお主も変わったぞ。他人を見下す癖がなくなった。宝に感謝せねばな』


兄さんはそう言って笑った。


(兄さん、ほんとに変わったよ。あの頃とは違う。みのるはちゃんと兄さんを愛してるよ、だからちゃんと受け止めてあげてね)



***



「ンン…」


重い瞼を開ける。

横には、来夢くんが眠っていた。

この顔が隣にある幸せを噛み締める。


『これが今のあの男の居場所です』


そう言って草間先生から渡された封筒を開ける。

今現在、日野森センパイがどこにいるのかがわかる。

何をしたのか聞いても答えてはくれなかったが、まるでGPSがついているかのように、日野森センパイが動く度に書類の現在地が変わる。


(ケジメをつけないと…)


これから来夢くんと二人、平和に生きていく為だ。

これで、終わりにする。

過去を過去にするために、これから先の未来を歩むために、だから。


「最後の私のわがままを許してください」


まだ眠る愛しい人のおでこにキスをする。



***



目を覚ますと、宝は隣にいなかった。

きっと下でご飯でも作っているのだろうと思ったが、机に置いてある手紙を見て、それが違うのだと俺は直ぐに理解した。



『来夢くんへ

声をかけず出ていってすいません。私は、日野森センパイと話をしてきます。恐らく話だけでは終わらないと思いますが、自分にできる限りのことをしようと思います。

私の過去ついては、みのるから聞いているかも知れませんが、私はかつて日野森センパイと体の関係を持っていました。来夢くんの時とは違い、辛いことしかありませんでした。

言葉にするのも辛い程、言いたくないことが沢山ありました。

でもこれから、来夢くんとの未来を歩むために、自分の過去にケジメをつけたいと思います。

場所は――』


「――クソ!!」

(やっぱりか!寝るべきじゃなかった!!)


後悔しても遅い。

が、幸い宝は自分の居場所を残していってくれた。

俺は急いでそこへ向かう事にした。


(何も起きるなよ…!)


今の俺には、宝の無事を祈る事しか出来なかった。



***



砂利を踏む音が聞こえた。


「日野森センパイ、お待ちしていました」

「よく呼び出せたモンだな、クソ野郎」

「貴方にクソ野郎と言われる筋合いはありません」


この場所は約2ヶ月前、私が日野森センパイと最後に関係を持った場所だ。


「奥様とお子様の所に戻らなくて良いのですか?」

「てめぇふざけんなよ、俺の奴隷の癖に」

「その奴隷にボコボコにされた気分はいかがでしたか?」

「てめぇ、今度は本当にぶっ殺されてぇようだな」


日野森センパイが怒っているのがよく分かる。

そしてそれは口だけではなかった。

日野森センパイの手には、刃渡り10センチ程の包丁が握られていた。

私を殺すつもりなのだろう。

そして、もう片方の手には私のいやらしい画像が映っていた携帯が。


「これでもまだそんな口聞けんのか?」


以前の様に、私を奴隷にでもしたいのだろう。

言うが、日野森センパイの足は少し震えていた。


「私はもうそんな画像程度ではビビりません。私を愛してくれる人がいるんです。その人は私の全てを受け入れてくれると言ってくれた」

「はっ、こんなクソビッチをか?」


『あ゛ッ!あんっ!あ、もっと、もっとちょうだい』

『足りない、足りない……もっとここに、ちょうだい』

『気持ちいい、あぅんっ!ひうぅっ!あん!ああんっ!』


動揺してはいけない。

そう思うが、やはり動画を見せつけられるとキツいものがあった。


「ほら、大人しく従え」


日野森センパイが、包丁を手に近づいてくる。


(ビビるな、大丈夫、大丈夫だ)


自分に言い聞かせる。

この場所は来夢くんに伝えてある。

彼は必ず来てくれる。

私はそう信じるしか無い。

ギュッと目を瞑る。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!ゆ、指、指がぁぁぁぁっ!!!!」


日野森センパイの叫び声と共に、私は目を開けた。

そこには―――。


「来夢くん……!!」

「宝!!!」


苦痛に叫ぶ日野森センパイを他所に、私達はお互いを抱きしめる。


「よかった、何も無くて…!」

「来夢くんなら来てくれると信じていました」

「何で俺に何も言わないの!」

「すいません、日野森センパイを油断させないとと思いまして…」

「だからってねぇ…」


来夢くんが話しているところに、日野森センパイが声を上げる。


「てめえ!これ、どうしてくれんだ!!!」


切断された親指の一部を、包丁を握っていた手で見せつけてくる。


「さあ?病院行ってくっ付けて貰えば?それよりも銃刀法違反で捕まると思うけど」


来夢くんは、まるで他人事の様に言い放つ。


「ふざけやがって…!ここで二人ともぶっ殺してやる!!!」


日野森センパイは痛みで落としていた包丁を再び握り、私達の方へ向かってくる、が。

それよりも早く来夢くんが日野森センパイの喉を掴んだ。


「それはこっちのセリフだっての。よくも宝を傷つけてくれたな?その礼はたっぷりさせて貰うぜ」


どこからが現れた、血の色をした触手みたいなものが、日野森センパイを持ち上げ首を絞める。


「あ゛っ、お゛………、ぐぅ……」

「ら、来夢くん…!」


今にも殺してやろう、というのが見ていても分かる。

そんなこと、あってはならない。

なんとか阻止しなければ。

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