3-5

*描写あり



バキバキと風呂場のタイルが割れる音がした。


「ふざけないでよ」


その声は怒りに満ち溢れている。


「俺以上に好きなやつって誰?教えて。今からそいつの事殺しに行くから」

「ダメです、そんな事したら…」

「教えて」

「ら、来夢く」

「名前、教えてって言ってんの。俺の声、聞こえてるよね」


今すぐにでもその人を殺しに行ってやる、と言わんばかりの勢いと口調。

来夢くんは私に答えを聞くために、距離を詰めてくる。


「……言えないほど好きなんだ、そいつの事」


私は自分の保身の為に、今、目の前の大切な人を傷つけ、怒らせている。

ごめんなさい。

私は、あなた以外に好きな人なんていないのに。

あなただけなのに。


「………………分かった、別れよ」

「えっ」

「そんなにそいつの事が好きなら、一生そいつと生きていけばいいよ。宝、幸せにね。今までありがとう」

「ま……」


そう言って、来夢くんは家から出ていった。


(これで、これでいいんだ。これで……………)


私は大粒の涙を流しながら、必死に自分に言い聞かせた。



***



それからの私は、もう生きた屍の様だった。

仕事にも行かなくなり、家からも出ず、ご飯も食べず、風呂に入る元気すらなくした。

日野森センパイに呼び出された時だけが、唯一自分を小綺麗にする日だった。

そうしないと、日野森センパイに殴られるから。


「あっ、あぁぁっ、センパイ、もっと、もっと、ちょうだい、お願い」

「俺センパイじゃないんだけど」

「あ、ごめ、ごめんなさい、誰でもいい、からぁ」

「私の事、愛して、お願い」

「誰でもいいから……」



***



あの後、みのるとの約束を守る為に、重い体をなんとか起こして家に帰った。

何があったかを知らないみのるは、自分の大好きな兄が相手をしてくれるのが嬉しくて、俺の周りをウロウロする。


「にーちゃん!これ!これおしえて!!」

「……わかった」

「ありがとう!やっぱりにーちゃんは俺の自慢のにーちゃんだ!!」

「そんな事ないよ」

(自慢?何が、自慢だよ)


こんな汚らわしい体を持つ俺の、何が自慢なんだ。

そうか、みのるは俺の体の事を知らないんだ。


(俺じゃなくて………)


俺は今、何を考えた?


「にーちゃん?」

「あ、ああ、ごめん」

「最近元気ないね」

「そんな事ないよ、元気元気!」


俺は無理矢理笑顔を作る。

心の中を探られないように。


「それならいいんだけど…」


みのるは優しい子だ。

言わないだけで、気づかれているのかもしれない。

でも弟には、気づかれたくない。

兄としてのプライドが、俺を正常な生活に引き戻してくれる。



***



季節はもうすぐクリスマス。

学校ではあの日以降、日野森センパイに声をかけられることはなくなった。

もう無理矢理される事も、殴られる事もなくなった。

でも、俺の目は日野森センパイを追っていた。


(あの子、日野森センパイと付き合ってるよな。あの子とは俺とするみたいにしてんのかな?流石に女の子には手上げないか)


俺といた時には見たこともない笑顔。

まあ付き合うって関係ないじゃなかったから、当たり前なんだけど。

そんな事を思いながら、クリスマス一色の街を抜け、俺はラブホテルに辿り着いた。


「あっ、あ、そこ、もっとぉ…」

「インランだねぇ、”ホウ”くんは」

「いわな、でぇ……あぁんっ」

(なんでこんなオッサンとしなきゃなんないんだよ)


でも、仕方ない。

”食事”の為、と自分に言い聞かせる。


「良かったよ、またしようねぇ」

「金」

「もう~つれないなぁ、はい、コレ」

「どうも。………それじゃ」


オッサンから金を受け取ってホテルを出る。

最近は学校でしなくなった。

どこで日野森センパイが見てるか分からないし、また何かされたらと思うと、とてもそんな気になれないからだ。

一回限りの相手でいい、そして手を出したのが、出会い系と言うやつだった。

高校生で中〇しOKなんて言えば、金ならいくらでも貰えるし、腹も一杯になる。

一石二鳥だ。

体は満たされても、心は満たされない。


「宝、これは何」


家に帰ると、ホテルに入る俺といつ相手したかも分からないオッサンの写真を両親に見せられた。


「何ってそのままじゃん」

「宝、どうしてこんな…」


困惑する父に、俺は苛立った。


「あんたがこいつと結婚なんかしたから」


2人は俺の言葉に戸惑いを隠せない様子だった。


「そうしたら、俺はこんなに苦しまずに済んだのに。なんで俺の事産んだの?なんで………なんでこんな体で産んだんだよ。俺だってみのるみたいに普通に産まれたかった!!!」


普通に友達を作って、友達と遊んで。

俺にそんな生活は保証されない。

自分が”そう”だと自覚し、親に告げられたその日から。

男をエサにし、男の精液を欲する、醜い体。


「育てて貰った事には感謝してる。でも俺をこんな体に産んだあんたたちなんて大嫌いだ」


そう言い放って、俺は自室に戻り、そのまま家を出るために、荷造りを始める。

荷造りを終え家を出ようとした時、みのるが俺に駆け寄ってきた。


「にーちゃんどこ行くの?」


そんな目で俺を見るな。


「ちょっと出かけるだけ」

「やだ、にーちゃん、行かないで」


おそらく、みのるは分かっているんだろう。

俺が家出しようとしている事、二度と帰ってこないという決意をしているという事を。

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