2-5

来夢くんは、先生の仕事部屋で看病してもらっていた。

呼吸を整え、心を落ち着かせ、意を決して襖を開ける。


「来夢くん」

「あ、宝」

「もう体は大丈夫ですか?」

「うん、まぁ何とか?兄さんの事呼んでくれてありがとう。凄く助かった」

「よかった、本当によかった…」


私は思わず来夢くんの元に駆け寄り抱きしめる。


「よかったです………!!」

「ごめんね、心配かけちゃって」

「私が油断していたのが悪いんです…」

「そんなことないよ」

「あります!私は、私は……貴方が……」

「あー兄さんもしかして血がどうのとか言ってた?あれ気にしなくていいよ。今回みたいな事なんて滅多にないんだし」


来夢くんは私にそう言うが、そんな言葉に納得なんて出来なかった。


「だめです。またないとは言いきれないでしょう?」

「そりゃあそうだけど…」

「なら」


私は近くに置いてあったハサミで自分の指の皮を切る。


「いっ……」

「ちょ、宝、何して……」

「飲むなら、私の血を飲んでください」

「ダメだって、そんなの」

「どうしてですか?私の血は駄目でしょうか?やはりインキュバスと人間の混血なんて…」

「違う違う!!そういうんじゃなくて……」


来夢くんが否定する。


「その……好きな人の血なんて飲んだら……止まんなくなるでしょ」


かあっと顔を赤くする来夢くん。

私もその言葉を聞いて顔を赤くする。


「待った待った!今のナシ!!聞かなかった事にして!!」

「駄目です、諦めて私の血を飲んでください。今まで来夢くんが我慢していた分、幾らでも」


はあーと来夢くんがため息をつく。


「宝、今の俺ならまじでめちゃくちゃ吸うよ?どうなっても知らないからね」

「今まで私が貰ってばかりだったんです。少しくらいお返しさせてください」

「わかった。とりあえず指の血、ちょっと頂戴」


先程切ったところの指を舐められる。


「ん……っ」

「ん、ちゅ、ちゅっ」

「ふぅ…っ、おいしい、ですか…?」


私の問いかけに来夢くんが口を離して答えてくれる。


「さいっこう。やっぱ舐めるだけじゃ足りないわ。宝、首出して」


ごくりと喉が鳴る。

私はこれから来夢くんに血をあげるのだ。


「はい」


首を出す。


「宝、悪いけどまじで制止とか効かないからね。やばくなったら思いっきりぶん殴って。これお願いじゃなくて命令ね」

「そんなこと…」

「じゃなきゃ多分俺、宝の血、全部吸い尽くして宝の事殺しちゃうかも知れないから」

「そ、そんなに…?」

「うん、血飲むのめちゃくちゃ久しぶりだし。頼むよ」


真剣な眼差しでこちらを見つめる。


「わかりました」

「ありがとう。じゃあいただきます」


ガブ、と思い切り首を噛まれる。


「い゛っ…!!」

(痛い…っ!でも、我慢しないと…っ!)

「ん………」

「─ッ、はあ゛っ」


ぎゅうっと拳を握る。

その間も来夢くんは私の血をずっと飲んでいる。


「ごく……ちゅ、ちゅうっ、ごくん…」

「─ッ、ふっ、ふぅっ」

(大丈夫、まだ、大丈夫…)

「ぷは」


来夢くんが口を離す。

終わった、と思ったのが間違いだった。

その口は肩に移動して、再び血を吸い始める。


「っが!」

「ん、おいし…」


ひたすら貪欲に、血を飲み続ける。

ちゅうちゅうと血を吸う音とごくごくと血を飲み込む音だけが部屋に響く。

自分の体内の血液が少しずつ減っているような気がする。

頭に血が回らなくなってきて、ふわふわしてきた。

流石にまずいかもしれない。


「来夢くん……」

「はっ、は、ちゅううううっ」

「来夢くん!」

「ん、んん、ちゅうっ」


駄目だ、本当に聞こえてない。

来夢くんが言っていたのはこの事かと今更理解した。

無理やり体を引き離そうとしてもビクともしない。

こうなったら…。


(ごめんね、来夢くん)


べちん!と思い切り頬を叩く。

その時の来夢くんの顔は今まで見たことが無いほど怒りに満ち溢れていた。


「…………」

「来夢くん、だめです。私が貧血で倒れてしまう」


吸血を制止した事にかなり怒っている。


「………………」


目はまるで獲物を捉えた獣の様で、いつもの来夢くんとは全く違う、別の生き物みたいだった。

後ずさる私をいとも簡単に捕まえて、再び血を吸い始めようとしていた時。

ゴン!と来夢くんの頭にゲンコツが降ってきた。


「………!!」


来夢くんの後ろにいたのは、お兄さんである鬼々さんだった。


「阿呆め、たかが少量の血で我を失う者があるか。宝、貴様も貴様じゃ。わしは飲ませろとは一言も言っておらんぞ」

「でも…」

「でももだってもあるか馬鹿者が。来夢、お主はもっと早う宝に血を貰っておけばこの様にならずに済んだろうに」


今にも暴れだしそうな来夢くんを鬼々さんは片手で止めている。


「分かったか?こうなってはなかなか止められる者などおらん。じゃから定期的に来夢に血を飲ませろ。そうすれば貴様も貧血寸前まで行かずに済むはずじゃ」

「申し訳ありません」

「構わん。あまり貴様に怒ると、わしがみのるに怒られる羽目になるからな」


鬼々さんが話しながら来夢くんを気絶させる。


「明日まではわしがここにいてやる。それ以降はお主らで話して決めろ、わかったな?」

「ありがとうございます」


出ていけとジェスチャーされたので私は大人しく部屋から出ていくことにした。

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