2-3
『あちらには釘を刺しておきましたので、何かあったら直ぐに言ってください。最悪の事は考えたくありませんが、裁判まで持って行く事も可能ですから』
「はい」
“あちら“とは、先生の妹さんや親族の事。
『裁判なんてしたくないという気持ちも分かります。ですがあちらが強硬手段に出る可能性は十分にある。手なんて出したら逆に裁判を起こされかねませんからね』
「はい」
『特に彼。ちゃんと見ておいてくださいね』
「わかりました」
『それではまた何かあれば』
「ありがとうございます」
草間先生と恐らく最後であろう(と思いたい)、打ち合わせを終え、一息つく。
「やっと終わった…」
草間先生が牽制してくれたお陰で、最近は妹さんや親族たちが家を訪れる事はなくなった。
これで、先生の事は全て方がついた。
(これで、最後……)
先生と私の繋がっていたものが無くなった気がして、少し寂しい。
ピンポーン、とチャイムが鳴る。
(そういえば頼んでいた荷物…は、明日だった気がするけど…)
「はい」
玄関を開けたことを後悔した。
「……何の御用でしょうか、トミ子様」
「名前を呼ぶな!!汚らわしい!!!」
耳がキンキンするくらいに叫ぶ先生の妹さん。
この人はまだ粘るのか。
「ご用件は」
「聞かなくても分かるでしょう!!」
「納得されてないのは貴方だけです、妹様」
「あんなの誰が納得するのよ!!!」
「三割をお渡しする、という話をしたでしょう」
「三割?私は妹なのよ!?血が繋がっているの!あんたたち汚いのと違って純血の人間なの!!!」
話していたらキリがない。
こうなったら草間先生を呼んだ方が早そうだ。
「それなら私にも手があるわ」
妹さんが厚手のコートの中から包丁を取り出してきた。
「ちょっと、何を…」
「ここであんたたちを殺せば、遺産は私のものになるわよね?殺されたくなかったら…」
「何してんだ」
その女の手を掴んだのは。
「来夢、くん」
「さっきから話聞いてりゃ、なーにが純血の人間だよ。お前より宝の方がよっぽど人間できてるよ」
「離しなさいよ!!この化け物!!」
「ギャンギャンうるせえな。腕引きちぎんぞ?」
「だめです来夢くん、あまり乱暴にしては」
直ぐに草間先生を呼ぶから、と言うと来夢くんが女の手を離した。
その瞬間。
「───ッ!来夢くん!!!!!」
来夢くんの腹部から、血が溢れ出る。
「テメェ!!」
「あ、私、こんなつもりじゃあ……っ!!」
自分で刺したくせに、人を刺した事に驚いた妹さんは逃亡した。
来夢くんが私を制止して女を追おうとするが、傷が相当深いのだろう、出血量が多く、来夢くんは膝からガクンと崩れ落ちる。
「そん、そんな…来夢くん……!」
「っ…へーきへーき……」
「平気じゃないでしょう!直ぐに救急車を…!」
「あー…救急車呼んでも、むり……」
そう言って来夢くんが私にスマホを渡してきた。
「兄さん…呼んで…くれる、と……」
「わかりました、わかったから、もう喋らないで……!」
「ごめんね……宝………」
来夢くんはそのまま意識を失った。
連絡をして一分もたたないうちに、来夢くんのお兄さんがやってきた。
「お兄さ…」
「どけ人間。来夢、わしがわかるか。……反応がないな」
「ちょ、鬼々さん、そんな言い方しなくても」
「みのるは黙っておれ」
(みのる?いや、まさか……)
この人、どこかで見た事があるような…。
いや、それよりも今なんて…。
みのる?まさかそんな事……。
「あの、貴方もしかして………みのる…?」
「嘘…兄さん…?」
来夢くんのお兄さんである鬼々さんは、来夢くんを廊下に寝かせて自分の腕を切り、来夢くんに血を分け与えていた。
「飲めそうにないな」
そう言って、鬼々さんは自分の血を口に含み、来夢くんに口から血を飲ませていた。
「みのる、こやつと2人外で待っておれ。おられても何も出来ん」
「わかりました。えっと、外、出ましょうか」
「あ、はい…」
私はそれに従うしかなく、2人でリビングに移動した。
2人の間に沈黙が流れる。
「……あの」
「来夢くん、無事だといいね」
「……ええ……」
「大丈夫!鬼々さんが『わしが何とかする』って言ってたから!」
「そう、ですか……」
「……………」
「……………」
再び沈黙が流れる。
その沈黙を破るかのように鬼々さんがやってきて、私の胸ぐらを掴んだ。
「貴様、どういうつもりじゃ」
「ちょっ、鬼々さん!?」
「………」
「何じゃその目つきは」
「鬼々さんってば!」
みのるが鬼々さんに食ってかかるも、鬼々さんはそれを無視する。
「黙れ」
「いいんです、私は鬼々さんにこうされる理由があるんでしょう」
「よう分かっておるのう、なら話は早い。貴様、なぜ来夢に血を与えてやらなんだ」
「それは……」
「貴様も″同じ″なら分かったであろう。何故だ、答えによっては貴様を殺す」
「同じ?何が同じなんですか。貴方に何が分かるんですか」
「何じゃと?」
私の体の事を知らないくせに。
「私だってずっとずっと苦しんできたんです。こんな体で産まれて…。でも来夢くんは私に優しくしてくれて……。全て彼の優しさに甘えていた私の責任です。殺すなら殺して頂いても結構です」
「ほう」
「鬼々さん、やめて!!兄さんも!!」
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