1-5

一週間後


「それでは先生、今日はこれで。また明日お伺いします」

(また来夢くんがいない…)


この病院にお見舞いに来ると、先生の顔を少しだけ見てすぐにいなくなる。

場所を聞いても、ちょっとね!と言ってどこに行くかとは言わなかった。


「『帰りますよ』と」


いつもはすぐに返事が来るのに、今日は10分たっても返事がない。


(どうしたんだろう、何かあったのかな?)


電話も出ないし、不安ばかりが増してくる。

待合室で来夢くんを待つ。

少しすると、エレベーターから来夢くんが出てきた。


「来夢く……」


来夢くんの後ろから、お兄さんと聞いていた鬼々さんと、知らない男の人がエレベーターから降りてきた。

3人で仲良く笑いながら会計待ちのベンチに向かう。


(あれ、誰……?)


何故か心がズキズキする。

すると私の視線に気づいたのか、来夢くんがこちらに近づいてくる。

私は逃げるように病院を後にした。


「宝…?」

「来夢くん、どうしたの?」

「あ、ううんなんでもない」


それから私は、ひたすらに来夢くんと距離を取った。

この心の痛みを、どう伝えたらよいか分からなかった。

しかしそんな中、病院から連絡が来た。

『先生が危篤です』と。


「来夢くん!!!!」


来夢くんの部屋を勢いよく開けた。


「わ、なに」

「せ、先生が、先生が……!」


泣きじゃくってまともに話せない私を見て、何があったのかを察してくれた来夢くんが、何も言わずに私を抱きしめた。


「急いで病院いこう」


こくん、と頷く。

来夢くんに車のキーを渡して、運転してもらう。


「大丈夫、大丈夫だから、ね」


こくこくと頷くしかできない私を懸命に励ましてくれる。

病院に着いて少し先生の顔を見た後、先生は幸せそうな顔をして──眠りについた。

入院してたった三ヶ月。享年80歳。



***



先生が亡くなって三日後。

今日はお別れの会の日。

市議会議員をしていたからか、お偉い政治家さん達がたくさんいた。

俺はあまりそういうのには詳しくないけど、宝は先生の秘書もしていたし、色んな人に声をかけられている。


(大変だな、宝もそれどころじゃないってのに)


先生が亡くなってから、宝は毎晩毎晩、部屋で泣いている。

だが、朝になれば目を腫らしながらもいつも通りでいようと頑張る宝の姿がある。

何を言っても大丈夫の一点張り。

宝は人に頼るってことをしない。

もう少し息を抜けばいいのに。


「すいません」


ぼーっと宝を眺めていると、誰かが俺に声をかけてきた。

話をきくと、どうやらこの女は先生の妹らしい。

お見舞いに来ていた記憶もないし、ほとんど絶縁状態だったんだろう。


「この度はご愁傷さまでした」

「あーそうっすね。所で何の用ですか?」

「相続の話なんだけど、あの人から何か聞いてます?」


金の話かよ。

なんでここでそんな話持ち出すかな。


「それ、また今度にしてくれません?今俺もそれどころじゃないんで」


宝ほどではないけど、俺も少しは落ち込んでいるし、こういう場で金の話は流石にいい気分はしなかった。

俺は話を続けようとする女を無視して宝の元へ向かった。

さすがにこんな話、今の宝には出来ない。

葬式を終えた夜、宝は今日来ていた弔問客のリストチェックだとか、金の処理だとかで色々忙しいらしく、メシもろくに食べずに先生が生前使っていた部屋で作業をしている。

それを見つめる俺の視線にも気付かない程、疲れ切っているのは目に見えていた。


「宝」

「……」

「宝」

「…………」

「宝!」

「─ッ!」


宝がびくっと体を跳ねさせる。


「来夢くんですか、びっくりした。」


ずっといたけどね、とは言わない。


「大丈夫じゃなさそうだから様子見に来たんだけど」

「平気ですよ。私ももうすぐ寝ますので」


なら目の下のクマはなんなんだよ。

ろくに眠れてない癖に。


「メシは?」

「まだお腹空いてないんです、ありがとうございます」


食べても全部吐いてる癖に。


「バレてないとでも思ってんの?」

「………平気だと言っているでしょう」

「なんでそんな嘘つくわけ」


宝がバン!と思い切り机を叩く。


「だから!!私は大丈夫です!!平気ですから…」


立ち上がって俺の服を掴もうとするが、バランスを崩して倒れそうになる宝を受け止める。


「っと。どこが大丈夫で平気だって?」

「……すいませ…」


宝は気絶したように眠りに落ちた。


「ったく…面倒なお姫様だこと」

(無茶しすぎなんだよ。たまには甘えろっての、俺もいるんだし)


宝を部屋に連れていって、額にキスを落とす。


「おやすみ、ゆっくり寝な」

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