1-4

「センセーこんにちはー、お体いかがですかー?」


俺の声に気づいた先生の視線が、本から俺に移る。


「おや、来夢くんですか。体はまずまずですよ」

「まずまずってか悪化してんじゃん。明らかに痩せてるよ」


抗がん剤の副作用はかなり酷いらしい。

前までたくさんあった髪の毛も、すっかり無くなってしまった。

先生はそれを面白げになくなっちゃいました、と笑うが、笑い返すこちらの気持ちも考えて欲しいものだ。


「今日は宝はお休みでーす」


ベッド横の椅子に座る。


「そうですか。あの子は頑張りすぎるところがありますからね、たまには休んで貰わないと」

「はは、そうだな。宝は手加減ってのを知らないし」


特にあんたのことに関してはな、と心の中で呟く。

宝はセンセーが大好きだから。

でも宝は、自分を卑下し過ぎなところがある。

自分がインキュバスの体質を受け継いでいるせいで、かなり苦労してきたらしいとは聞いているが、昨日の事を考えると本当に苦労したんだなと思う。


「他に宝に伝えることある?」

「いえ、大丈夫ですよ。来夢くん、私が居なくなったら、宝くんをよろしく頼みますね」

「まだ早いでしょ。もうちょい頑張って貰わんと宝が悲しむよ?」

「……かなり進行が早くてね」

「半年は」

「あまり期待できないかな」

「そっか」


この人がこんなにネガティブな事を言うとは思わなかった。


「ちょっとでも長生きできるように頑張ってよ。じゃ、また明日」

「ありがとうございます。また明日」



***



「来夢」

「あ、兄さん」


兄さんとは、俺の兄である鬼々(きき)の事。


「お主の方はどうなんじゃ?」

「あーもうやばいかな」

「そうか。まあ流石にわしらには何も出来んしな」

「そうだね。人間って本当に脆い」


人間なんて吸血鬼よりも早死するもんだし仕方ないのだが、ゆっくりと老いていくのを見るのはやはり心が痛い。

病気なら尚更だ。

顔色だって悪くなるし、痩せこけるし、体も動かなくなって、最後は声すら出なくなる。

ただ、無駄な延命措置を取らされるだけだ。

それは生きているとは言えない。

俺がそうだったからこそ、現代の医療は酷だと思う。

死ぬならとっとと死ぬべきなんだ。


「兄さんの方は大丈夫なの?」

「ああ、来週には退院らしい」

「よかったね。じゃあその時声だけかけにいくよ」

「ああ」

「そういえばさ、あのみのるくんって子」


なんか雰囲気が宝にそっくりなんだよなぁ、と呟く。


「兄がいると聞いた事はあるが…その宝とやらはきとらんのか?」

「あー今日はね。また今度」


そう言って、兄さんと別れた。


「ただいまー」

「おかえりなさい、来夢くん」


キッチンから宝にの声が聞こえる。


「もう大丈夫なの?」


するっと腰を触ると、宝の体はビクッと反応して、エロい声を上げる。


「ひンっ!」

「ベッド連れていこうか?」

「へ、平気です!それよりいま晩御飯作ってるんですから、やめてください!」

「そっか、ありがと」


ほっぺにキスをすると、宝は顔を真っ赤にした。

なにこのかわいー生き物。


「~~~ッ!もう!何するんですか!」

「何って、キス?」

「き、きす……!」


こういう事され慣れて無いんだろうなぁ、と心の中で呟く。


「ご飯、待ってるね」


俺はキッチンを後にした。

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