わたし、悪役令嬢の妹、ですから!
藍銅 紅(らんどう こう)
【短編】わたし、悪役令嬢の妹、ですから!
わたしにはイーディスという名の姉がいる。
金色の波打つような長い髪に、青い瞳。白い肌。なだらかな撫で肩に、細い腰。完璧に美しい侯爵家のお嬢様よ。
黙って、二人そろっていれば、わたしとイーディス姉様は瓜二つ。
だって、双子だからね!
でも、家族や親しい間柄の人たちは、わたしとイーディス姉様を見間違えるようなことはしない。
なぜって?
そりゃあ、性格の差からくる表情の差ね。
あ、あと、しゃべり方もそうかな。
わたしは頭の回転が、イーディス姉様ほど速くないので、どうしても「なになにですね~、そーですかぁ」みたいに間延びしたしゃべり方になってしまうのよ。
で、イーディス姉様に頭を叩かれる。
「ジュディアス、侯爵家の令嬢として、きちんと背筋を伸ばしなさいっ!」
「ジュディアス、仮にも侯爵家の人間なら、下位の者に侮られてはなりませんっ!」
……そんな感じで、イーディス姉様からおしかりを受ける日々。
だけど、わたし、そんな古参の礼儀作法教師みたいなイーディス姉様のことは嫌いじゃない。
というか、むしろ好き。
だって、サイモン兄様みたいに、ため息を吐いただけでわたしを見下す……なんてこと、イーディス姉様は絶対にしないから。
なにが違うのか、どこが間違ったのか。
侯爵令嬢として何をどうすべきなのか。
わたしが理解できるまで、辛抱強く付き合ってくれるのはイーディス姉様だけだ。
お父様につけられている家庭教師なんかより、イーディス姉様のほうが、わたしにきっちり向き合って、見捨てずにいてくれる。
しかも、わたしができなかったことを、できるようになったら、すんごく褒めてくれるのだ。
ホントありがたいわ。イーディス姉様は女神!
お父様やお母様、サイモン兄様なんて「できて当然だろ? ジュディアス、お前、そんなことも今までできていなかったのか?」だもんねー。
どーせ、わたしは出来が悪いですよーん。
あ、こんな間延びしたしゃべり方をしたら、イーディス姉様にまた怒られてしまう、へへへ。
イーディス姉様は、王太子殿下の婚約者に選ばれるほど優秀で有能。てきぱきと何事もこなし、そしてまるで薔薇の花のようなあでやかさを持っている。
わたしの自慢の姉だ。
一方、わたしといえば、ぼんやり令嬢なんて不名誉なあだ名をつけられるほど、のほほんとしている。
良く言えば、春のひだまり。
悪く言えば、薔薇の引き立て役でしかないカスミソウ。
「本当はやればできる子なのですけどね、ジュディアスも……」って言ってくれるのはイーディス姉様だけ! ほんと女神よ。
そんなイーディス姉様がうなされている。
目じりに涙さえ滲ませて。
「う、う、う……もう、いや……、ラ、ラ……、さん……、怖い……。逃げたい……」
ララサン?
なんだろう?
気丈な姉様が、逃げたいというくらいに怖がるなんて……オバケかな? まさかね。イーディス姉様ならオバケくらい、いつも手にしている扇で「べしっ」って叩いて倒しそうだけど。
あー、違うか。
実は乙女なハートをお持ちのイーディス姉様だから、助けてくれる騎士様とかを待つかもしれない。それで、助けてくれた騎士様と恋に落ちる。うん、そっちのほうだな。
「えん、ざい……。わたくし、あくやく……れいじょう、いや……。ちがう……」
ん? 今度はエンザイ? エンザイって何?
円材? 丸い材料……だとしたら、木材?
塩剤? 薬……とか?
んー、わっかんない。
そういう物質があるの?
あ、アクヤクは悪役?
令嬢は、わかるけど。わたしだって一応侯爵家の令嬢だし。
でも、令嬢が嫌ってどういうこと? まさか、イーディス姉様、令嬢である自分が嫌で、男の人になりたいとか?
いやいやいやいや、王太子殿下の婚約者が男に性転換したら、王家の皆様は困るよね……。
うーん、わからない。
だけど、イーディス姉様は幼いころから、発熱したときにだけ、弱音というか本音を言う。
まあ、寝言? うわごと? で、だけど。
高熱出して、意識がもうろうとしているときに言う、無意識の言葉だから、意味不明な発言もあるけど……。
例えば、五歳の時には「ナマハゲっ!」って、寝言で叫んでた。
ナマハゲって……。ま、いっか。
「今回はずいぶんとうなされてるし……。そうとう辛いことがあったのかな~」
いつも王太子妃教育とかで忙しくして、夜中までお勉強をしているイーディス姉様。
貴族の令息令嬢が通う学園でも、将来の王族として恥ずかしくないようにと気を張っているイーディス姉様。
のほほんとしているわたしとは違って、すんごく気を張って、頑張っている。
……だから、こうやって、病気のときだけ、弱音が出ちゃうんだよなー、イーディス姉様ってば。
わたしは、そっとイーディス姉様の額に手を当てる。
熱い。
熱は相当高いみたい。
その、怖いものがなくなったら、大丈夫になるかな……?
早く治ってくれないと、わたしが困るんだよね……。
あ、もちろん、イーディス姉様には元気でいてほしいという気持ちはある。
だけど、それ以上に、姉様が早く復活してくれないと……、わたしの成績が不安だ……。
そう、イーディス姉様は学園に入学してからずっと学年トップの成績を独走中。
わたしは忙しいイーディス姉様に勉強を見てもらって、なんとか追試や落第を逃れている。
双子でも、頭の出来は文字通り、雲泥の差なのよねー。
お母様のお腹の中にいるときに、俊敏とか知能とか才能とか、そういう優れたものは全てイーディス姉様のほうに行ってしまって、残りものだけわたしがもらって生まれてきた……なーんて、冗談半分にお父様たちにはよく言われる。
特に、すぐ上のサイモン兄様なんかは容赦なく、
「黙って並んでいれば瓜二つなのに。どうしてジュディアスとイーディスではこんなにも違うのか。ぼんやりと、キツイ女と。二人を混ぜて、それからまた二人に分裂すれば丁度良いものを」
と、嘆かれる。
……ま、いいじゃない。カスミソウもきれいだよ。ぼんやりだっていいじゃない。個性だよ個性。
イーディス姉様だって、本当にキツイ女とかじゃなくて、気を張っている結果、キツク見えているだけだから。そのあたりの機微は、サイモン兄様には難しいかな~。学校の成績はいいんだけどね~。
だいたい、我がラドクリフ侯爵家は、跡継ぎであるサイモンお兄様が一応優秀だし、イーディス姉様も、学年首席の上に、王太子殿下の婚約者。わたし一人くらいがのほほんとしていても困らないでしょ。
なーんて言うと、イーディス姉様に頭を叩かれるけど。
「ジュディアス、あなたは、わたくしの双子の妹なんだから、素材は同じでしょうにっ! やればできるハズなのよあなただって!」
だけど、そうやってわたしのことを叩くけど、三秒後にはあっさりと「まあ、いいわ。ジュディアスだって努力していないわけじゃないし。自分のペースでやればいいのよね」と言ってくれる。
あとを引きずらないで、切り替えが早いのがイーディス姉様の良いところ。
言動や目つきは厳しいけど、本当は優しいのよね、イーディス姉様。
そんな姉様が、これほど魘されている……。
「ララサン? とかいうの、どれだけ怖いんだろ~」
寝ている姉様の目から、すっと涙が流れる。次から次へと流れて行って、ベッドのシーツに染みを作った。
「こんなに泣くほど……怖いのか~」
なんかこう、使命感というか姉妹愛というか、今までお世話をかけ続けたお礼的な感情とか、そういうものが「ぐわっ」と沸き上がった。
うん、イーディス姉様のために、わたし、姉様の怖いものを取り除いてあげるっ! そんな感じで拳を握る。
……と、昨夜は盛り上がったけど、朝になってみると、ちょっと冷静になった。
「取り除く云々の前に、そのララサン? とか エンザイ? とか。それがどういうものかわからないことには何にもできないよね……」
とりあえず、うちのラドクリフ侯爵家にはそんなものがないようなので、あるとしたら、わたしたちが通っている貴族学園か王城かにあるのかも、と思った。
イーディス姉様が妃教育とかで毎日のように王城に行くんだけど、そっちに何か怖いのがあるとしたら、わたしには何もできない。
「学園にあるのかな……姉様の怖いもの~」
悩んでいても分からないので、行動あるのみ。
わたしは、まず貴族学園の、イーディス姉様の教室へと向かった。
「おはようございます。イーディス様、どうかなさいました?」
イーディス姉様の教室の前の廊下をうろうろと行ったり来たりしていたら、声をかけられた。
えっと、イーディス姉様と同じクラスのご令嬢かな……?
「あー、おはようございます~。えーっと、わたし、イーディス姉様じゃなくて、妹のジュディアスのほうです~」
「失礼しました。ジュディアス様はイーディス様にご用事なのですか?」
ご令嬢は、ドアを開けて、教室内を見回してくれた。熱で欠席のイーディス姉様はもちろんいない。教室には二十人くらいの生徒がもうすでにいた。始業時間にはもう少し時間があるのに、教科書を広げて予習している人もいる。
さすがトップクラスは勉強に対する熱意があるなあ……なんて感心してしまう。
「あー、いえ。そのわたし、ララ、サン~? とかいうモノを探していて~」
「モノ? 人ではなく?」
「どーいうものか、はっきりとはわからないんですけど~。多分、人だったらイーディス姉様が怖がるわけないと思うんですよ~。だけど、イーディス姉様、泣くほど怖がっていて……」
「え、えええええっ! あの、イーディス様が泣いて怖がる⁉」
ご令嬢が大きな声を上げてしまい、そうして教室にいた他の生徒や廊下にいた生徒たちが、ご令嬢を凝視した。
「あー、そうなんです。昨夜なんか、魘されていて~。えっと『ララ、サン、コワイ』とか『エンザイ』とか『アクヤクレイジョウ、チガウ』とか~? えっと、何のことか、ご令嬢はわかります……?」
聞いてみた。
だけど、ご令嬢は「え、え、え」と驚いたまま。
あー、知っているのか知らないのか。わっかんないなー。
教室の他の人に聞いてみよっかな?
「あーのー、どなたか、イーディス姉様が泣くほど怯えている『ラ、ラ……、さん……』とか言うの、ご存じのかた、いらっしゃいますか~?」
大きな声で、聞いてみたけど、みんな驚いた顔をするだけで、答えてはくれない。
ただ、ざわざわと、ひそひそと、あちらこちらでなにかを話している。
「信じられない」とか「まさか」とか。
んー、何か知っているのかな?
首をかしげていたら、一人のご令嬢が、わたしに聞いてきた。
「あの……、もしかして、そのララサンというのは、ラウラさん、だったりします……?」
「あ、ご令嬢、こころあたりあるんですか? いえ、でもラウラさん? っていうのかどうかはわからないんです。イーディス姉様、意識がもうろうとした状態で『ラ、ラ……、さん……』って感じに言っていたもので~」
「意識が……朦朧とは……」
「あー、寝ながら無意識に、っていうか魘されながら……って言ったほうが正確ですかね~。意識がもうろう? んー、言葉って難しいな。とにかく、泣きながら、『う、う、う……もう、いや……、ラ、ラ……、さん……、怖い……。逃げたい……』って」
イーディス姉様の声真似をして、言ってみたところで、もう授業が始める時間になってしまった。
あー、急いでわたしも自分の教室に行かなくては!
「あ、そういうことで、ララサンとか言うのが何かわかったら、おしえてくださーい。あと、イーディス姉様、しばらく授業休みます~」
それだけを言い残して、わたしはイーディス姉様の教室を後にした。
あ、熱でって言い忘れた。
言い忘れたせいで、イーディス姉様が学校をしばらく休んだのは、熱のせいではなく、その『ララサン』とやらが恐ろしくなって、学園に来ることができないほど怯えている……と、噂が立ってしまったらしい。ま、これは後から聞いたこと。
このときわたしは、言い忘れたけど、ま、いいか……って感じだった。
イーディス姉様が怯えるほど怖い『ララサン』についてはわからなかったなー、あとは誰に聞こうかなー。どうしよっかな~。
そんなことを、自分の教室で授業を受けながら考えていた。
この学園で、イーディス姉様のことを良く知っているのは……婚約者であるウォーレン王太子殿下。それから、サイモン兄様。
サイモン兄様には家に帰ってから聞く時間もあるだろうから、すぐに尋ねるべきは、やっぱりウォーレン王太子殿下かな。
昼休みにでも、殿下を訪ねてみよう。
熟考の末、そう決めた。
わたしたちの通っている貴族学園の昼休みの時間は長い。
食事をして、おしゃべりに興じて、それから薔薇園なんかをのんびりと散策できるくらいだ。学園では生徒間の交流が推奨されているから、こうやって長い休み時間でいろいろな人と話せるようにという配慮なのだと思う。
だから、わたしも焦らずに、ゆっくりと食事をとってから、ウォーレン王太子殿下を探してみた。
食堂にいてくれれば探しやすいんだけど、どうもウォーレン王太子殿下は一般の食堂ではお昼ご飯を取らないみたいだ。
王族専用の食堂にもいなかったし、教室にもいない。
で、ウォーレン王太子殿下の教室に行って、同級の生徒に聞いてみたら、ウォーレン王太子殿下は、最近、天気の良い日の昼は薔薇園近くの中庭のベンチで昼食を取られることが多いとのことだった。
わたしは、教えてもらったことに礼を言って、中庭に行ってみた。
すると……、いました!
しかも、誰だか知らないけれど、ふわふわのピンク色した短い髪の毛の女生徒を胸に抱きしめている!
うわあ、イーディス姉様という婚約者がいながら、浮気かっ⁉
と思ったんだけど……、どうやらその女生徒は泣いているようだ。
んんん? 慰めているだけ、と見るべき……?
「ひっく、くすん……」
「ああ、もう泣くな……」
「だって、ひどすぎる……」
そんな言葉が聞こえてくる。
んー、泣き止むまで待っていると……なんだかわたしが二人の様子をのぞき見しているみたいだ。
ちょっと悩んだけど、突進しちゃえ。
そのまま、どんどん近寄って行ったら、
「い、イーディス!」
と、ウォーレン王太子殿下が慌てて、胸に抱いていた女生徒を、背中に隠した。
あれ、やっぱり不貞ですか?
「えっと、すみません。イーディス姉様ではなくて、わたし、ジュディアスのほうです~」
朝、イーディス姉様のクラスのご令嬢に向けた言葉と、同じようなことを、言った。
「はっ? ジュディアス?」
「はい~。王太子殿下におかれましては、ご機嫌麗しく~」
えへらと笑ったら、ピンク色の髪の女生徒に睨まれた。
うわっ! 怖い目つきっ!
「また嘘をつくんですか、イーディス様っ!」
えええ、またって何? それにイーディス姉様は嘘なんてつかないよ!
わたしはびっくりして、ぽかんとしてしまった。
いきなりなんなんだ、この女生徒は。
「あたしの教科書を池に投げたり、万年筆を盗んだり……。そんなひどいことばかりしているうえに、今度は嘘ですかっ⁉」
ホントなんなんだ、この女生徒。
教科書を池に投げる? 淑女の見本になろうと頑張っているイーディス姉様が⁉ しないよ、そんなこと。
「あのー、教科書ってなんですか?」
念のため聞いてみた。
「あたしの教科書を池に投げたじゃないのっ! しかもさっきよっ!」
「さっき~?」
「昼休みに入ってすぐよっ!」
それ、今日の昼休みってこと?
「わ、わたしは~、昼休みになってすぐ、食堂に行って、ご飯食べてました~。あなたには会っていません~」
「食べる前によっ! あたしの教科書を投げ捨てて、すぐに食事をとるなんて信じられない、ひどいっ!」
「王太子殿下に聞きたいことがあって、探そうと思ってたので~、わたし、授業終わって、廊下を走って食堂に向かいましたぁ。食堂でランチの注文一番乗りでしたよ~。食堂のおばちゃんに聞いてもらえれば、すぐにそれわかりますよ~。だって『ご令嬢が、廊下を走って食堂に来るなんて、よっぽどお腹が空いていたのかい?』って、食堂のおばちゃんたちに笑われたし~。わたしのこと、印象に残っていると思いますよー。それに、わたしじゃなくて、イーディス姉様が『さっき』教科書を投げたというのは無理がありますし~」
説明をしてみた。
わたしにせよ、イーディス姉様にせよ、昼休み開始直後に、この女生徒の教科書を投げるなんて無理。
「なにが、イーディス姉様よ、自分の名前に『姉様』とかつけて、ごまかすつもり⁉」
「だーかーらー、わたしはイーディス姉様じゃなくって~、ジュディアス~。わたしたち、双子なんですけど~」
貴族社会では結構有名なんだけどな。
ラドクリフ侯爵家の双子の姉妹。
姉は才媛、妹は平凡。
それを知らないってことは、この女生徒のひと、下級貴族どころか平民の人?
だったら、ちゃんと高位貴族の話には耳を傾けましょうね~、なーんて言ったら、睨まれた。怖いなー。
「イーディスっ! お前、ラウラの教科書を池に投げ捨てたらしいなっ!」
うわあ、今度はなんだ⁉ 背後からの怒鳴り声に、振り向いてみたら、悪魔のような形相のサイモン兄様がいた。
「あー、兄様。わたし、イーディス姉様じゃなくって、ジュディアスのほうですよ~」
「は? ああ、たしかに、その間延びする話し方に、へらへらした顔……イーディスではないな……」
「兄様、ひどいです~」
むー……、と思ったけど、ちゃんとわたしたちを見分けてくれるなら、まあいいか~。
「時に、サイモン兄様。その手に持っているのは何ですか~」
サイモン兄様はなにやら濡れた本を持っていた。
「ああ、これか。イーディスが池に投げ入れた、ラウラの教科書だ」
「へ?」
「ラウラ、池からとってきたぞ」
「あ、ありがと……サイモン。でも、これ、もう使えないよ……」
たしかに水浸しになった教科書は乾かしても使えないだろうけど。
いや、今重要なのは、そこじゃないな。
「あの、サイモン兄様。その教科書ですけど~。イーディス姉様が池に投げたって~」
「ああ。イーディスはウォーレン王太子殿下とラウラの友人関係を恋愛関係だと誤解しているらしくてな。教科書を池に投げ入れるだの、階段から突き落とすだの、そんないじめをラウラにしているんだ」
あり得ないことを言ってますが、兄様、正気?
「……兄様、イーディス姉様がラウラさんとやらを虐めている場面を、ご自身の目で見たんですか~」
一応、確認。
「いや、見てはいない。だが、不憫にもラウラが泣いているからな……」
うわ……。サイモン兄様、馬鹿だったのか……。
女の子が泣いているだけで信じちゃうんだ……。
だったら、イーディス姉様だって泣いてたんだけどなあ。
そっちが嘘でどっちがホントなんて、わたしにだってわかるんだけど。
ラウラさんっていうこの人、ぜったいにイーディス姉様に虐められてなんかない。嘘つきはこの人のほうだよねえ。
「確認しますけど~。教科書が池に投げ入れられたのは、さっきなんですよね~」
「ああ、そうだ。この通りな」
たしかに教科書が水浸し。それは事実。
「で、それを池に投げ入れたのが、イーディス姉様だと主張しているのが、そっちのラウラさんという人でいいですか~? サイモン兄様は見ていない~。ウォーレン王太子殿下はどうですか~。実際に見たんですか~」
「いや、見てはいないが。ラウラが嘘を吐くわけないだろう」
なるほど。恋は盲目? それともなんかの意図がある?
わたし、頭悪いから。理由なんてわからないけどね。
「ラウラさんとやら。本当に、イーディス姉様がさっき、あなたの教科書を池に投げたんですかぁ」
「そうよっ! あたしの教科書を奪って、投げたのよっ!」
「へー……。誰か、見た人、いるんですか~」
「廊下の隅で取られたから、気が付いた人なんていないわよ」
「ふーん。じゃあ、イーディス姉様が、あなたから直接教科書を奪ったのね~」
「そう言っているでしょっ!」
「イーディス姉様、今日、学園に、来てないのに、どーやって~?」
「「「は?」」」
三人の声が重なった。
「おとといから発熱してますもん。うちの、ラドクリフ侯爵家の、自室のベッドから、起き上がることもなんて、しばらく無理ですよ~」
他の二人はともかく、サイモン兄様までイーディス姉様のことを知らないとは。
「サイモン兄様、どうして気が付かないんですか~?」
「あ、いや……このところ、イーディスとは顔を合わせることもなくて」
「ああ、そういえば、何日か前にサイモン兄様とイーディス姉様、何か言い争いをしていましたもんね。なんでケンカなんか、していたんです~?」
「いや、だから。……ラウラを虐めるな、と」
「……少なくとも、その教科書を投げた人はイーディス姉様じゃないですよ~。ラウラさんとやらは、イーディス姉様のせいにしていたけど」
じとーっとラウラさんを見てみれば、「イーディス様とそっくりなあなたがやったんでしょ」とか怒鳴ってきた。苦し紛れ、かな。
「わたし、あなたのこと、しらないし~。イーディス姉様からあなたの名前を聞いたこともないし~」
「と、とにかくっ! あたしはイーディス様からいじめを受けているのっ!」
あー、面倒だな。
「『う、う、う……もう、いや……、ラ、ラ……、さん……、怖い……。逃げたい……』『えん、ざい……。わたくし、あくやく……れいじょう、いや……。ちがう……』」
イーディス姉様の声をまねて、言ってみた。
双子だからね。声は似ているのよ。
「サイモン兄様なら知っていますよね。イーディス姉様は、病気の時、うわごとというか、寝言で弱音を吐くのを」
「あ、ああ。もちろん……」
「普段は強気のふりをして、でも本当はイーディス姉様は傷つきやすい繊細な人なの。うわごとでしか、弱音を吐けない。そのイーディス姉様が高熱に侵されながら、うわごとを吐いていたのよ。泣きながらね」
「は? あの、高慢なイーディスが泣いた……?」
「高慢? 淑女であろうとイーディス姉様は自身に課しているんです。本当は繊細で乙女なハートをお持ちなんだけど。背伸びして頑張っているんです。それはともかく、最初に聞いたときには、涙のわけも、言葉の意味が分からなかった。今、ようやくわかったわ。『ラ、ラ……、さん……、怖い……。逃げたい……』っていうのは『ラウラさんが怖い、逃げたい』ってことだったのね。イーディス姉様がラウラさんを虐めているんじゃないわ。逆よ。か弱いふりして、イーディス姉様を泣くほど追いつめていたのは、ラウラさん、あなたよっ!」
推理小説の探偵みたいに、犯人はお前だっ! と、わたしはラウラさんに指を突き付けた。
わたしがこんな人、排除してやる。
もちろん嘘なんてつかないで、真実でね!
「サイモン兄様も、ウォーレン王太子殿下も。熱にうなされた人間が、嘘をつけると思いますか? 『エンザイ』って、泣いているイーディス姉様の苦しさがわかりますか」
塩剤……か、なにかはわたしにはわからないけど。多分、サイモン兄様ならわかるかな。
「冤罪……」
サイモン兄様がぼそりとつぶやいた。
「悪役令嬢ではない……と言っていたのか?」
「今日、イーディス姉様が他人の教科書を取り上げて、池に投げるようなことはできません。だって、熱で朦朧としているし。学園になんてこれませんよ。それをいかにもやったと主張するような人のほうが嘘つきだと思いますけど」
「そ、そうか……」
「な、なに言ってんのよっ! あんたっ!」
この期に及んで、ラウラさんとやらはまだイーディス姉様を悪役にしたいらしい。
「だいだい、なんでラウラさんとやらを、イーディス姉様が虐めなきゃならないんです~?」
「そ、それは……私が、ラウラと仲良くしているのを、イーディスが嫉妬して」
ウォーレン王太子殿下がごにょごにょと言った。
あー、自分が浮気しているのを嫉妬してなんて、きっぱりとは言えないか~。
「ウォーレン王太子殿下が、他のご令嬢と、どんな関係を持とうと、イーディス姉様は嫉妬なんかしないですよ~」
「は?」
「だって、王命による婚約を仕方なく引き受けただけですし。ウォーレン王太子殿下がイーディス姉様に婚約をなくすって言ったら、イーディス姉様、喜んで婚約を白紙なり、解消なり、破棄なりに同意しますよ。双子の妹として、それはきっぱりと証言します」
「な、なぜだっ!」
「だって、イーディス姉様、ウォーレン王太子殿下のことなんて、これっぽっちも好きじゃない~。嫉妬なんてしませんよ。ウォーレン王太子殿下に好きな人ができたら、渡りに船で、さよならしますって~。責任感だけで、王太子殿下の婚約者を引き受けちゃっただけ、なんですから~」
そう、国王陛下から、王太子殿下の婚約者の打診は、確かに我がラドクリフ侯爵家にされたのだ。
で、お父様は引き受けちゃった。
我が家が引き受けないと、敵対派閥であるグリネード侯爵家に、王太子の婚約者の話が行ってしまうからって。
そうなると、今後の我が家が不利になるから、引き受けざるを得なかった。
で、我が家には、イーディス姉様とわたし、娘が二人いるからって。
イーディス姉様とわたしの、どっちが王太子殿下の婚約者になるのかって話になって……。
「イーディスだな」と、お父様が。
「イーディスね」と、お母様。
「ジュディアスには無理だ」
沈痛な面持ちでサイモン兄様も言った。
そして、イーディス姉様が、この世のものとは思えない、ふかーいふかーいため息を吐いて、
「……………………これも、貴族の義務ですわね。仕方がありません、我がラドクリフ侯爵家の未来のために、このわたくしがお引き受けいたします」と言ったのよ。
イーディス姉様は、本当は繊細で。本当は王太子妃になんて向いていないの。
そりゃあ、能力だけ見れば、天空はるか彼方に輝く一つ星のようなイーディス姉様よ。
だけど、隠している心の奥底は乙女なの。
だってねえ、イーディス姉様、本当はカッコいい騎士様に見初められて、悪漢から守ってもらいたいっていう、望みを持っているんだよ。
幼いころから読んでいた絵本も、成長してからこっそり読んでいる恋愛小説も、みーんな、騎士とか冒険者とかそういう人が、お姫様とかご令嬢を助けて、恋に落ちて、そして二人は幸せになりましたって話ばかり。
騎士様や護衛兵の訓練風景なんて、わざわざ見に行った日にはすっごく機嫌がいいし。
「上腕二頭筋の盛り上がり……、ああ、なんて素敵なの。三角筋……、そっとわたくしの頭を乗せてみたい……」
なんて呟いては、うっとりとしている。
そんな淑女らしからぬつぶやきは、わたしにしか聞こえないけどね。
そんな特殊趣味のイーディス姉様の婚約者が、美しいけれど、ひょろひょろの、王太子殿下。
嫌いとまでは言わないけれど、腕の細さにはがっかりしている。
「お姫様抱っこで、抱き上げられて、優しく初夜のベッドへ……なんて、ウォーレン王太子殿下には無理ね……」
と、がっくりしているイーディス姉様。
好みじゃない婚約者のために、寝る間も惜しんで頑張って、挙句、当のウォーレン王太子殿下が身分の低い女生徒と浮気ですか~。
イーディス姉様が、気落ちするのも分かるわ~。
いっそ、婚約なんて、なくしたいよね。
しかも、やってもいない虐めをしたとか言われているのか……。あ、わかった。エンザイって円材でも塩剤でもなく、冤罪かっ! ようやく漢字が浮かんだよ!
イーディス姉様、このラウラとかいう女生徒から、そして、ウォーレン王太子殿下から、悪役の令嬢として見られているのか!
うわー、わかった。
ようやく、イーディス姉様のうわごとの意味が理解できましたっ!
やっぱりわたしって、頭の回転が遅いな!
悪役令嬢って、あれだよね。演劇とか小説とかに出てくる役。
真実の愛で結ばれた王太子殿下もしくは身分の高い男性と、平民と下級貴族の娘。
それを邪魔する高慢な、婚約者のご令嬢。
その三角関係。
あー、そりゃあ、さすがのイーディス姉様だって、発熱して魘されるわ~。
だって、イーディス姉様。本当は高慢でもなんでもないもん。
義務を果たそうと、一生懸命になっているだけだもん。
本当は、騎士様とかに守ってもらいたいか弱い女の子だもん。
多分、姉様は、心の中に辛さをどんどん溜めていたんだ。そして、限界を超えてしまって、熱を出して倒れたんだ。
本当は、嫌なのだろう。
ウォーレン王太子殿の婚約者なんて。
だけど、お父様が引き受けちゃったから。
でも、イーディス姉様が「王太子の婚約者なんて嫌だ」と言ったら。
そうしたら、今度はわたしがウォーレン王太子殿下の婚約者になってしまうからね。
イーディス姉様は、わたしのことを守って、ウォーレン王太子殿下の婚約者になっただけ。
「敵対派閥に将来の王妃の位を渡すのは、お父様が許さない。だけど、ぼんやりなわたしには将来の王妃は無理だって。だから、イーディス姉様、高位貴族の義務としてウォーレン王太子殿下の婚約者をがんばっているだけなんですよ~。ウォーレン王太子殿下が我がラドクリフ侯爵家の敵対派閥からお相手を選ばないのなら、イーディス姉様は、ウォーレン王太子殿下の婚約者なんて本当は辞退したいんです~」
ウォーレン王太子殿下は「は? 義務……だと……」と、顔色を青ざめさせた。
「イ、イーディスが、私のことを好きとかいうのは……」
「ない、ですね! イーディス姉様の好みのタイプって、昔から、筋骨隆々とした騎士様とかですもん。線の細い美少年なんて、眼中にないです~。最低限、お姫様抱っこで抱え上げてくれる男性じゃないとね~」
ウォーレン王太子殿下なんて、なよっとした美少年だもんな~。
ベッドに横たわって、アンニュイに薔薇を一輪、口にくわえるのが似合っちゃうタイプ。
そういうのが好きな女性もいるだろうけど。
イーディス姉様は、片手で姉様を抱き上げて、そのまま馬に乗せちゃうような男性が好みだよ。
だって、恋愛小説とか、演劇とかで、そういう場面になると、目が爛々と輝くからね!
騎士団とか、護衛の皆さまに、差し入れとかもよく持って行っているでしょ。あれ、将来の王太子妃としての当然の気遣いじゃなくて、イーディス姉様が自分で見たいからだよ。
騎士団長様の、アゴヒゲとか。
副団長様の上腕三頭筋とか。
もう、激萌えしてますもんね、姉様は。目がハートマークになっているよ、筋骨隆々に対して。
そんなことを、微に入り細に入り、わたしは事細かにウォーレン王太子殿下に説明して差し上げた。
ウォーレン王太子殿下はがっくりとうなだれていた。
「……イーディスが私に靡かないから……。ほかの令嬢と仲睦まじくしていれば、嫉妬をしてくれると喜んでいたのに……」
あ、浮気とかじゃないんだ。
嫉妬してもらいたかったと。
王太子のくせして阿呆だな。
「無駄な努力ですねぇ殿下。そんなことより、木の剣でも持って、素振りでもしてみてくださいよ。イーディス姉様、喜んで、ウォーレン王太子殿下の流れる汗を、姉様のハンカチで拭いますよ」
「そ、そうか……」
きっぱりとわたしが言ったら、王太子殿下は頬を染めた。
数日後、王太子殿下は本当に木の剣を持って、体を鍛えだした。
もう、ラウラさんのことなんて、眼中にない。
わざとらしく、学園の昼休みに、鍛錬場に行って、素振りしているし。
熱が下がって、体調が整った後のイーディス姉様はそんな王太子殿下の姿を見て、最初はきょとんとしていた。
けれど、「少しは筋肉もついてきた。イーディス、腕のあたりを触ってみるか」なんて、王太子殿下に言われて、イーディス姉様が瞳を輝かせた。
はいはい、王太子殿下の、まだまだ薄い筋肉でも、直に触れるという誘惑にはあらがえなかったのね。
ま、仲良きことは素晴らしきことかな。
ついでに同級生の皆様との関係も改善したみたいだし。
姉様がうなされることもなくなった。よきよき。
ラウラさんとやらは
「元の乙女ゲームと違うじゃないっ! あたしがヒロインなのにっ! どうして攻略予定の王太子殿下があたしに惚れないのよっ! サイモンだって……」と叫びまくって、貴族学園の皆様に、変な人扱いされて、遠巻きにされている。
サイモン兄様は、どうやら、このラウラさんに淡い思いを寄せていたようだけど。
わたし、説得したわ。
「嘘ついて、相手を貶めて、自分の欲を満たそうとするような女性でも、まあ別にうちの侯爵家のヨメに迎えてもいいですけど。でも、サイモン兄様。誰から見ても、嘘だとわかるような、そんなレベルの低い嘘しかつけない女性が、侯爵夫人としてやっていけると思います?」
「そ、それは……」
「イーディス姉様を蹴落とそうという根性は認めますけど。だけど、おとめげえむ? ひろいん? よくわからない単語で、妄想を吐き出すような女性のフォローをしていくのは大変ですよ? サイモン兄様、その覚悟、あるんですか? ヨメが、バレバレの嘘ばっかり吐いて、社交界で馬鹿にされて」
「うっ!」
「しかも、王妃様になった後のイーディス姉様に対して、あれやこれや暴言を吐き続けたら、さすがのイ-ディス姉様も、自分の実家とはいえ、ラドクリフ侯爵家を放置なんてできないですよね。お家取り潰し……まではしなくても、最悪サイモン兄様は、跡継ぎから外されて、わたしが婿を貰ってラドクリフ侯爵家を継ぐ?」
「あ、ありえん。そんなことをしたら、我がラドクリフ侯爵家がどうなるか……」
「究極の選択。その1 わたしというぼんやり娘が婿を取って、ラドクリフ侯爵家を継ぐ。その2 サイモン兄様が、地雷女を嫁に取ってしまった以上、地雷女の吐く嘘や暴言に翻弄される一生を送る。さて、どっちのほうがマシだと思う?」
「そ、それは……」
「一応ね、わたしのこと、イーディス姉様は『本気を出せばできる子』って認定してくれているの。そこに、政略で優秀なお婿さんをつければ、わたしのほうに一票入れるよ」
「うっ!」
「しかも未来の王太子妃、王妃の命令であれば、もう、決まりでしょ。で、サイモン兄様。ラウラさんという地雷女の後始末に明け暮れて、胃が痛む人生送る? まあ、それも、兄様が選ぶ道だから、わたしは止めないけど」
結局、サイモン兄様は、ラウラさんとの未来を諦めて、別の、まっとうなご令嬢との婚約を結んだ。
はい、ラドクリフ侯爵家の未来は安泰ですね。
わたしがもしも、まっとうな結婚できなくても、イーディス姉様かサイモン兄様に寄生して生きていけるというものだ。はっはっは。
なーんてね。
ちゃんと自活しますよー。
結婚か、仕事か、なにをするのかまだわからないけど。
もうちょっと、のんびり考えたい。
だって、わたし、頭の回転遅いからね。
時間が経過して、学園の卒業式。
乙女ゲームとかの定番、卒業式での婚約破棄とかは発生せず、細マッチョにまで成長した王太子殿下はイーディス姉様をエスコートして、ご入場だ。
仲がよさそうでよきよき。
え、わたし? わたしには婚約者も恋人もできなかったから、サイモン兄様にエスコートをお願いしましたよ。ま、そのうち、お父様かイーディス姉様が、テキトウな優良物件をわたしに紹介してくれるでしょ。
ぼんやり独身老女になって、イーディス姉様とサイモン兄様の孫たちに囲まれて過ごす人生もありと言えばあり。
で、断罪もざまぁもなく、平穏な時間の後の結婚式。
もちろんウォーレン王太子殿下とイーディス姉様のね。
その結婚式の前夜、わたしはイーディス姉様に聞かれたのだ。
「ここは乙女ゲームの世界のはずで、わたくしはラウラさんとウォーレン王太子殿下に断罪されて、国外追放される悪役令嬢のはずだったのだけれど……。発熱しているうちに、なぜだか世界が変わったみたいなのよね……」と。
言葉には出さなかったけど、イーディス姉様はわたしが何かして、その結果、運命が変わったと思っているみたい。
んー、どうしようかな。
なにかしたと言っても、ちょこっといろいろ話しただけだし。
あと、わたしも実は転生者で、転生前の日本人としての記憶を持っているんですよ~とか、言ってみてもいいんだけど。
前世とか、転生前の人生とか、今の人生に何の関係がある?
ないよね。
今世で、わたし、姉様と姉妹になれて嬉しいけど、前世は無関係。
転生ヒロインさんのことも知らない。
なにをどう考えて、自分が物語のヒロインだと思い込んでいるのかなんて、どーでもいい。
だいたい、たまたま、前世で知っていた乙女ゲームとかと、同じ国の名前、同じ攻略対象者の名前の人が存在しているって程度で、「ここは乙女ゲームの世界で、あたしはヒロイン。だったら、この世界はあたしが幸せになるためにあるのよっ!」とか、「原作改変するなんてひどい」とか主張するの、わたしはどうかしている思うんだけど。
仮に、乙女ゲームに酷似した世界だとしても、完全な一致なんてないでしょ?
パラレルワールドとかっていう言葉、知らないのかな?
いや、わたしだってよく知らないけど。
似ているけど、違う、少しずつずれている世界が、それこそ数えきれないくらいにたくさんあるんでしょ? SFってたしかそんな話もあったよね。
SFとかじゃなくてもさ、二次創作ってもんもあるんだから。
乙女ゲームに萌えたオタクの皆様がする二次創作って、それこそ何百か、何千かは知らないけど、山のようにたくさんある。
今いる場所が、「誰かか妄想した乙女ゲームの二次創作の世界」じゃないなんて、どうやってわかるのよ。
名前だって、登場人物だって、舞台だって、原作と二次創作を比べてもまったく一緒でしょ。
そんなものに縛られたり、そんなものを信じて「あたしがヒロイン」と主張するなんて、頭、大丈夫?
一度きりの人生、やりたいようにしてもいいと思うけど、もうちょっとちゃんと考えようよ。
例えばこの世界が『ヒロインのためにある乙女ゲームの世界』じゃなくて、『転生ヒロインをざまぁする、乙女ゲームの裏シナリオの世界』とか『酷似しているだけの別の世界』である可能性とかさ。すくなくとも、ざまぁ回避? とかいうんだっけ? それだけは考えながら生きたほうがいいと思うよ。人生どこにどんな落とし穴があるかわからないもん。
ま、ぼんやり生きているわたしに言われたくないかもしれないけどね。
少なくとも、わたしは乙女ゲームなんて知らない。だから、シナリオ通りに動けなんだ言われても、無理でーっすってね!
好き勝手に動くよ!
わたしの人生だもん。ヒロインさんのために生きているんじゃないもん。
だけど、誰かのために、わたしの人生を使わないといけないのなら、そーね、姉様のしあわせのためなら、がんばってもいいかな~。
とまあ、説明するのも粋じゃないので。
「世界がどうとか、変わったとか、そういうのはよくわからないけど。たった一つ言えることはねえ~」
と、前置きして、イーディス姉様の耳元にそっとささやいた。
「わたし、悪役令嬢の妹、ですから」とだけ。
イーディス姉様は、わたしが何を言ったのか、すぐには理解できないようで、ちょっとぽかんとしていた。
悪役令嬢の妹が、姉のために、世界を変えてもいいじゃない。
ぼんやり令嬢の、こっそり暗躍程度だけどね。
あはは、なんてね。
暗躍なんて、できるような頭脳も持ってないよ~。
悪役令嬢の妹だからといって、創作の世界に登場する、鮮やかなざまぁができる立派な悪役令嬢チックな活躍なんてできやしない。
だけどねえ、妹として、姉に対する愛情はあるのです。
ふふふ、姉様、だーい好き!
わたし、悪役令嬢の妹、ですから! 藍銅 紅(らんどう こう) @ranndoukou
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