第20話 あなたの手なんて取らない
「メアリー……!」
ウィルソン様が私へ手を伸ばした。
何で今更私を選ぶのよ。ふざけないで。
「嫌です。あなたの手なんか取らない!」
私ははっきりとウィルソン様を拒絶した。ウィルソン様はそのまま呆然とした表情を浮かべたままうごかない。アンナは私をギロリと睨み付けた後、皆様! と叫ぶ。
「メアリー様はこのように殿方を夢中にさせる、浮気性の方なのです! おわかり頂けましたか?!」
必死に叫ぶアンナ。私はなんでそこまで言われなきゃいけないのかと叫びそうになるも、声が出ない。だが、貴族達からの反応は意外にも冷ややかなものだった。
「いや、あなたが言う……?」
「アンナさんだって同じじゃない。男とっかえひっかえしてて」
「同じ穴のムジナ?」
「そもそもメアリー様は処女なのだから、浮気性なのは無理があるわよねぇ?」
レアード様の横顔を見ると、歯を食いしばりいかにも怒りの表情を見せていた。
「アンナ嬢。これ以上我が婚約者を馬鹿にするのはやめてくれないか?」
吹雪の如き殺気を出しながら、アンナを睨み付けるレアード様。さすがのアンナもたじろいでいる。
「あ、お、王太子様……」
「皆に告げる。メアリーを愚弄する者は誰であっても許さないとな!」
高らかに叫んだレアード様。貴族達は皆、恐怖の顔を浮かべり、真剣な表情を浮かべたりしながらその場にひれ伏し返事をする。両親と弟達も、もれなくひれ伏している。
「そうだ、俺はメアリーを愛している。まだ令嬢達の中には俺を狙っている者もいると聞くが無駄と思え。恋愛に関しては俺はメアリーしか愛さない」
本来、私達の関係は契約によるものだ。でもレアード様は私への愛をこれまで何度も言葉に表してきた。本当に私を愛しているのが分かる……。
「私は王太子殿下を心の底から愛しております。私のお相手は王太子殿下ただ1人です……!」
私もレアード様に負けじと愛を叫ぶ。彼が私を愛していると叫ぶなら、私も叫ぼう……!
すると、ダンスホール中から拍手が巻き起こった。ウィルソン様とアンナ、両親の4人を除いて。
「素晴らしいですわ!」
「おふたりが愛し合っているのが、良くお分かりになりました……!」
「お幸せになってください!」
温かい拍手が私達に向けられる。それと同時にアンナへは疑念が向けられていた。
「アンナさん……本当にフローディアス侯爵の子を妊娠してるの?」
「お腹出てないわよね?」
「違う方との子だったりして。だってよく社交場にも来てるし」
「それは違うわ。メアリー様を陥れたくて嘘をついたのよ」
「ああ、なるほど。そっちの方があり得そうね」
「……っ!」
アンナの顔が真っ青になっていく。しかし途中で何か思いついたのか、にやりと口角を上げた。
「私……実は流産したんですぅ……! メアリー様のせいで流産したんですぅ!」
アンナの叫びに一瞬にしてダンスホール中が凍りついた。
なんで? 私あなたに何もしていないのに……! 最悪のパターンが起こり、私は絶望という名の床に思いっきり叩きつけられる。
「私は悪くない! 悪いのは全部メアリー様よぅ!」
「もうやめて!!」
私は耐えきれずに、胸の中身を全てぶちまけるようにして叫んだ。
「私があなたに何したって言うんですか! もうやめてください!」
もうこんな所にいたくない。私はその場から走りだす。
「メアリー!」
……どれくらい走っただろうか。息が切れた所で足が止まった。それと同時にレアード様が私の両肩に触れる。
「メアリー……」
「何で私……アンナさんからいじわるされなきゃいけないんですかね……? 私何にもしていないのに……」
「……よくわかった。アイツは必ず、俺が地獄に落としてやる。フローディアス侯爵もな」
「え?」
物騒なワードが聞こえた気がするが、気のせいか?
「メアリー?」
私はその場に倒れ込み、意識を手放していく。
それから私が目を覚ましたのは翌日の昼前の事だった。医者の見立てによれば、疲れか緊張によるものだろう。という事だった。
(こんな時間まで寝てたなんて……! なんたる失態!)
早速レアード様はウィルソン様とアンナに処分を言い渡したそうだ。ウィルソン様はフローディアス侯爵家の屋敷に謹慎処分とし、領地の一部を強制返還させられた。次何かやったら侯爵の爵位を返上し、ウィルソン様を平民とするという取り決めも決まったとか。
アンナはクルーディアスキー男爵家に強制送還させられ謹慎処分となった。本来はレアード様はクルーディアスキー男爵家から勘当させて平民とさせるつもりだったそうだが、クルーディアスキー男爵夫妻が必死に頭を下げに来たそうで勘当は取りやめになった。
「お願いします! なんでもしますからかわいい娘の勘当だけは……!」
と男爵夫妻に詰められたレアード様は仕方なく勘当を取り下げたそうだ。
しかしその代わりとしてクルーディアスキー男爵の領地は国境近くの辺境地に領地替えとなった。新たな領地となる辺境地はこの王宮やフローディアス侯爵家の領地よりもはるかに遠い。なのでのこのこ来れる距離ではない。
クルーディアスキー男爵家はこの処分を渋々受け入れたそうだ。まあ、レアード様からの指示なのだから男爵家である以上、爵位を奪われみじめな生活を送りたくなければ従うより他ない。
「メアリー、気分はどうだ?」
処分が決まった後、レアード様は公務中にも関わらず私の部屋に来てくれて心配そうに私を見つめている。ちなみにこの日私は女官長の気遣いにより1日休みを頂いていた。
「すみません……」
「謝るな。もう処分は決まった。これでアンナ嬢はフローディアス侯爵家にも俺達にも手出しは出来なくなった」
「辺境地となれば物理的にはもうお邪魔できませんものね」
「そうだな。あとは男爵家がアイツを甘やかしすぎない事だな。これは俺からも釘を差してある」
「そうですか……ご心配おかけしました」
それにしてもアンナはなぜそこまでして私を追い込もうとしていたのか? 私は何もしていないのに。
「その、アンナさんがなぜそのような事に及んだのか、理由は仰っていましたか?」
「いや、言わなかった。処分が気に食わない事だけしか言ってなかったからな」
(ああ……会話になってなかったのが想像できる)
これ以上彼女について聞くのはよそう。ウィルソン様の事もだ。聞いた所で私が求めているものは返って来ないだろう。
「これ以上は聞くのは止めておきます」
「そうか、わかった。メアリー、お前を守れないですまなかった」
「え、そんな……」
レアード様は何も悪くないし何もしなかった事も無い。急な謝罪に私はあたふたしながらあなたは悪くないじゃないですか。と答えるのがやっとだ。
「だって、レアード様がいなかったらおふたりに処分も下されてないですし、えっと、その、皆も気が引き締まったでしょうから……」
「そうか。ただやっぱり俺がいながらアイツらを調子に乗らせたのはすまない。今度の婚約パーティーには彼らは呼ばないし、王宮には立ち入らせない事を約束する」
「わかりました。その方が良いでしょう。婚約パーティー後まで謹慎とした方が良いでしょうね」
「ああ、そうだな」
レアード様は私を抱きしめ、口づけを額に落とす。彼に抱きしめられていると、やっぱり心が落ちつく。心の底から優しさに包まれているのを感じる。
(レアード様がいてくれて本当に良かった……)
次の日。仕事中の私へ使用人が言伝があるとやって来た。
「レアード様からラディカル子爵令息兄弟を交えてお茶会をしないかというお誘いがありまして」
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