第19話 嫉妬のダンスホール

 長いようで短かった夏が終わり、秋が訪れた。そして無期限延期されていた私とレアード様の婚約パーティーの日程もようやく決まったのだった。今回こそは横やりが入らなければ良いのだが。

 また、それに従い王宮のダンスホールにて行われる秋の宮廷舞踏会にて、私とレアード様のお披露目が先行して行われる事となった。この王宮のダンスホールは国の中では一番大きなダンスホール。なのでたくさんの貴族がやって来る事は想像に難くない。


(となれば、ウィルソン様とアンナさんも来るわよね……)


 ウィルソン様とアンナとは会いたくない。特にアンナだ。でもアンナはよくダンスホールや社交場に顔を出しているようなので絶対来るだろうな……という諦めの気持ちが強い。

 だが、宮廷舞踏会前々日のタイミングで、ある情報が女官長からもたらされてきた。


「アンナ様、お腹が膨らんできていないのですってね」

「え? そうなのですか?」

「そうみたい。今年中には生まれて来るはずだからもうお腹が膨らんでいないとおかしいのだけど……」


 そう言えば避暑地へと向かい際にアンナを見た時には、彼女のお腹は膨らんではいなかった。そして今は秋。この時期にもなってお腹が膨らんで来ていないのはどう考えてもおかしい。


「だからアンナ様の嘘か想像妊娠じゃないかって噂ですよ」

「そうなのですか……」


 想像妊娠についてはたまに聞いた事がある。意中の男を何としても手に入れたい、世継ぎを何としても手に入れたいという理由が要因であるパターンがダントツに多い。

 で、バレたらどうするのかというと流産してしまったという事にしたり、孤児院や下層の平民街から赤ん坊を「入手」する。このどちらかだ。


(特に世継ぎに関しては適当に赤ん坊を見繕ってくる事が多いのよね。だから孤児院にいるのは男の子よりも女の子の方がほんの少しだけ多いというのも聞く……)


 アンナがどう行動するか。これは気を付けて置かなければならない。

 私のせいで流産したとか言われたらたまったものではないから。


(やだ、考えただけで嫌すぎる……)


 夜。ダンスの練習もあったので最近はいつもより就寝時間が遅くなっている。

 くたくたの身体を引きずるようにしてシャワールームでシャワーを浴びて汗を流した後は寝間着に着替えるのも面倒くさかったので下着姿で寝てしまっている。


(どうせ起きたらドレスに着替えるからいいや……)


 夜明け前。目が覚めてしまった。睡眠のおかげか疲労感は大分無くなっている。ベッドから起き上がって夜明けの太陽でも見ようかなと思い、下着姿のまま誰もいないであろう中庭へと足を踏み入れた。


「おい、そんな姿を見せるなんてだめだ」

「!? れ、レアード様?!」


 左横に振り返るとそこにはレアード様がいた。うそ、誰もいないと思ってたのに!


「す、すみません、すぐに……!」

「これを着ると良い」


 レアード様がロング丈のジャケットを手渡してくれた。それを羽織ると彼の爽やかな香りがふんわりと鼻の奥まで届いた。これまでキスしたりしてきたけど、その時以上に香りが濃厚に感じる。あとちょっといつもより香りが違うような?


(わ、なんだかレアード様の香りに閉じ込められているみたい……)

「どうした?」

「あ、あの……良い香りだなって思って」

「香水だ。……不快じゃないか?」

「いえ、むしろこの中にいたくなってしまいます」

(わ、なんか正直に言っただけなのになんか恥ずかしい……! なんで?!)

「かわいいやつだな、本当に」


 私を抱き寄せて腕を腰に回し、そのまま唇を重ねる。唇を重ねたのと同時に互いの舌が互いを求めるかのように絡みつき、放さない。


「……っ」

「ふ、……む……」


 どんなデザートよりも甘くて、蕩けてしまいそうになる程のキス。それに腰には彼のごつごつしてはいるけど美しい大きな手が添えられている。その手が腰から背中へと上がっていき、私の髪を下から上へとかき上げていく。


「むっ……」


 ぷはっと唇同士が離れていくと、唾液が伝ってネックレスのように滴った。


「はあ……」

「ははっ……ずっとこうしていたくなる……だが、そろそろ帰らなければな」

「あ、レアード様。どうしてこちらにいたんですか?」

「秘密の花園にいたんだ。眠れなかったからな」


 そうか。確かにあそこは落ち着ける場所だ。ゆらゆらと揺らめく祭壇のろうそくに草木にツタで覆われた王家の者以外誰にも入る事が出来ない秘密の花園。


(また行ってみたいな……)


 ……それから、舞踏会当日。

 会場には既に多くの貴族達が詰めかけてきているそうだとメイドから聞いた。私は今控室にいるのだが、そこに女官長がやって来る。


「アンナ様とウィルソン様がお越しになられました。あとラディカル子爵家も」

「そうですか……」

(やっぱり来るよね)


 やっぱり来たか。ウィルソン様はともかくアンナは絶対来るよね……。ラディカル子爵家は弟達も来ているのだろうか?

 もし来ているならちょっとだけでも話が出来たら嬉しい。


「やはりアンナ様のお腹は膨れていない様子。貴族の者達からも怪しむ声が出ておいでです」

「そう……」

(本人はなんて言うのでしょうね)


 時間が来たので控室から移動し、廊下でレアード様と合流すると手をつないで舞台袖へと歩く。


「緊張しているか?」

「……少し」

(この程度で緊張していたら、婚約パーティー当日が持たないかもしれないし……慣らさないと)

「俺がいる。安心しろ」


 そう言い切ったレアード様の顔は本当に頼もしかった。


「皆様! 王太子様とメアリー様のご登場です!」


 侍従の言葉を受け、私はレアード様の腕を組み、歩く。

 ステージに立つとわあっ! と花が咲いたかのような歓声が湧いた。


(あ、マルクとイーゾル!)


 マルクとイーゾルの弟コンビはなんと一番真ん前に陣取って大きく拍手している。


「姉さん! 姉さん!」

「姉ちゃんめっちゃ綺麗じゃん!」


 いや、綺麗と言われるのは嬉しいけどそこからバカでかい声で言われるのは恥ずかしくなるんだが、イーゾル……。


「お前の弟も来ているようだな」


 と、レアード様から小声で声をかけられた。はい、そうみたいですね……。と恥ずかしさを隠しきれないまま答えるしか無かったのだった。

 ステージから見下ろすと眉間に皺を寄せる両親や、複雑そうな表情を浮かべるウィルソン様、そんなウィルソン様の腕を組み、じっと私を睨みつけているアンナが見えた。


「では、このおふたりに踊っていただきましょう!」


 侍従がそう呼びかけた瞬間だった。


「メアリー! 俺と踊ってくれ!」


 突如、ウィルソン様がそう声をあげた。

 え? なんで私と? アンナがいるじゃないか。


「メアリー! 俺は……やっぱりお前が好きだ!」


 ウィルソン様の叫びに周囲は彼を驚きの目で見ながらざわめきの声をあげる。


「今更?」

「もしかして、レアード様に嫉妬しているとか?」


 アンナはウィルソン様へどうして! と叫ぶが、彼はまったく聞く耳を持たない。


「メアリー! 聞いてくれ!」


 ウィルソン様が貴族達をかきわけて、こちらへとやってくる。アンナも一緒だ。


「ウィルソン様! 待ってよぉ! なんでメアリー様と踊りたいのよぅ!」

「フローディアス侯爵よ、何がしたい」

「王太子殿下、メアリーを返して頂きたい……!」

「断る。そもそもメアリーへひどい態度を取っていたのはそちらだろう? そんな者にメアリーを渡す訳が無い。恥を知れ!」


 広いダンスホールに嫉妬の感情が入り乱れている。

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