第14話
カルドナンド王国に夏が訪れた。気温が上がりドレスも夏らしい薄めの生地になったり、カーテンや布団も夏らしく薄いものへと変わった。国によってはここよりも熱い国もあるとか。
夏の朝は早い。目が覚めると喉が渇いているからベッド横に水の入った透明のガラス瓶とコップを置いている。それを飲んでから着替えとお化粧、髪結いを施してから食堂で朝食を頂く。
食堂に到着し、しばらくするとレアード様が入って来た。
「おはよう、メアリー」
「おはようございます。レアード様」
「いよいよ明日だな」
明日からは王宮から避暑地のある北部の街へと移動してそこで2週間程生活する。勿論私も同行する事が決まっているのでとても楽しみだ。
「楽しみです! ドキドキワクワクしてます!」
「ふふっそうか。良い思い出を作ろう」
「はいっ……!」
北部はここよりかはひんやりしていて、山と海にかこまれた箇所。特に海は楽しみだ。
(船に乗ってクジラやイルカを見たり、海鳥を眺めたりするのが楽しみだわ、あと釣りもしてみたい!)
勿論避暑中は公務もあるのでそちらもちゃんとこなさなければならない。だから浮かれてばかりでは駄目なのも理解している。
「ごちそうさまでした」
「メアリーはいつも食事を余す事無く食べているとコックから聞いたよ」
そう。ここでの食事が1番美味しいし食事量もちょうど良いのだ。たまに食べすぎちゃう事もあるが、まず余した事は無い。
「コックからは、いつも美味しく頂いてくれてありがとうございます。という事だった。また追って感謝状が贈られるだろう」
感謝状も作ってくれるなんて。忙しいのにありがたい気持ちでいっぱいになる。
これまで私は誰かからこのように感謝されて来た機会があまりなかった。実家では「やって当たり前」だったしウィルソン様から褒められた記憶も無い。
「嬉しく思います」
「そうか、何よりだ。メアリー、お前はもっと喜んでもいいんだぞ?」
「は、はい……」
(えっと、どうやって喜びを表現したらいいのかな? )
「えっと……、や、やったーー! こ、こうですか?」
「ふふっ、かわいいな。かわいいし、喜びもすごく伝わってきたよ」
椅子から立ち上がったレアード様。私も彼に導かれるようにして椅子から立ち上がり彼の元へと歩み寄ると、彼は軽やかに私を抱き寄せて、唇をそっと重ねた。
「ずっとこうしていたいと思うくらいにな……」
「レアード様……は、恥ずかしいかも、です」
「何を恥ずかしがる必要がある? 俺達は婚約関係にあるのだから」
契約とはいえ、婚約関係にあるのは事実。私はまだ赤く染まった頬のまま、レアード様と共に食堂をあとにしたのだった。
次の日の朝は夜明け前から避暑地に向かう準備が始まっていた。
(もっと早くに荷造りしていれば良かった……!)
と、やや後悔しながら荷造りをメイドと共に終わらせて朝食は時間が無いので部屋で軽く頂いた。朝食の前には着替えとお化粧、朝食を食べながら髪結いも済ませて荷物を用意して玄関ホールへと広大な王宮内を歩いて移動する。
(王宮内にも馬車があったらいいのに……)
玄関ホールにはレアード様とその侍従達が一足先に到着していた。国王陛下夫妻はまだのようである。
「レアード様! 遅くなりすみません! おはようございます!」
「メアリー、おはよう。こちらもついさっき来たばかりだから待ってはいないぞ?」
「で、でも……」
「気にするな。むしろお前を待たすのは嫌だからこれがちょうど良い」
私の唇に右手人差し指を当てながらそう笑顔で語るレアード様に、胸をどきどきさせてしまう。やっぱりこの人はなんだかずるい。
(女官になってから……契約してから胸がずっとどきどきしたりときめいたりしてる……)
国王陛下夫妻も到着し、いよいよ馬車に乗り込むと避暑地への大移動が始まる。
距離自体はそう遠くはなく、昼過ぎに到着する見込みだがなんせ移動する人の数が多い。なので外には馬車が数え切れないほど並んでいる。
(あっちが王家用、あっちからが使用人用か。すんごい並んでる……)
レアード様に手を繋がれ、私は王家用の馬車に乗り込む。
王家用の馬車は黒塗りに金色の装飾が細かく施されたものになる。
乗り心地はとても良い。それに今回はふたりっきり。
(色々意識してしまうかも……!)
馬車に乗り込み、しばらくするとゆっくり馬車が進み始める。そして王宮を出て街の大通りに差し掛かった。
「王家の皆さん! いってらっしゃいませ!」
「皆さん、良い夏を!」
あちこちから庶民や商人達が私達に温かい声をかけてくれる。いかに王家の者達が愛されているのかが理解できた。
「あっ、王太子殿下とメアリー様よ!」
「メアリー様! 今度はお幸せにね!」
(私にも声をかけてくれるなんて、嬉しい)
だが、その温かい声をかけてくれる人達の中にはあの女の姿もあった。
(アンナ……)
ピンク色のドレスにやや髪がぱさついているアンナが、私を厳しい表情で睨みつけていた。
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