第15話 海にて
あのアンナの姿……朝帰りだろうか?
「あれ、アンナ嬢か?」
「レアード様?」
「フローディアス侯爵の愛人だろう? まさかこんな所にいたとはな。穢らわしい。汚いものは見ないに限る」
レアード様に促され、私はアンナから目を逸らした。
そうだ、あんなもの見る必要なんてない。
「メアリー。辛いなら楽しい事だけを考えろ」
「はい、レアード様……」
「あの女はいつか必ず地獄に落ちる。自業自得と言うやつだな」
レアード様は口角を上げながらそう語った。
馬車は市街地を離れ郊外へと差し掛かる。建物の数が減り変わりに畑に森林の数が多くなる。
時折木々が風に揺られて、木の葉からはざわざわと音が鳴る。これがどこか涼しさを演出してくれているような気がした。
「……?」
レアード様はいつの間にか腕組みしたまま眠っていた。
(お疲れなのね。ここは休ませておこう。出来るだけ体力を回復させておかないと)
眠ったままのレアード様を起こさないように、窓の景色を眺めつつ、羽織っていた羽織物をレアード様の肩周りに掛けておいた。
(これでよし、と)
風景は郊外からのどかな農村部、そして山々に貴族の別荘が点在する箇所へと変わるといよいよ海が見えてきた。
(遠くからでも海が綺麗に見える。青い空に青い海のコントラストが綺麗……)
多分ここが目的地のはず。あちこちに畑や大きな貴族の別荘らしきものが点在し、その中でもひときわ大きい茶色い建物があるのが見える。
(あれが離宮……!)
「ん……」
ここでレアード様が目を開く。
「おはようございます。レアード様」
「ん、良く寝た……これ、メアリーのか?」
「はい、気持ちよく寝てらっしゃったので……お疲れでしたか?」
「ありがとう。おかげで気持ちよく眠れた。もしかしたら疲れが溜まっていたのかもしれないな……」
王太子という立場上、公務はたくさんあるし忙しいのも無理はない。それにレアード様は1人の人間で神様ではない。疲れが溜まってしまうのも仕方ない。
「お気になさらないでください。休める時に休んだ方が良いですよ」
「……メアリーの言う通りだな。あ、そろそろ到着するな」
(やっぱりここが目的地か。お腹すいた……)
ぐうーーとお腹が鳴る音が私とレアード様のお腹から同時に聞こえた。一瞬静寂が馬車の中に満ちるがすぐにレアード様がふふっと軽く笑ってその静寂を吹き飛ばす。
「俺達はどうやら空腹のようだな」
「そ、そうみたいですね……」
「よし、到着したらピクニックでもするか? 浜辺でのランチは格別だ」
「! いいですね、ぜひ!」
そして茶色い離宮の目の前で馬車は止まった。私はレアード様からエスコートされながら馬車を降りる。荷物はメイド達が入れてくれるようなので、この時間を利用して私とレアードは離宮のすぐそばにある王家のプライベートビーチにてピクニックに行った。
「メイドが後で食事を持ってきてくれるそうだ」
「そうなのですね。楽しみです」
目の前には寄せては返す穏やかな波とどこまでも広がる水平線、そして青空。風も心地よく吹いていてとても爽やかな景色だ。
それにここは北部なのも相まって、暑くなくて涼しい。
「良い風ですねえ……」
両手を広げて、船の帆のように風をその身に一心に受ける。それだけで風に乗って空を飛べるような気さえしてきた。
なので砂浜を両手を広げて駆け巡ってみた。けど、飛べる事は出来ない。
それでもほんの少しだけ、風に乗れたような気分を味わえた。
「風が気持ちいいか?」
「はい、レアード様! すんごい気持ちいいです!」
「もし、風に乗って空を自由に飛べたらどれくらい気持ちいいんだろうな」
レアード様は敷物を砂浜の上に敷き、その上に足を投げ出すようにして座りながら海を見ている。
「そうですね、きっとしがらみが全て消えてしまう位には気持ちいいんでしょうね」
「そうかもな。空を飛ぶ乗り物があったらいいのに」
ふっと笑いながらレアード様は空を見上げながらそうこぼした。もし、馬車に鳥のような羽が生えて空を駆け巡ったら面白そうだ。眼下の景色を眺めながら飛ぶ鳥を間近に見られて、雲だって掴めるかもしれない。
「なんだか空想が止まりませんね」
しばらくしてメイド2人が食事を持ってきてくれた。軽食ではなくちゃんと白いお皿に乗ったランチだ。
「お肉のローストとサラダ、あとはパスタ入りのスープになります。こちらパンと水です」
「ありがとうございます」。どれも美味しそうですね
「離宮の専属コックが腕によりをかけて作ったものになります。どうぞお召し上がりください」
「メアリー、食べようか」
「ええ! いただきます!」
靴を脱いで敷物の上へと座り、用意されたお手拭きタオルで手を拭いてからランチを頂く。
パンには切れ込みが入っており、そこにお肉のローストを挟んで食べる事が出来るのだ。試してみた所これがなんとも美味しくていくらでも食べられそうな気がしてしまう!
「おいしい!」
「む、ローストも良い硬さでソースが効いていて美味しいな」
スープも塩気が効いていてさらりと味わえて美味しい。穏やかな凪いだ海を眺めながらのランチ。はじめてのシチュエーションに胸が高鳴っている。
ちなみにこのランチを持ってきてくれたメイド2人も、離宮の専属メイドで出身地もこの街だそうだ。せっかくなので彼女達から話を聞いてみる事にした。
「ここは冬は寒くてよく吹雪いているくらいですけど、夏は涼しくて過ごしやすいので気に入っています。ね、シャロン?」
「ええ。カミアとはよく釣りをして過ごしていました。ここは魚もよく釣れますし、イルカやクジラがよく見れますね。彼らがいると魚が釣れなくなったり、海鳥がたくさんやってきたりする時もあります。あとシャチがクジラを襲って食べたりする場面も船から見た事がありました」
聞くだけでワクワクしてきた。この海にはそんな自然がたくさん詰まっているというのか!
「あれは……」
話の途中、レアード様の目線が海の方へと向いているのが見えた。そこにはグレー色の鎌形の何かが波間から見え隠れしている。
「あれはイルカですね……迷い込んだのかも」
とカミアが言うので私達は靴を履いて近くまで駆け寄って見る。
「やはりイルカですね。それに背中には傷跡があります。おそらく仲間に襲われたものかと」
「そうなの……」
心做しかイルカには元気が無いように見える。何とかして癒してあげたいが……。
「カミア、近くに仲間のイルカいない?」
「いないね、シャロン。もしかしたら虐められたのかな。皆さんあまり近づきすぎないようにお願いします。イルカに噛まれたりして襲われる事例は時々ありますから」
(そうなんだ、見た目はかわいいけど油断ならないわね)
イルカも仲間同士でそのような事をするのか。なんだか複雑だ。
「とりあえず、何か食べさせた方が良いだろうな。保護出来るなら保護した方が良い」
レアード様の指示により、傷ついたイルカは保護される事になった。
離宮の中庭には海水を引いた池のような箇所がある。十分広いスペースだし、そこなら虐められる心配も無い。
イルカは使用人達により、担架に乗せられて離宮の中庭へと移動されたのだった。
「仮に本当に仲間から虐められたとなれば、元の群れには戻せられないだろうからな」
「そうですよね、私でも戻りたくないですもん」
このイルカが早く元気になってくれるのを祈るばかりだ。
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