第5話 お飾り妻から女官へ
「は……?」
「聞こえませんでしたか? 離婚しましょうと言ったのです。結婚して1年、私はいまだに処女のまま。白い結婚が成立して離婚できます」
「……」
何かを言いたそうにしているのか、口をパクパクさせているウィルソン様。そんな彼にかける言葉はもう無い。というか早くこんな屋敷出ていきたい。
私は彼をスルーして自室へと移動する途中、ウィルソン様から待て! と声をかけられる。
「お前、離婚すれば侯爵夫人ではなくなるのだぞ。それでもいいのか?!」
「ええ、お飾りの侯爵夫人はもうやめます! アンナさんとお幸せに暮らしてください!」
と、言ったらなぜだか胸の中がすっきりとした。こんな爽やかな感覚は初めてだ。
「あれ、メアリー様?!」
道中、私の所有していたドレスを勝手に着用しているアンナとすれ違ったが無視して早歩きで自室へと向かう。遠くからはアンナが「メアリー様に無視されたぁ!」と騒いでいるが、離婚するんだからもう関係ない。もうこんな芝居に付き合わされるのも、終わりだ。
自室に到着後、ドレスに着替えて必要最低限の荷物をさっさとトランクの中に詰める。途中、通りがかったメイドが手伝ってくれた。
最後に近くにあった紙に私の署名と離婚します。という文言を書いた紙を用意し、再度玄関に突っ立ったままのウィルソン様へと放り投げた。
「それではごきげんよう」
「め、メアリー! 待ってくれ!」
(なんでこのタイミングで待てって言うのかしら)
彼の待て! という真意が分からず、私はそのまま彼を無視して屋敷の外に出た。
屋敷の外は今にも雨が降りそうなほど、曇り空になっている。
(王宮に行こう。行けば仮に追いかけられて来ても大丈夫)
トランクを抱えた状態で小走りで移動する。後ろを振り返るもウィルソン様達が追いかけてくる様子は無い。その様子に追いかけて来てくれたら良かったのに……。という未練がましい気持ちを抱きたくなるが、それを捨てながら馬車まで走った。
「すみません、王宮までお願いします!」
「おや、君は王宮の関係者か?」
「はい、そうです!」
合格を貰ったのだからもう関係者を名乗っても大丈夫だろう。御者はわかった。と頷くと私のトランクを座席に置いてくれた。
馬車は黒いオープンタイプ。貴族が使うような箱みたいな馬車とはまた違う。座席に乗り込むと勢いよく馬車が進み始めた。
(これから新しい人生が始まるのね)
さようならお飾り妻、こんにちは王宮の女官。これからは新しい道を歩むのだ。そう考えただけでワクワクが止まらない!
「そろそろ到着しますよ!」
御者からそう言われて私はトランクの持ち手をギュッと握り締めた。
そして目の前には巨大な白亜の王宮が現れる。荘厳な門の前で馬車は止まった。
「ありがとうございます」
御者に代金を支払い、門番へ女官に合格した旨を話すと取り次ぎするので玄関で待っていてほしいと言われた。
「わあ……」
玄関ホールはさすがというべき広さに豪華絢爛さだ。あちこちに絵画が描かれ、天井も高い。
「ではここでお待ち下さい」
「はい」
門番は左側の広大な廊下をかつかつと走っていき、次第に見えなくなる。それにしてもフローディアス侯爵家の屋敷とは比べ物にならないくらいの広さだ。
しばらくすると、左側の廊下から何人か男性と女性が近づいてくるのが見えた。真ん中には金髪の男性がいて、彼がその他の人間を引き連れているように見える。
「メアリー、待たせたな」
「……! あなたは」
「メアリー様。王太子殿下にございます。メアリー様には王太子殿下付きの女官としてお勤めして頂く事になります」
透き通るような薄い金髪にルビーのような赤い瞳。それに長身ですらりとしているけど、胴体は鍛え抜かれているのがわかる身体つき。この方こそが王太子レアード様。
結婚式の際、ガラス細工の贈り物をくださったのもこの方だ。
「は、はじめまして。メアリー・フローディアス、いや、メアリー・アイリクスと申します」
「離婚したのか」
すぐにレアード様からそう指摘される。無理もないか。
「はい……」
「法律を行使したか」
「そうなりますね。ウィルソン様とは夜を共にした事もなければろくな会話もありませんでしたから」
「それは知っている。君がお飾りのハズレ妻と呼ばれていた事もな」
「そうでしたか……それは手厳しい限りです」
「お前は何も悪くないじゃないか。悪いのはフローディアス侯爵とその寄生虫だろう」
ん、アンナを寄生虫呼ばわりしたな? ていうかレアード様には全てお見通しだったって事か……。
私がお飾り妻だと言う事は貴族及び社交界中に知れ渡っている。が、アンナの事はそこまで知れ渡っているとは思えないが……。
(アンナさんが言いふらしてるとか? それならレアード様の耳に届く可能性はあるか)
「レアード様はフローディアス侯爵家の内情にお詳しいのですね。さすがは王太子殿下」
「褒めてくれて何よりだ。早速仕事内容をお伝えしたい。付いてきてくれ」
レアード様はそう言うと、私の右手を取り軽く握ったのだった。
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