最終話 『0課』
「メインディッシュのつもりが、前菜になっちゃったな。まあ、いいや。お陰で、現役の刑事さんが手に入ったし。」と言って、須藤がニヤニヤしながらナイフを彼女に近づけると、冷蔵庫の中で横になっていた純子が起き上がって、隠し持っていた警棒で、須藤の顔面をクリーンヒットした。
燈は、自分に銃を向けている男が、純子と須藤の様子に目を奪われたその一瞬を逃さず、銃を持っている男の腕を跳ね上げ、股間を蹴り上げた。大振りにならないよう、最小限の振り幅で、最短のルートを、最速で。男は悶絶しながらも、銃だけは手から離さなかった。燈はすぐさま男と組合い、銃口が自分に向かないよう必死に男の腕を抑えた。男の頭突きが燈の顔面をかすめる。燈は、至近距離から膝蹴りで、再度男の股間を狙う。そのまま揉み合って、キッチンカウンターに燈が押し付けられて、銃口がゆっくり燈の顔面に向きかけた時、『バンッ!』と銃声がして、男が崩れ落ちた。
純子が銃を構えたまま、「燈くん、そこのナイフ拾って留め刺して。」と言った。
「えっ、ああ・・・。」と言って、燈はよろめきながらキッチンカウンターの下に落ちていたナイフを拾い上げた。
「もう死んでると思いますけど・・・。」
「相手はプロだからね。念には念よ。」
「そんなもんですか。・・・なんか嫌だな。足とか刺せば生きてたら反応あるんじゃないですかね?」
「プロなら我慢するかもよ?腕が疲れてきたから、もう足でもいいから、早くやっちゃって。」
「うーん・・・、何か気が進まないなあ。あ、そうだ、さっきキッチンでガムテープ見つけたから、とりあえず動けないように巻いちゃいましょう。」
「もう、早くしてよー。この形の銃ってなんか慣れないから、構えてると疲れるのよー。」
「ちょっと、純子さん!銃口こっちに向けないでくださいよ。」
「仕方ないじゃない、そいつがもし動いたらすぐに撃たなきゃでしょー?」
燈が何とかガムテープで男をグルグル巻きにして、純子と二人で男の首と手首で脈を取ってみると、完全に死んでいることが分かった。二人は「やれやれ」という表情で、顔を見合わせた。
「あれ?!須藤がいませんよ?!」
「あ、ホントだ。あいつ、中々タフね。」
「関心してる場合じゃ・・・。あー!あんなところに!」と言って、燈が庭から指差した先には、黒いピカピカのオフロードトラックが停車してあり、須藤は左右へヨロヨロとふらつきながらそこへ向かっていた。
「ねぇ、まだあいつから取れそうな情報ある?」
「いや、もうないでしょうね。ペラペラと良く喋りましたからね。携帯取り上げた方が早いでしょうね。」
「じゃあ、人間として生かしとく価値は?」
「ゼロです。」
「そーね。」と言って、純子はスッと銃を構え、「フゥー・・・。」っと、短く息を吐いて、引き金を引いた。「バンッ!」
「うわっ!頭半分吹き飛んじゃいましたね・・・。純子さんってホントに人撃ったことなかったんですよね?」
「失礼ね。人間を撃ったのは今日がはじめてよ。まあ、動物撃つ時ほど罪悪感は感じなかったけど。」
「じゃあ、オレ、須藤から携帯取り上げて来ますね。」
「・・・。ねぇ、今、銃声しなかった?」
「え? 何も聞こえませんでしたけど。」
「そう?気のせいかしら。」
「当った?」
「課長、バカにしてるんですか?」
「いや、だってこの距離で一発って、もうちょっと喜んでもいいんじゃない?」
「遊びでやってるんじゃないんですから。ところで、あの二人は本当に放っておいていいんですか?」
「ああ、大丈夫だろ。ちゃんと自分達で処理するさ。それより、本当に見張りは一人なんだろうな。」
「間違いありません。手配したのは私ですから。あいつさえ始末しとけば、今日のことが露見することはありません。あの見張り兼スナイパーも、身寄りがなく行方不明になっても誰も騒ぎませんから。」
「怖いねえ。なんか鈴木君、潜入してだんだんあっちの人間になっちゃってないよね?」
「冗談言わないでください。杉本課長の指示だからやってるんです。」
「そうか。じゃあ、申し訳ないけど、引き続き黒幕の調査と、誘拐される一般市民の保護を頼むよ。」
「はい。引き続き、『まっとうな一般市民』なら保護します。」と、鈴木はメガネのブリッジを、人差し指の先で丁寧に持ち上げながら言った。
「あ。あと、今回のことは、他の『0課』のメンバーには内緒で。」
「あれ?あの二人も『0課』に迎え入れるんじゃないんですか?」
「うーん、そのうちね。」
「なんか、あの二人に思い入れがありそうですね。」
「それもあるけど、『1課』に誰もいなくなったら、俺が寂しいじゃん。」
「・・・。課長、相変わらずですね。」
「今日でもう三日目か。やっぱり来そうにないわね。掃除屋。」
「ですね。やっぱり、須藤が完了連絡入れる仕組みだったんじゃないですかね。」
純子と燈は、純子のPCで別荘からの映像を見ている。
「ところで、須藤の方は何かニュースになってますか?」
「いや、まだね。社長が行方不明になってるんだから、会社の上層部はザワついてると思うんだけど、誘拐事件も視野に入れて警察に届けるべきか相談中か、はたまた悪の組織が裏から手を回してるのか・・・。」
「会長あたりが、実は『狩り』の会員で、行方不明自体をもみ消そうとしてるとか?」
「なんか、燈くん楽しそうね。」
「そういう、純子さんこそ、ニヤついてますよ。」
二人が楽しそうに言い合いをしていると、「おーい、純ちゃん。中本さんが来てるってよー。お通しする?」と、課長の杉本が声を掛けた。純子は「はーい。私が迎えに行きます。」と言って、PCを閉じて席を立った。
燈は杉本の顔をみて、須藤に言われた『上司は部下が何をしているのかも把握していない。違うかい?』という言葉を思い出した。
「燈ぃ~。なんか事件でも解決したか?お前も、純ちゃんも、最近スッキリした顔してるぞ。」
「えっ、分かりますか?」
「お、やっぱりか。そりゃあ、分かるよ。悪人を倒す、お前たち在っての『謎特1課』だからな。」と言う、杉本の満面の笑みを見ていると、燈は誇らしげな気分になった。
「課長。今日あたり、久々に飲みに行きませんか?」
「おおー!燈が誘ってくれるなんて珍しいな。誘ったからには、奢らんぞ!割り勘だからな。」
「分かってますよ。純子さんにも声かけときます。」
「えぇー、それって、結局俺の奢りじゃん。また、奥さんに怒られちゃうよ。」
燈は、ブツブツとぼやく杉本を見ながら、いつか杉本が言っていた言葉を思い出した。『純ちゃんや燈みたいな人間が集まってくるのも運命で、俺たちに出来ることをやれって言われてる気がするんだよな。』
「ホント、そうでね。これからもよろしくお願いします。」と言って、燈は『謎特1課』のドアを開けて外回りに出かけた。
「え?それって、俺に毎回奢れってこと?ねぇ、燈?どこ行くんだよー。おーい。」
西署のエントランスは、知らない人が見たら美術館か、博物館に見えるほど立派だ。それは毎日同じ景色だが、今日の燈には、少し違う景色に見えた。
おわり
是非、次回作にもお付き合いください。
『謎特1課』未解決事件簿-謎の島- シカタ☆ノン @shikatanon
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