第6話 探り合い

 佐藤さんが喫茶店に入ってきたのは、燈が注文したコーヒーが運ばれてきたのとほぼ同じタイミングだった。西川が立ち上がって、佐藤さんに向かって軽く会釈をすると、佐藤さんも会釈を返して西川のテーブルの向かいの席に掛けた。西川が珍しくスーツを着てマンションから出てきたので、佐藤さんと面会する予感はあったが、こうして実際に西川が佐藤さんと接触すると、燈はこのまま泳がせておいて良いのかと葛藤した。

 燈が、『西川が佐藤さんと接触。そちらに動きは?』とメールすると、すぐに『こちらは動きなし。仕事のスケジュール通りの行動。』と、純子から返事があった。

 「わざわざすみません。ご用事であれば、こちらから会社に行きましたのに。」

 「いやいや、社長からお世話になった佐藤さんに、個人的な贈り物ってことなんで、取りに来てもらう訳には行きません。それよりも、何か注文してください。これも社長に言われてますんで。さあ、どうぞ。」

 「ありがとうございます。それでは、・・・」と言って、佐藤さんは店員にアイス・カフェラテを注文した。

 『喫茶店にいます。多分飲み物に何か入れられますよ。』と、燈はメールした。

 『冷静に。計画通りに。』と、すぐに返事があった。

 西川は、恐らく松藤建設の社員を装って、『社長から指示を受けた』などと言って、佐藤さんを呼び出したのだろう。もしかすると、須藤社長から直接佐藤さんに連絡が入っているのかも知れない。そうでなければ、西川の言葉使いや態度は、とても社長から直接指示を受けるような立場の社員には見えない。

 西川は、「社長が感想を教えて欲しいと言ってましたんで、プレゼントを開けて見てください。」と言って、自分のコーヒーカップと、佐藤さんのアイス・カフェラテをテーブルの脇に動かした。この時、おそらく西川は佐藤さんの飲み物に何かを入れた。作業慣れしてきている。

 佐藤さんがプレゼントの箱を開ける。箱から出てきた万年筆を見て、目を輝かせている。トイレに立つ西川。万年筆を見ながら社長へのお礼の言葉を考えているのか、佐藤さんは笑顔でアイス・カフェラテを一口。2分後、西川がトイレから戻る。

 「あの、佐藤さん大丈夫ですか?何か調子悪そうですが。」

 「すみません。あれ、どうしたんだろ・・・?なんだか目まいがしてきて・・・。」

 「それは、いけません。車で送りましょう。」

 「いえ、大丈夫です。家はすぐそこなんで・・・。」

 西川は、店員に「お代はここに置く」と、テーブルに3千円を置いて、既に意識のなさそうな佐藤さんを抱えるようにして喫茶店を出て行った。燈は、テーブルに置き去りになった万年筆を胸のポケットにしまって、二人の後を追った。


 別荘のリビングの真ん中には、佐藤さんの眠る冷蔵庫が扉を開けて置いてあった。燈は、佐藤さんに服装の乱れや外傷がないか入念に確認した。後を追っている最中、細心の注意を払ってはいたが、ホッと胸をなでおろした。佐藤さんの手にはメモが握らされていて、『会社が産業スパイ事件に巻き込まれた。君の安全を確保するため、しばらくここに身を隠してくれ。落ち着いたら連絡する。』と、書いてあった。燈は、そのメモを丸めて自分の上着のポケットに突っ込み、代わりに喫茶店で回収した万年筆を、佐藤さんの上着のポケットにしまった。

 『佐藤さんは、立花と同じ別荘に運ばれました。まだ眠ったままですが、無事です。』

 『了解。暴行の痕跡は?』

 『確認しました。大丈夫です。』

 『一番の心配事はパスしたわね。じゃあ、後は計画通りに。須藤のスケジュールから見ると、決行はこの土曜日。』

 

 土曜日の午前11時。燈が、早めの昼食を取っておこうと、持参したサンドイッチを齧っていると、ヘイコプターのけたたましい音が別荘の上を通過した。燈は、「もう来たのかよ。張り切り過ぎだろ。」と言って、半分齧ったサンドイッチを袋に戻して身を隠した。そして、目を瞑って耳を澄ませる。

 およそ10分後、別荘から少し離れた場所に車が停まる。音からして、大型のオフロードトラックか。車のドアが閉まる。別荘の周囲を慎重に歩く音。おそらく中の様子を覗っている。玄関のドアをゆっくり開けて中に入ってくる。銃を顔の前に構えている。リビングまでの各部屋に人がいないことを確認しながら冷蔵庫に近づく。

 「おいおい、嘘だろ?まだ寝てるのか?」と言って、須藤が冷蔵庫に手を伸ばした時、「動くな!」と、部屋のスピーカーから燈の声が響いた。

 「おっと、これは驚いた。同じ穴のムジナ・・・、ではなさそうだね。」

 「警察だ。両手を頭の後ろに組んで床に伏せろ。」

 「その声。君、九条燈君だろ?知ってるよ。君、一人だろ。」

 「・・・」

 「どうやら、正解のようだね。君の目的は良く分からないが、単独行動じゃ何もできないだろ?姿を見せてよ。じゃないと、このまま彼女を殺しちゃうよ?」

 「出来ないだろ?折角の獲物を、眠ったままあっさり殺すなんて、お前には出来ない。」

 「・・・どうやら、君も僕の事を良く知っているようだ。少し話をしよう。銃はそこのテーブルの上に置く。それならいいだろう?」

 「ナイフも持ってるだろ。銃は庭に投げ捨てて、ナイフはキッチンカウンターの上に置け。」

 「やれやれ、ホントに良く知ってるな。」と言って、須藤はリビングの大きな窓から庭に銃を投げ捨てた。太ももに装着していたナイフを取り出してキッチンカウンターに置いて振り向くと、燈が投げ捨てられた銃を構えて立っていた。燈は、銃口を須藤に向けたままリビングに入って来て、「そこの椅子に座れ。」と、顎で椅子を指示した。

 須藤が椅子に座ると、燈も椅子を持ってきて須藤の正面に座った。銃は燈の膝の上、銃口は須藤の下腹部に向けられている。

 「なぜ、オレを知っている?」

 「偶然さ。彼女に恋人がいないか身辺調査を探偵に頼んだら、君が彼女を尾行していた。ストーカーかと思って君を調べたら、なんと警察だった。」

 「なぜ、俺が単独行動だと思った?」

 「思った?じゃなくて、事実だろ。金持ちはコネが多い。君が窓際の部署にいて、その部署では、上司は部下が何をしているのかも把握していない。違うかい?だから、当然拳銃所持の許可なんか下りないから、こんな危険な状況でも、君は丸腰だ。」

 「・・・。」

 「おっと、すまない。侮辱する気はないんだ。でも、分からないこともある。君は一体何がしたいんだ?今は僕に銃を向けて優位に立ってはいるが、一歩間違えば、既に死んでた。要求は何なんだ?金が欲しいだけなら楽なんだけどな。」

 「お前が関わってる全ての事件と、この島を含めた全貌を言え。」

 「おいおい、君一人じゃ荷が重いよ。知ってどうするんだい?知ってもすぐに死んじゃうよ?悪いことは言わないから、当面困らないだけのお金をあげるから、どこかで静かに暮らしなよ。」

 「余計なお世話だ。いいから、言え。」

 「やれやれ・・・。そうだな、僕は今までに16人殺した。15人はこの島で、1人は島の外。」

 「その1人っていうのが、中本君だな?」

 「中本・・・。あー、そう!中本君って名前だったな。野球やっててさ。期待されてたから、極度の緊張と闘いながら一生懸命、青春真っ只中を『生きてる』って感じで、ついそんな子の命を、僕の手で強制的に終わらせることができたら、って考えたら自分を止められなくなっちゃってね。」

 「お前みたいなクズが、まだ他にもいるのか?」

 「クズとは心外だな。自慢じゃないが、僕が殺した人間を全部集めても、一生分の納税額は僕の方が遥かに上だ。僕の会社の事業を考えれば、社会的な貢献度もかなり高い。国民のためになっているという点では、警察の君とも通ずるところがあるんじゃないか?」

 燈はウンザリした様子で、肩のコリでも取るように首を左右に少し傾けた後、銃口を須藤の顔に向けた。

 「分かったよ。クズで結構、価値観の相違だ。僕みたいなクズが、この島で同じようなことをしているかは知らない。が、予想だと、複数いる。何故なら、『狩り』を予約すると、狩るべきターゲットのいる別荘が指定される。僕がヘリで上空から見る限り、同じような別荘が何個もあって、それぞれに人の気配がある。それは、違う別荘にいる人間は、違う『予約客』の獲物だから近づくなってことだと思う。」

 「その『予約』について、詳しく教えてもらおうか。」

 「それは言えない。というか、知らない。と、言った方がいいかな。僕が言えることは、どうやって『狩り』を知ったかと、『予約』を取るための電話番号くらいだけど、それを僕の口から君に伝えるのは、リスクとリターンがマッチしていない。」

 「どういう事だ?」

 「それを言うと、僕は殺される。確実に。そして、その情報は多分君でも頑張れば入手できるだろうし、その情報から大元に行きつくことはない。リスクとリターンがマッチしていない。」

 「なるほどな。」

 「どうやら、君は思っていたより賢いみたいだ。僕が話した内容も、大方予想通りだったんじゃないかい?どうする、初めの提案通り、お金をもらって静かに暮らす気になったかい?」

 「いや、たとえお前が死んでも、持っている情報は全てもらう。」

 「やれやれ。じゃあ、僕としても、ここからは死ぬ気で抵抗しなくちゃいけないわけか。」と言うと、須藤は素早くベルトのバックルから隠しナイフを抜いて立ち上がり、座っていた椅子を燈の方へ蹴飛ばした。燈も同時に立ち上がり、飛んできた椅子を足で蹴り払って、銃口を須藤に向けた。

 「やめろ。二度は言わない。」

 須藤は嬉しそうにニヤニヤしながら、腰からアーミーナイフを取り出して、小型の隠しナイフと持ち替えた。小刻みにリズムを取りながら、右手に持ったアーミーナイフをジャブのように繰り出しながら距離を詰めてくる。嬉しそうだ。

 燈は、構えていた銃を投げやすいように持ち直し、クイックモーションで須藤の顔面目掛けて投げつけた。まさか銃を投げてくるとは思っていなかった須藤の顔面に、それは見事に命中し、ほぼ同じタイミングで間合いを詰めた燈の前蹴りが、須藤のみぞおちを的確に捉えた。須藤はたまらず倒れ込む。燈は間髪入れずに、ナイフを持った須藤の右手を足で踏んで骨を砕き、そのまま呼吸ができなくなっている須藤の上に跨り、顔面に合計4発の正拳突きを入れたところで、「動くな!」と、キッチンカウンターの向こうから声がした。

 須藤と同じような、迷彩服にゴーグルをした男が銃を燈に向けたまま近づいてきて、銃口をピタリと燈の額に着けた。

 「遅いよ・・・。」と、須藤がヨロヨロと燈の下から這い出しながら言った。

 「そのまま、その刑事さんを見張ってて。絶対に殺さないでね。僕が殺るから。」と言って、須藤はズルズルと這うように冷蔵庫まで行った。

 「ところで、君。もしかして、あの銃に弾が入ってないって知ってたの?」

 「お前は探偵からの情報で、オレが今日待ち伏せしてるのを知ってた。丸腰だと知ってたから、出来れば銃で殺そうとは思ってなかったんだろ?忙しい中、地道に通ってんのは戦闘武術だっけ?どうせ、いつか実践で試してみたい。とか思ってたんだろ?現役の刑事相手なんて、滅多にない機会だしな。それに、銃構えてる相手にナイフだけで平然と向かってきたら、弾なんて入ってないのバレバレだろ。」

 「ははは。そりゃそうだ・・・。雇った探偵と連絡が取れなくなったと思ってたら、君が裏で手を引いてたんだな。あー、痛てて。それにしても素手の相手にナイフ持ってても勝てないとは、もっと精進しなきゃな。結局、保険で連れてきたプロの力がなきゃダメだったか。やれやれ。でも、痛い目に合わされた分、ここからが最高に楽しくなっちゃったよ。」

 須藤は冷蔵庫にもたれ掛かりながら何とか立ち上がると、折れていない左手でジャケットのジッパーを下ろして、また違うナイフを取り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る