第5話 社長の本性
翌週の水曜日、二人は港から物資を載せた島行きの船に乗り込んだ。調べたところ、島に行く船は週に一度この便しかない。
「ねぇ、帰りはどうするの?この船って4時間後には戻っちゃうんでしょ?」
「最悪の場合は、島に停泊してるスポーツボートを拝借しましょう。オレの予想では、ボートの持ち主達はあの島には住んでないので。」
立花が殺された翌日、作業服を着た3人組が立花の家に現れた。2人は男で、1人は女だった。女の指示で男達が手際よく立花の死体をどこかに運んでいくと、女が血の付いた箇所に次々とテープでマーキングを始めた。男達が戻ると、3人で清掃と片付けをした。白いマーキングの所は洗剤を付けて清掃を、青いマーキングの所は清掃と壊れた箇所の修繕を、黄色マーキングの物は取り払われ、別のものと交換された。明らかに手馴れた作業だった。
「そう言えば、課長には何て言ってあるんですか?」
「課長なら大丈夫よ。今週は現場から現場で、ほとんど課には顔出せないって言ってたから。」
「課長って、なんか忙しそうですよね。何かの事件でも追ってるんですかね?」
「さあ?『謎特』って、未可決でさじ投げられた事件しか扱ってないから、お互いの進捗報告なんてしないからね。」
「そもそも『謎特』って、うちしかないのに何で『1課』なんですかね?」
「・・・それもそうね。考えたこともなかったわ。昔は『2課』や『3課』があったとか?って、ある訳ないか。」
二人は立花が住んでいた別荘に着くと、別荘周辺を20分ほどかけて入念に調べた。周囲には人気もなければ、防犯カメラの類も見当たらなかった。別荘内にも人気は感じられなかったが、一先ず呼び鈴を押してみた。
「やっぱり誰もいないわね。勝手に入っちゃう?」
「ここまで来て、タダでは帰れませんしね。」
二人は立花の殺された庭と、男が出てきたリビングを入念にチェックした。
「燈くん、何かあった?」
「これを見てください。」と言って、燈は庭にある切り株を指さした。
「あら、銃弾ね。」
「キレイに整備されてますが、良く見るとあちらこちらにありますね。かなり古いものもあります。リビングはどうでした?」
「ここと同じよ。しっかり修復されてるけど、あちこちに銃弾やナイフの痕があるわ。」
「これって、立花がやられた時のやつだけじゃないですよね。」
「そうね・・・。」
「社長。聞いてますか?大丈夫ですか?」
「ああ、すまない。ぼーっとしてたよ。もう一度16時の予定から言ってくれないかな?」
須藤は、秘書の佐藤が午後の予定を読み上げる間、携帯で立花の死体をバックに自撮りした画像を眺めていた。「やっぱり、ナイフは刺したまま撮った方が良かったかな・・・」と考えながら、最後に立花の背中にナイフを突き立てた時の感触を思い出していた。
「・・・以上です。やはり19時の夕食会は、20時に変更しましょうか?」
「ん・・・、ああ、そうだね。そうしてもらえると助かるよ。ところで、もうすぐ父の日だけど、佐藤さんのご両親はご健在なの?」
「私は幼い頃に両親を亡くしてしまったので、祖父母が親代わりでしたが、その祖父母も随分前に亡くなったので、父の日も母の日もずっとスルーですね。」
「そうか。それは寂しいね。他にご兄弟やご親戚は?」
「田舎に叔母がいますが、上京してからは全く会ってませんね。たまには連絡してみようかな・・・。」
「それがいいね。」と須藤は言って、目の前で笑顔を見せる佐藤の白い首筋に薄く浮かんだ、青い血管をなぞるように見ていた。
「やっぱり、そうだ!ねぇ、見てよ。こいつじゃない?」
「確かに似てますね。何者ですか?」
純子は開いていたPCのページを、一番上までスクロールして燈に見せた。
「松藤建設社長『須藤謙十郎』ですか・・・。良く見つけましたね。」
「ちょっと前のニュースで、不祥事か何かでこのイケメンが謝罪してるとこ見たのよね。燈くんもニュースくらい見なさいよ。」
燈は携帯で『松藤建設 須藤謙十郎』と検索して、須藤が出演している動画を見た。体格も所作も、立花を殺した犯人に似ている。
「純ちゃん、中本さん来てるってよ。お通しする?」と、課長の杉本がPCの向こうから言った。純子は慌ててPCを閉じて「はい。私が行きます。」と言って、中本さんの対応に向かった。
「なあなあ、燈。最近、純ちゃんに振り回されてないか?」と、杉本が心配そうに聞いた。
「いやいや、全然。むしろ助けてもらってます。」
「なら、いいけど。機嫌損ねて、猟銃で撃たれないように気をつけろよ。バンッ、バンッ!」と、杉本は両手で銃を構えるマネをして笑った。「課長がこの人で良かったよ。色んな意味で・・・」と燈は心の中で呟いて、杉本に合わせて作り笑いした。
燈が西川の尾行をしていると、純子から『緊急会議招集!』とメールが入り、西川のマンション近くにある居酒屋に集合した。燈が資料に目を通している間に、純子はゴクゴクとビールを飲み干し、おかわりを注文した。
「どう思う?」
「どうって・・・、これは・・・。」
「まさか、ここに繋がるとはね。」と言って、純子はテーブルの上の資料に写っている写真を眺めた。その写真には、二人の男が笑顔でがっちりと握手をしており、記事には『県庁リニューアルで、地元発の大企業 松藤建設とタッグ。【写真は右から中本知事と須藤社長】』と書いてある。
「須藤も高校の時は野球をやってたみたいで、中本知事と知り合ってからは、大きな試合の度に、知事の甥っ子さんの応援に来てたみたいよ。わざわざ東京から。」
「それって、中本さんの息子さんってことですよね。夏の予選大会前に行方不明になった・・・。」
純子は黙ったまま、運ばれてきた2杯目のビールを一口飲んだ。
「でも、誘拐する対象としては条件が悪過ぎますよね。突然いなくなったら、みんなが騒ぐと分かり切ってる。」
「真相は突き止めるとして、気になることがもう一つ。今の須藤の周りに、『ビジネス』の対象になりそうな人間がいないか調べたの。」
「それは、つまり、いなくなっても誰も騒がないような人物ってことですか。」
「そう。あんなでっかい会社だから、探せっこないと思ったんだけど、先月の大きな社内人事で海外勤務を言い渡されて、現在は出向準備で会社に出勤せず、自宅で語学研修中の社員が6名。その中の一人に、両親も兄弟もいない地方出身の女性が一人。しかも、その女性はつい最近まで須藤の秘書をしていた。」
「女性の行動は毎日須藤に監視されてたようなもんですね。あ、・・・この佐藤って人ですね。住所は、えーっと・・・、ここからなら歩いて行けるな。純子さん、これ持って行きますよ。とりあえず安否確認してきます。」と言って、燈は残ったビールをグイっと飲み干して、純子の持ってきた書類をつかんで足早に出て行った。
「その行動力が、燈くんのいいとこだよ。」と、純子は出て行く燈の背中にジョッキを向けて乾杯した。
「須藤さん、それはルール違反ですよ。それは須藤さんにとっても、あまりにもリスキーです。」
「そこを何とか頼むよ。前回だって、何も知らない普通の人って頼んだのに、行ってみたら見るからに犯罪者って感じで、正直『またか』って気分になっちゃったし。」
「だからと言って、ターゲットを指定して狩っていたら、動機や人間関係から辿られてすぐに刑務所行きですよ。」
「5年前の野球少年の時は、上手くやってくれたじゃないか。」
「あれは最悪でした。二度と御免です。衝動的に殺しておいて後処理を頼むなんて、我々のビジネスからは大きく外れています。あれがバレてたら、須藤さんを担当している私も消されてました。」
「だから、あの時以来ずっと『狩り』だけで大人しくしてるじゃないか。ねえ、また袖の下をはずむからさ。大丈夫さ、絶対にバレやしない。君は偶然、身寄りのない佐藤という人物を狙うよう依頼するだけ。」
「その人物は、偶然須藤さんの秘書だった人間で、偶然海外転勤準備中で出社してなくて、行方不明になっても当面は騒ぐ者もいない・・・、ですか。出来過ぎてませんか?」
「彼女の退職届は処理しておくよ。退職後に彼女が行方不明になっても、僕には前科もないし、社内の評判もすこぶる良い。同情されることはあっても、疑われることはないよ。」
「・・・。いくら出すんです?」
「そう来なくちゃ!野球少年の時と同額でどうだい?もちろん領収書は要らないよ。ははは。」
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