第4話 謎の島

 それから数分後、鈴木と思われる人物がマンションから出てきた。

 「ねえ、あいつじゃない?なんだか、ただのサラリーマンにしか見えないわね。」

 「はい。とてもさっきの話が、あの男から出た言葉とは思えませんね。」

 「ねぇ、さっきの話って、やっぱ本当なんだよね?」

 「多分・・・。立花が『お茶っ葉』でメガネの男に接近した理由も理解できます。」

 「なんか、私たちとんでもなく大きな事件に出くわしてない?」

 「しかも、全部違法な手段で掴んだ情報です。」

 二人は階段の踊り場で、顔を見合わせて「はぁ~・・・。」と、大きなため息をついた。


 「株主の皆様には多大なご心配をお掛けしてしまい、大変申し訳ございませんでした。今後、このような疑念が発生しないよう、社員一丸となって発生原因の撲滅に努めます。本日はご多忙の中お集り頂きありがとうございました。」

 こう言うと、須藤謙十郎は深々と頭を下げたまま、会場の株主からの罵声を浴び続けた。

 「社長、お疲れ様でした。大変お疲れのところ申し訳ありませんが、会長がすぐに来て欲しいとのことです。」

 「ああ、だろうね。分かってるよ。すぐに行くと伝えておいて。ああ、それと佐藤さんもご苦労様。」

 「いえ、私なんて社長のご苦労に比べたら、苦労と呼べるようなものじゃありませんので。」

 須藤は控室の椅子に座ると、テーブルに用意されていた冷たい水を一口飲んで、天井を見上げてため息をついた。3週間前からじっくりと対応を検討してきた株主総会が終わり、想定以上の罵声は浴びたが、役員一斉交代という最悪の事態は回避できた。新聞報道された疑念と、今期の業績から考えれば上々の結果だろう。だが、会長の松藤への報告の事を考えると、須藤は腹の底に重い鉛のような憂鬱を感じた。

 松藤は須藤が社長を務める松藤建設の会長で、典型的な創業家のボンボンである。今期の業績悪化は、役員の制止を無視して進めた松藤会長肝入りの新事業の失敗が原因で、松藤が傾きかけた新事業を立て直そうと、関連企業の幹部へ過剰接待をしたことが新聞にすっぱ抜かれ、発覚はしていないが実際に松藤は接待の際に多額の現金を手渡していた。

 その全ての責任を社長の須藤に押し付け、役員交代だけは回避するよう指示した松藤は、株主総会の矢面には姿を現さず、本社の会長室で須藤の報告を待っている。いつものことだが、須藤は創業家出身というだけで威張り散らして失敗は社長に尻拭いさせ、労を労う訳でもなく懲りずに同じことを繰り返す松藤の顔を見るだけで、吐き気を催すことがある。

 「そろそろお時間ですが、社長、大丈夫ですか?」

 「ああ、すまない。考え事をしていた。行こうか。」

 「あの、会長には社長の体調が優れないということで、今日のところは、概要だけ私の方からご報告致しましょうか?」

 「体調が優れないというのは、私の立場ではあまり良い言い訳じゃないな。大丈夫、ちゃんと行くよ。相変わらず佐藤さんは優しいな。ありがとう。」と言って、須藤は秘書の佐藤の白い首筋に浮かんだ、青い血管の筋を眺めた。

 「社長、どうかなさいましたか?」

 「いや、やっぱり疲れてるのかな。あと5分だけ休ませてもらえるかな。」

 「かしこまりました。では、私は車でお待ちしています。」

 佐藤が控室を出て行くと、須藤は携帯を取り出して電話をかけた。

 「やあ、久しぶりだね。・・・ああ、やり切れないことが多くてね。そろそろ『狩り』がしたいんだけど、牧場の具合はどう?・・・へえ、それはいいね。今回はいかにも犯罪者って感じより、何も知らない普通の人って感じがいいな。・・・ああ、いつもすまないね。じゃあ、近いうちにお邪魔させてもらうよ。」


 「ねえ、もう1週間よ。何かこいつ、すっかり馴染んじゃってない?」

 「うーん、そうですね。全く全貌が掴めませんね。何かテレビ番組でも見てるみたいな気分になってきました。」

 「ホントそれよ。私なんかオチがどうなるんだろうって、ちょっとワクワクしちゃってるもん。」

 純子と燈は、土曜日の『謎特1課』の会議テーブルでモバイルオーダーした昼飯を食べながら、携帯の画面に映し出された立花の姿を見ている。

 立花がさらわれたのは1週間前の事である。あの盗聴の直後から、燈は西川の尾行を続け、純子は立花の経歴を調べた。純子の調べによると、立花は何度も逮捕されていた。手口はいつも同じで、ネットカフェに寝泊まりしている少年少女に声をかけ、しばらく面倒を見て信用させた後、仕事を世話してやると言って様々な顧客に売り渡していた。風俗業に売り渡された子の中には、精神を病んで自殺した子もいた。純子は立花を人間のクズだと吐き捨てた。

 立花が再び西川の家を訪れて、西川が運転する車で二人が出かけたのは尾行開始から2日目の夜だった。純子と燈は、純子が借りたレンタカーで後を追った。西川の運転する車は、引っ越し業者の倉庫に入った。純子と燈は、遠目から双眼鏡でその様子を覗った。西川は車を止めると助手席のドアを開けて、立花を引っ張り出した。

 「もう立花は薬で眠らされてるみたいですね。ここで押さえても真相には迫れませんがどうします?」

 「泳がせましょ。」

 「その場合、立花死んじゃうかも知れませんよ?」

 「自業自得でしょ?」

 「・・・ですね。」

 倉庫には業務用の冷蔵庫が置いてあった。扉を上に開けるタイプの大型の物だ。西川は立花をそれに入れると、さっさと車に乗って行ってしまった。

 「行っちゃったわね。確かに、これで儲かるならいい仕事ね。」

 「取敢えず西川は放っておいて、立花がどこに連れて行かれるのか調べましょう。オレはこのままあの冷蔵庫について行くんで、純子さん、課長にまた上手い事言っといてもらえますか?」

 「分かった。燈くん、これ。役に立てば使って。ソーラー充電だから。」と言って、純子は小型のカメラを燈に手渡した。

 その後立花の入った冷蔵庫は、配送業者に他の荷物と一緒に港まで運ばれ、船で島に到着した。冷蔵庫は島の港から配送業者によって、別荘のような立派な家に運ばれた。燈が配送業者から冷蔵庫の配送先を聞いて別荘に辿り着いた時には、別荘には誰もおらず、広々とした1階のリビングに立花の入った冷蔵庫が扉を開けた状態で置いてあった。燈はあたりを見回して、誰もいないことと防犯カメラが設置されていないことを確認して、庭からリビングに入った。「はあ、不法侵入か。最近歯止めが効かなくなってきたな。」

燈は冷蔵庫の中で寝息を立てている立花のポケットに、何か入っているのに気が付いた。小さなメモには『お前のやった仕事でヤバい連中がお前を探している。しばらくそこで身を隠せ。西川』と、書いてあった。おそらく、西川が保身のために考えた嘘だろうと燈は思ったが、西川に恩がある立花は信じるのかも知れない。燈はリビングから外に出ると、家全体が見渡せる場所に純子から受け取った小型カメラをセットした。

それから1週間。暇さえあれば二人でこうして立花の様子を見ているが、西川のメモが効いているのか、立花は自分の置かれた状況に全く警戒する様子もなく、昼間から酒を飲んでテレビを見て過ごす毎日を送っている。

「ねえ、こいつって、お金はどこから調達してんだろ。」

「そこはオレも不思議に思ってて、毎日のように酒とツマミ買って来てますよね。」

「酒とツマミはどこで買ってんの?」

「なんか、個人商店みたいな小さな店が港の近くにあったんで、多分そこでしょうね。」

「他には何があるの?」

「詳しくは見てないですけど、他にも大きな別荘がチラホラあって、港にはスポーツボートみたいなのも停泊してましたね。」

「金持ちの別荘地ってとこかしら。で、なんて島なの?」

「それが調べたんですが、どうも地図に載ってないみたいなんですよね。」

「あっ・・・。」と、純子が言ったので、燈が携帯の画面を見ると、庭で血まみれの立花が倒れていた。

「えっ、何があったんですか?」

「良く分かんないけど、今見たらこうなってた・・・。」

二人がじっと携帯の画面を覗き込んでいると、立花が這って庭の池の方に向かっていた。すると、リビングから迷彩服を着た男が出てきた。男は立花の後ろに立つと、立花の背中に銃口を向けたが、思い直したように銃をホルスターにしまい、腰から抜いたナイフで立花の背中を刺した。男は動かなくなった立花の背中からナイフを抜くと、今度は携帯を取り出して、自分の付けていたゴーグルを外し、髪型を整え、立花の死体をバックに自撮りを始めた。

「燈くん、これってどういう状況?課長に報告する?」

「なんて報告するんですか?誘拐されるの放っておいたら殺されちゃいましたって?」

「・・・それも、そうね。じゃあ、取り合えず現場検証に行く?」

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