夢幼《むよう》のお祭り

空代

夢幼のお祭り

 怖い話、と言われても。私そういうのなにもないよ。ないない。どっちかというと水差しちゃいそうだから黙っていたんだよ。勘弁してよ。


 ええー、不思議な話もないなあ。百物語なんて思い付きでやるものじゃないって、というか思い付きでやったなら私のことは放っておいてよ。……うーん、ほんとないんだって。

 何か不思議なことって言われてもなあ。私は私の脳みそを信じていないから、だいたい錯覚って思うし、夢は夢だし……。ああいや、皆のその話はそれでいいと思うんだ。私が、私の脳を信用していないってだけ。


 ん? うーん、そうか。ただの夢だしなんてことないものでいいなら、じゃあ、妄想の種になりそうなくらいの、ささやかな面白みのないことでもいいなら。ひとつはひとつだもんね。じゃあ、うん、昔の夢でも話そうかな。

 子どものころに見た、夢の話。


 * * *


 記憶では、多分小学校低学年くらいの頃。

 私が思い出す記憶では何となく年長さんくらいの自分が浮かぶけど、同時に低学年の私も浮かぶから、多分こっちだと思うんだよね。とはいえ曖昧だから、この辺りは間違っていたらごめんね?


 夢だから唐突に始まるよ。私、お祭りの中にいたんだ。よくある屋台があって、人がいて、にぎわっていて。にぎわっているけど、夢だからあんまりうるさいとか音の印象はなかったな。でも人がいた。お店の人も、親子連れもいた。私は一人だったけど、特に気にしていなかったな。あの年ならはぐれていそうなのにね。


 普通のお祭りと違うところがあったかって? んー、いや特に違ったところはなかったよ。普通の屋台。何が出ていたのかなんて覚えていないけれど……ああ、でも、夢だからだろうね。歩いている人たちはみんな浴衣を着ていた。お店の人は法被はっぴかな? そういうのを着ていた。子どもは浴衣の帯にうちわを挟んでいたかな。ああ、大人はうちわを持っていたね。お店の人もうちわを持っていた。なんかそういうイメージだったのかな。

 そうして歩いていたら、赤い、赤い着物の女の子を見つけたんだ。自分と同じくらいの背格好。自分と同じで、うちわは持っていなかった。

 真っ赤な着物に、真っ黄色の帯。きょろきょろしていて、迷子かな? って思って近づいたの。私だって一人なのに、ね。助けてあげたかったんだと思う。そういうお年頃だった、多分。


 なんて声をかけたのかは覚えていないや。その子はおかっぱで、そう、なんだか今思えば座敷童の概念みたいな外見だったかも。私のイメージする座敷童ってあんな感じ。それよりも大きいけれど。私の中で座敷童ってなんか人の子どもよりもうちょっと小さいイメージが……と話がずれるね、ごめんね。

 とにかくその子になんか声をかけて、んで、迷子? 大丈夫? みたいな感じの内容を話した、んだと思う。その子は口をいくらかぱくぱくさせたけれど、声が出ないみたいで。結局頷いたり首を横に振ったり、で、その子の手をつないでその子のお母さんを探そうと歩いたんだ。


 歩いたと言っても、そんなに長くかかった覚えはないな。夢だから当然子ども二人でも大人たちは気にしない。大人に何度か聞いたけれど見つからなくて、でもなんとかするぞと頑張ろうとした時。ふと、空間に丸い穴があったんだ。穴、というより入口かな。なんか、こう、火災とか避難の時に滑り台みたいに降りるやつあるじゃない? あの丸ってかんじ。それをね、その子が指さしたの。


 おかあさんは、って聞いたのかな。その子は首を横に振った。それはおかあさんがいない、とかじゃなくて、もういいよ、の意味だと分かった。笑んだその子は、片方の入り口を指差したの。あそこから帰るように、と言われているんだと私は理解した。その子は声が出ないのに、なんだか別れはスムーズだった。私はその子を誰かのそばに届けたくて、最初渋ったんだけれど。何も言っていないのに宥められて感じて、大丈夫、といわれたようで、感謝が伝わって。バイバイ、と手を振ってくれたから、私はちょっと未練を持ちながらも、その子が示した入口の方に入っていった。


 滑り台。だから周りは見えないはずなのに、なぜか隣の滑り台が透けて見えた。丸いそれらの形がわかって、その周囲は塗りつぶされていたから低コストって感じだよね。さすが夢。

 そう、それで、透けた隣はとげとげって感じだった。剣山。うーん、剣山って感じだったからやっぱり小学校のときで確定かなあ。そのころに見たから、剣山。とはいえ幼稚園の時に地獄の針山におびえていたからそっちかもだけど……まあまあ、誤差誤差。

 そう、それでその剣山がだめだったとわかった。あの子のおかげでをひいたことにも気づいた。その隣を通るときか、通り過ぎたころ。声が聞こえたんだ。

 ありがとう、って。


 そうして滑り台を抜けたら、当時あった鳩時計が滑り台の出口でさ。自分が家族と一緒に寝ていたんだ。そうして寝ている自分に自分が入った。滑り台からそのままナイッシュー! ってかんじ。


 そうしたとたん、目が覚めた。はってなんか、突然息が出来た感じ。息が出来たことで、息が苦しかったと気づいた。

 ありがとうって、自分はあの子になにもできなかったし、あの子に助けてもらったのになあって思ったんだけど、でも、あの子にとって良いことだったなら良かったな、って気持ちで。なんだか助けてもらったのと、お礼を言ってもらえたことでなんとなーくいい夢な記憶で覚えているんだよね。


 え? 幽体離脱? ナイナイ。私、夢がモノクロなの。だから、ぜーんぶこれまでの話はモノクロ。目が覚めたときに世界がセピア色で、セピア色なのはいわゆる常夜灯でそうみえたからで、あの目覚めが本当の色になった瞬間で、それまでが夢ってのはよくわかっていたよ。

 モノクロの漫画でも、なんとなく色を認識するでしょう? だからあの子の着物も、そんなかんじで、夢の中では鮮やかに認識していて――うん、だから私の夢ってわかりやすいんだ。誤解しようがない。夢を見てる時はカラフルに認識してるっぽいんだけど、思い返すと全部モノクロだから。

 とはいえ本当、鮮やかイメージが強いなあ。まあこれは昔の記憶だし、私、あの子のこと好きでさ。実は絵も描いちゃったことがあったから、それで余計モノクロでも鮮やかなのかも。一瞬カラーだったかもって間違えそうになるくらい、あの子の色は残っている。ただの夢だけど、ちょっとした特別な思い出だったんだ。


 私、幼稚園のころから、置いていかれたり置いて行かれた結果化け物に殺されるみたいな夢をよく見て泣いていたからさあ。あの夢は、私は一人だったけれどあの子のおかげで一人じゃなくて、痛いことも怖いこともなくて、なーんか、忘れられないんだよね……。


 特に何もなかった、単なる夢の話だよ。


 ただ、あの時逆側を選んでいたらどうなっていたんだろうな、って、思わなくもないけどね。


(2024/08/08)

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