拾漆
僕は鏡を落とした。
鏡面は悉く粉砕されていた。破片にも何も映らず、ただ僕の情けの無い顔が映って居る。
「謙一、何か割れた音が聞こえたが」
宮本は随分慌てた様子で駆け込んで教室に駆け込んで来た。
「済まない、割れてしまった」
僕の口から真っ赤な嘘が漏れてきた。――本当はわざと割ったのに。
しかし、宮本は何も疑う仕草をせず、欠片を一つ慎重に拾い上げて覗き込み、美咲と石井の姿が無いのを認めると、僕の方を振り返って呟いた。
「私が片付けよう。君は休んで居て」
宮本は僕が思っていたほど驚きはしなかった。もしかすると、先程までの僕の会話を全て廊下から覗き見ていたのかもしれない。
僕は黙って教室を出た。宮本は引き留めようともしなかった。
絵に描いたような空。いつも見慣れているはずだが、今日は一段と頭上の景色が広がったかの様に感じた。
立ちつつ眺めていると眼から涙が溢れ出て止らない、僕は情け無くしゃがみ込んで、帽で顔を隠して、袖を口に押し当てて嗚咽を上げた。
木々の影が私を取り囲んで憐憫の情を僕に浴びせて居た。
――此れで好かった、此れで好かったのだ。
鏡像には触れられぬ。
その事実は捻じ曲げられない。鴉の音のひとつも全く耳に届かぬ。ただ目前に、空間が、広がっていた。
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