15
「なんだ」
紙とペンだけが、俺たちのコミュニケーションツールだった。言葉を音として発することはできない。
そんな状況にも俺たちは既に慣れてしまっていた。
俺には全然似合わない銀の鏡。美咲が持つ分には似つかわしいが、俺が持つと、滑稽に見えているだろうと思う。
謙一は今にも泣き出しそうな顔で俺を見た。そして、紙に何かを迷いなく書き始める。
俺は何となく、次に来る言葉を予感していた。
「僕は美咲さんが好きです」
ああ――やっぱり――――
その文字を見た瞬間、心臓を握り潰されるかのような気持ちになって、思わず深くため息をついた。
謙一の告白は意外なものではなかった。むしろ、いつか来るとわかっていた瞬間だった。
「わかってた。」
謙一は俺の返事を見て顔を上げると、先ほどよりも長い時間をかけて、丁寧に、丁寧に文章を書いて見せてきた。
「僕達は今日で交流を終りにします 宮本にも話はつけてあります」
謙一の言葉を読んだ瞬間、教室の空気が、酷く冷え込んだ。
「なぜ?」
謙一は俺の手元を見て、少し悲しそうな笑みを浮かべた。
「君たち二人を見ていると、自分がどれだけ場違いなのかを感じてしまう だから、距離を置くことにしました」
俺は口の中に溜まった唾液を一生懸命飲み込んだ。
――そんなの、フェアじゃないだろうが。
でも俺が、謙一の考えをねじ曲げることはできない。
「わかった でも、ちゃんと伝えてやれ お前が後悔しないように」
格好つけすぎだろうか。
でも、これが正しい選択だと信じている。
彼は、俺の汚い文字で書かれた文章をじっくりと読むと、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、石井君」
俺はただ黙って頷いた。教室の窓から差し込む夕陽が、俺たちの影を長く伸ばしていく。
今は、謙一を応援したいと思う。それが、美咲の為でもあり、俺自身の為でもあるような気がした。
謙一の為に俺が出来る事はこれで精一杯だ。
汗ばんだ手で引き戸を開け、単語帳を見ながら廊下で待っていた美咲に声を掛ける。
彼女がこちらと目が合うだけで、彼女の名前を呼ぶだけで、心臓が、走り込みをした時のように早くなるのが分かる。
俺が美咲の呼び方を苗字から変えたとき。傘に入れてもらった時。ケーキ屋に誘った時。そして、鏡のことを打ち明けられた時。全部緊張して、美咲に気持ちがバレていないかいつも不安だった。
彼女が横にいたから、ダサい所を見せたくなくて、最近は授業も真面目に受けていた。
「謙一が、お前と、話してえってよ」
――ああ。
こんな時まで、俺はぶっきらぼうになってしまうのだ。
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